第18話_瑠美の共感能力

 4月14日、午前10時45分。場所は桜丘高校・保健室。曇り空のせいか、いつもより静かだった。

  ベッドの上には瑠美が座っていた。薄いブランケットを膝にかけ、脇には体温計と鎮痛剤が並んでいる。

  「瑠美、無理してない? 昨日の避難支援で、だいぶ体に来てるはずだよ」

  そう声をかけたのは千紗だった。保健室のドア近くに立ち、手帳を小脇に抱えている。

  「……ちょっとだけ、みんなの気持ちが、響きすぎただけ」

  瑠美はそう呟くと、視線をベッドサイドの小さな時計に移した。

  「でも、今の自分なら――もっとできる気がするんだ」

  「……どういう意味?」

  千紗が身を乗り出す。

  「昨日のあの子を抱きしめた時。なんていうのかな、あの子の鼓動が、自分の胸に……響いてきたの」

  静かな言葉だった。でも、それは確かな異変だった。

  〈共鳴〉ではなく、〈重なり〉に近いもの――そう、瑠美自身が感じていた。

  保健室の静寂が数秒流れたあと、ドアが軽くノックされた。

  「入っていい?」

  現れたのは祥平だった。少し乱れた髪を直しながら、彼は手に何かの装置を持っていた。

  「翔大が渡してくれって。感情周波の測定器。君に、使ってみてほしいってさ」

  瑠美は目を見開いた。

  「感情周波……」

  「うん。きっと、君の“共感”はもう、普通の反応じゃ測れない。何か、新しい段階に入ってる」

  祥平はそう言い、彼女の前に装置を差し出した。

  「心音と感情波を同期させる装置なんだって。うまくいけば……誰かの想いを、他の人にも伝えられる」

  千紗が息を呑んだ。

  「それって……情報じゃなくて、“感情”を共有するってこと?」

  瑠美は静かに頷くと、深呼吸し、装置のバンドを手首に巻いた。

  試しに、祥平のほうを見つめる。

  「……祥平くん、いま何を考えてる?」

  「え? えーと……朝からドーナツ食べてきたの、バレてないかなとか……」

  装置がわずかに点滅した。

  その瞬間、瑠美の瞳に驚きの色が浮かんだ。

  「……あ、わかる。なんか、あったかくて……甘い感じ」

  「マジで!?」

  千紗が乗り出す。

  「それって本物の“感情転送”じゃない!? 念話や読心術じゃなく、“共有”!」

  瑠美は自分の胸に手を当てた。

  「――これが、わたしの“武器”になるのかな。誰かの気持ちを、別の誰かに届ける力」

  「いや、武器なんかじゃないよ」

  祥平が優しく笑う。

  「それは、きっと“架け橋”だ。断絶された感情を繋ぐ力だよ、瑠美」

  その言葉に、瑠美は微笑んだ。

  新しい力は、争いを止めるための手段にもなり得る。彼女が歩むその先には、きっと――誰かの涙が、別の誰かの強さに変わる未来がある。

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