第31話_優也の贖罪

 旧市庁舎地下制御室――かつて“鐘を止める”という理想に燃えた者たちが拠点としたその空間に、今は焦燥と後悔だけが残されていた。

  優也は、その中央に立っていた。

  光を失いかけた端末、剥がれた床材、ひび割れたモニター。どれも彼が〈零視点〉と手を組んでまで求めた“鐘停止”の成果が、結果として何も生み出せなかった証だった。

  「……俺は、何をやってたんだ……」

  拳を強く握り締める。

  コアの改造を行ったのは、彼自身の決断だった。強くなければ守れない、リーダーである祥平では甘い――そう思い込んで、敵にすら協力を乞うた。

  だが今は、その過ちが誰よりも重くのしかかっていた。

  “あの時、自分が信じ切れていれば”

  彩心が崩れたのも、自分の判断が“信頼”という概念を否定する引き金になったからだと、ようやく分かった。

  「優也、いたのね」

  現れたのは、利奈だった。薄い青のコートに黒いインナー。目元の鋭さはいつものままだが、その足取りには微かに揺らぎがあった。

  「利奈……コアの状態を確認しに?」

  「それもあるけど。今のあなたの“顔”が気になったの。……あれだけ強気で“世界を正す”って言ってたのに、まるで別人」

  優也は、黙って床に視線を落とした。

  「俺は間違ってた」

  「ふうん。やっと認めたわけね」

  利奈の言葉は辛辣だったが、責めるような鋭さはなかった。むしろ、どこか安心したような――諦めではない、誰かを信じるときの緩さがあった。

  「コード、調べたの。確かにあの改造、同期ではなく“強制遮断”を目的にしてたわ。私たち、逆の方向を見てた」

  「……ごめん」

  「謝る相手は私じゃないでしょ。あの子や、祥平や、瑠美たちに。……それに、自分自身に、よ」

  利奈はそれだけ言って踵を返した。

  しかし扉の前で、足を止める。

  「まだ、やり直せるわ。もし――“共鳴”に加わる気があるなら」

  その背中が、優也の胸の奥に突き刺さった。

  残響が消えるまで、彼はその場から一歩も動けなかった。

  けれど。

  数分後、彼の瞳に再び光が宿る。

  「利奈、ありがとう。……今度こそ、俺の力で護る」

  彼は、かつての主導権という幻想を手放した。

  そして今度こそ、仲間たちと“並んで”戦う覚悟を抱いたのだった。


 旧市庁舎を出た優也は、夜の風を受けながら坂道を上っていった。灯りの消えた街の中で、彼の足音だけが孤独に響く。

  これまでの自分なら、ここで終わっていた。

  強さとは孤独に背を向けること――そんな勘違いに囚われて、すべてを一人で背負い込もうとしていた。でも違った。あのとき、彩心が倒れたあの瞬間、彼の中で何かが崩れ、何かが生まれた。

  「拓巳に、会おう……」

  コアをいじった技術班の中で、もっとも深く関わったのが拓巳だった。要領は悪いが、彼なりに必死で世界を変えようとしていた。その不器用さが今なら分かる。

  〈零視点〉の拠点――旧市庁舎北棟の資材庫。そこには、まだ灯りが残っていた。

  「……拓巳、いるか?」

  返事はなかったが、足音が内側から響いた。

  ゆっくりとドアが開き、顔を出したのは、煤で汚れた作業着の拓巳だった。顔には寝不足の痕跡、目の下には深い影。

  「あ、あれ? 優也、え……な、何しに……?」

  「来てくれて、よかった」

  優也は拓巳に歩み寄ると、そのまま手を差し出した。

  「……謝りに来た。俺の判断は、間違ってた」

  拓巳は驚いた表情のまま数秒硬直し、それからぎこちなく手を差し出す。

  「う、うん。あのとき、僕も……強く出られなかった。利奈に全部任せた。僕も同罪、だよな」

  手と手が交わり、静かに、固く握られた。

  「共鳴隊に、戻る。もう、“俺が前に出なきゃ”って思わない。彩心も、祥平も、俺を信じてくれようとしてた。だから今度は、俺が信じる番だ」

  「……そっか」

  拓巳の目尻がわずかに緩む。やっと、言葉ではなく感情で通じ合えた気がした。

  その瞬間、旧市庁舎の奥から緊急警報が鳴った。

  「……何だ!?」

  拓巳が端末を確認し、目を見開く。

  「“無響域”の同期値が異常上昇……誰かが中に侵入してる!」

  「彩心……?」

  ふたりは顔を見合わせ、すぐに走り出した。

  “今度こそ、支える側に回る”――その想いだけが、夜の桜丘を駆け抜ける足を速めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る