第19話_翔大、限界突破

 4月15日午後5時22分。場所は桜丘高校・第二実験棟の地下研究室。

  スチームの噴き出す音が響く中、翔大は歯を食いしばっていた。黒い作業服に鏡界鉱石のチップが無数に縫い込まれた防護ベストを羽織り、左手には小型のスパナ。目の前の装置からは、赤色警告ランプが点滅し続けている。

  「やっぱり……ギアの熱制御が追いつかねぇ……!」

  苦々しく吐き捨てながら、彼は試作機のコア部分を外そうと手を伸ばした――だが、その瞬間。

  ブン、と低く唸る音。

  内部から膨張したエネルギーの反響が迫ってくる。

  「やば……これ、このままじゃ暴発するぞ!」

  翔大は即座にベルトに付けた冷却剤シリンダーを取り出し、配管に強引に接続しようとした。だが、手元が狂い、カチリと金属音が外れた。

  その一瞬の遅れを突くように、機体から放たれた熱が彼の袖を焼いた。

  「くそっ!」

  痛みを無視してコードを引き千切り、手動バルブを回す。シューッと冷却剤が流れ出し、機体の鳴動がゆっくりと収まっていく。

  だが――

  「封鎖率70%止まり……足りねえ。こんなんじゃ戦闘で使えない……!」

  額から汗を垂らしながら、翔大は片膝をついた。

  試作ギア〈第七号機・ルミナスブレイサー〉――鏡界鉱石と心拍共鳴回路を用いた拡張装着型の戦闘補助装置。制御不能のままでは、仲間の命すら脅かしかねない。

  「クソ……結局、俺は“道具”しか作れないのか……?」

  低く、自嘲の声を吐いたときだった。

  ドアの向こうから、かすれたノック音がした。

  「翔大……いる?」

  声の主はかすみだった。

  白衣の上から茶道部の制服を羽織り、手には竹の水筒。

  「はい、抹茶入りの冷却飲料。気休めだけど、精神の鎮静には多少効くってさ」

  「……こんな時に、お茶かよ」

  翔大が苦笑する。

  「うん。でも、あんたが“自分を超えたい”って思ってるの、伝わってきたから」

  かすみはそっと彼の隣にしゃがみ込んだ。

  「大丈夫。あんたは、自分の限界を知った上で、いつもそこを超えようとしてる。失敗するからって諦めない姿勢、わたしは、すごく好き」

  言葉に詰まった翔大は、照れたように顔を背けた。

  「……じゃあ見てろよ。今から、本当の限界ってやつ、超えてみせる」

  立ち上がった彼は、再びバルブを握り、流量レベルを“解放上限”までスライドさせた。

  ガキィィン!

  機体内部から反動が走る――だが、今度は負荷をすべて別回路に逃がすよう制御配線を切り替え、冷却剤を三段階ループへ転送。試作ギアはまるで鼓動するかのように青白く光を放ち、暴走を抑えながら稼働を始めた。

  「成功……した?」

  「いや、まだだ」

  翔大がブレイサーのバンドを装着し、試しに拳を握った瞬間――機体の外装が羽根のように展開し、腕全体に光の防壁を形成した。

  「これが、俺の“挑戦の結晶”だ」

  翔大はそう言って、かすみに笑いかけた。

  その背に宿るのは、恐れではなく、信念だった。

  誰かのために、限界を越える。

  彼の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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