第36話_タワー封鎖作戦-2
設置が完了した制御アンテナが、低く共鳴音を発しながら、塔の中央に根を下ろしていく。鉱石の基部から伸びた八本の支柱は、宙へ向けて咲くように展開され、まるで光の蓮のようなフォルムを描いていた。
「振幅、完全に沈静化……制御、入った!」
翔大の声が上がった。だが、そこに安堵の余裕はなかった。
「まだだ。このままの出力じゃ、鏡界との“中和層”が形成できない。彩心、エネルギー定数の補正、入れてくれ!」
「了解。振幅値Φを第二階層に投影、式変形始める」
通信越しの彩心の声が一段と速くなる。
「けど……このままじゃ間に合わない。制御アンテナのルート波が足りない。誰かの感情エネルギーが、もうひとつ必要!」
瞬間、誰より早く一歩を踏み出したのは瑠美だった。
「わたし、行く!」
「おい、無茶すんなって! さっきまで昏倒しかけてたろ!」
祥平が叫ぶが、瑠美は微笑んで振り返る。
「共鳴の中心に立つって、きっとこういうことだから。わたし、もう、迷わない」
彼女は制御アンテナの中心、制御核の台座に足を踏み入れた。
風が吹き抜ける。時計の針は午後1時3分。太陽が、塔の真上に来ていた。
瑠美は目を閉じた。
そして、囁くように、言葉を放つ。
「私は、みんなの痛みを知ってる。悲しみも、怒りも、迷いも。全部が、わたしの中にある」
光が強まる。アンテナが瑠美の周囲を包み込む。
「でも、そこに“他人の感情”なんてひとつもなかった。全部が、“自分のことのように”感じたものだった」
風が渦を巻き始める。
「だから私は――“共鳴”できる。一人じゃない。全部、私の中で、響いてる!」
アンテナの中枢が白光を発し、塔の屋上から、空に向けて巨大な“和音”の波形が放たれた。
それは鏡界と現実を繋ぐ、“同期の鐘”。
今、この瞬間だけ、すべての揺れが静止し、“選択”の時が許される。
タワーの周囲に広がっていた亀裂は凍りついたように停止し、鏡界層が光の膜として浮かび上がる。
「……成功、か?」
翔大が呟いた直後、アンテナの端末に小さなアラートが灯る。
《警告:制御域外より、逆位相コード干渉あり》
「外部改竄……!? 誰かがこの制御を壊そうとしてる!」
「なに……っ!? でも、誰が――?」
答えは、誰にも分からなかった。
だがそのとき、彩心の声が通信の向こうから響いた。
「今……私のいる〈無響域〉が、崩れていく……逆位相で、内部から、世界が……!」
「彩心っ!? おい、応答しろ!」
「――リンク切断されました」
冷徹な自動音声が、全員を凍り付かせる。
「嘘だろ……!」
目の前で確かに“希望”を繋いだはずの装置が、その刹那、外部の誰かによって“裏切られた”。
そして、空に――三度目の鐘の音が、鳴り響いた。
それは、世界がいよいよ終わりへ向けて進み出す、“第三の音色”だった。
制御失敗。
彩心、行方不明。
残された〈共鳴隊〉は、それでも立ち上がらねばならなかった。誰かのせいではなく、自分たちの未来のために。
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