第21話_分断の夜明け

 夜が明けきらぬ桜丘市。空は群青と薄灰の境を行き来し、四月とは思えぬ肌寒さが残っていた。

  その冷気を断ち切るように、桜丘市立総合病院の屋上――ヘリポートには、4人の影が集まっていた。

  「これで……これで良かったのかよ、祥平」

  そう口を開いたのは、包帯で胸を覆われた優也だった。両手の拳は血がにじむほど強く握られ、目には苛立ちと焦燥が宿っていた。

  対する祥平は、軽く首を横に振る。

  「良かったかどうかなんて、今はまだ判断できない。でも、全員が生きて戻ってこれた。それだけで、今回は――」

  「生ぬるい!」

  優也の叫びが、病院の屋上を裂いた。

  「“二度目の鐘”を止められなかった!〈零視点〉のやつらに先を越され、負傷者も出した!それでも満足かよ!」

  祥平は言葉を詰まらせた。その隣で、静かに立っていた彩心が、一歩踏み出す。

  「それは違う。私たちは最小限の損害で〈鏡界〉の暴走を抑え、一次災害を回避した。優也の言う“止める”とは何を指す?鐘の構造はまだ解析されていない。現時点では、〈零視点〉の失敗が拡大を招いたに過ぎない」

  「お前のその理屈ばっかの言い方、前から気に入らなかったんだよ!」

  「感情論で論点をずらさないで」

  優也が前へ一歩出て、彩心も譲らない。二人の間に静かな殺気が流れる。

  「おいおい、やめてくれよ、また喧嘩かよ……」

  苦笑しながら口を挟んだのは瑠美だったが、彼女の声にも疲れが滲んでいた。今の〈共鳴隊〉に残っているのは、戦闘後の興奮と不安、そして剥き出しの不信だけだった。

  「優也。言いたいことはわかる。でも今は……落ち着いてくれ。ここは病院だ」

  祥平がそう言っても、優也は引かない。

  「ならこうしよう。これからは戦闘の指揮は俺が執る。あんたじゃ無理だ。中途半端なやり方じゃ、次の鐘は絶対止められない!」

  「俺が指揮を譲らないと、どうなる?」

  「その時は、〈共鳴隊〉から抜ける」

  冷たい風が吹き抜けた。

  数秒の沈黙ののち、彩心が、低くはっきりとした声で言い放つ。

  「非合理的。あなたの提案は、戦術ではなく感情に基づいた支配要求。リーダーの資質とは、命令の強度ではなく、判断の正確性と信頼性よ」

  「そう思ってるのはお前だけだ」

  優也の目が、激しく燃える。

  「違うよ……違う……」

  突然、瑠美が両手で顔を覆った。肩が小刻みに震えている。

  「みんな……こんなふうになってほしくなかったよ……!昨日まで、みんなで、あんなに頑張ってたのに……!」

  屋上に重く沈んでいた空気が、少しだけ和らいだ。

  優也は顔を背けたまま、低く唸るように言った。

  「……じゃあ、投票しよう。〈共鳴隊〉のリーダーが誰にふさわしいか。それで決めれば、文句はねえだろ」

  「……わかった」

  祥平は静かにうなずいた。

  こうして、4月17日の夜明け――〈共鳴隊〉は、戦いよりも先に“分裂の火種”を抱え込むことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る