第37話_覚悟の鐘
桜丘市の上空に、巨大な影が現れたのは、四月二十九日の朝だった。
夜明けと同時に鳴った“第四の鐘”は、今までのいずれとも違う音色を響かせていた。重く、澄んで、どこか慈しみに満ちた――まるで、世界そのものが迷いながら語りかけてくるような音。
「……あれが、鐘の本体か」
病室のカーテンを開け、祥平がつぶやいた。
彼の視線の先には、雲海の彼方、空中に浮かぶ巨大な“島”の姿があった。逆さの大地のように、地上から引きちぎられた一帯が、光の柱で支えられるようにして空に留まっている。都市の地形の一部を、そのまま“コピー&ペースト”したようなその異様な景色には、現実感がなかった。
「第六層〈浮島界〉――鏡界の最終到達層……」
ベッドに腰かけた優也が、呆然としたまま息を吐く。「とうとうここまで来たか……」
「もう猶予はないってことだな」
祥平は腕に巻いたモニター端末をタップし、仲間たちに緊急の連絡を送った。
『全員、正午にターミナル屋上集合。空の〈鐘〉に挑む覚悟がある者だけ来てくれ』
* * *
同日、午前十一時四十五分。
桜丘高校の屋上に立つ、瑠美の瞳に決意の光が宿っていた。生徒会のホログラム放送端末が点灯し、彼女は深呼吸をひとつ。
「市民の皆さんへ、〈共鳴隊〉より重要なお知らせです」
彼女の背後では、かすみが緊張した様子でお茶を一口飲み、見守っていた。
「四月二十九日午前五時、空に浮かんだ〈浮島界〉は、“鐘”の中心地であり、世界の命運が定まる場所です。私たち〈共鳴隊〉は、そこに乗り込む準備を進めています」
画面の向こうには、市民たちが不安げにテレビを見つめている姿が映し出される。誰もが、あの空の島が“終わり”か“始まり”かを計りかねていた。
「どうか……皆さんにお願いです」
瑠美は声を震わせながら、画面越しに祈るように語りかけた。
「この六十日の間に、たくさんのものが壊れて、傷ついて、揺らぎました。……でも、だからこそ、誰かが“信じること”を始めなきゃいけないんです」
かすみがそっと彼女の肩に手を置いた。
「私たちは、あきらめません。〈零視点〉とも、現実とも、すべての境界を越えて、“感情”と“現象”のバランス点を探します。それが……“共鳴”の意味だと信じているから」
その放送は、数分後、全市の広報タワーや緊急放送を通じて繰り返された。
中には泣きながら拍手する者、黙って画面を見つめる者、通信端末に応援メッセージを打つ者もいた。
* * *
午後零時ちょうど、桜丘ターミナルタワーの屋上。
そこには、もう誰も欠けていなかった。
優也も、翔大も、千紗も、メキーもアレクサンドラも――全員が、浮島を見上げていた。
「転送ブースター起動……30秒後に界層ジャンプ開始」
メキーの手元端末がビープ音を鳴らす。
「座標固定完了。移動先は……浮島中央、鐘殿前!」
「やっと、行けるな」
祥平は、空を見上げる。あの逆さの大地の中心――そのどこかに、彩心がいる。彼女を取り戻すためにも、この戦いを終わらせるためにも、彼女の“信じる論理”を受け入れなければならない。
「行こう。俺たちの六十日目が、始まる!」
光が爆ぜる。
浮島界へ、最後のダイブが始まった――!
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