第12話_利奈の試練場
桜丘の朝は、河川敷から始まった。
柔らかな朝靄の中、まだ誰もいないはずの土手沿いで、少女がひとり、黙々と剣を振るっていた。
その少女――利奈は、真剣な眼差しで自身の感情武装と向き合っていた。
彼女の武装は、〈秩序剣・斬律(ざんりつ)〉。厳格な規律を思わせる直剣型の武器であり、利奈の“自分に厳しく、他人にも厳しい”信条が具現化したものだった。
彼女は一振りごとに、自分の内面に問いかける。
――これは惰性か、目的か。
――これは怒りか、責任か。
空を裂くような音が、朝の空気を切り裂いていく。
その姿を、物陰から見ていた者がいた。
「……早いな、お前。朝練の時間より前だろ」
利奈の背後から現れたのは、優也だった。
トレーニングウェア姿の彼は、短く髪を整えて、既にアップを終えているようだった。
「……あんたも、どうせ来ると思ってた」
「ま、な」
二人は言葉少なに、だが互いの存在を認め合うように並び立つ。
そして、利奈が自ら口を開いた。
「……あたし、〈共鳴隊〉に入れてほしい」
優也は目を細める。
「急だな。理由は?」
「見ていられない。戦い方も、訓練も、中途半端なまま。あんたたちじゃ、六十日を乗り越えられない」
「言ってくれるな」
「でも、今のあたしなら、あんたと――対等でいられる」
その言葉に、優也の顔から余裕が消える。
すぐに肩を回し、構えを取った。
「……だったら、試してやるよ。どこまで本気か」
利奈も、無言で応じる。
両者、構えがぶつかり、次の瞬間、砂煙が立ち昇った。
初太刀は、ほぼ同時。
優也の感情武装〈烈光衝刃〉が閃光を放ち、利奈の〈斬律〉が正面から迎え撃つ。
火花が走る。
土手の地面が削れ、靄が乱れた。
「お前、本当に強くなったな」
「当然よ。誰かに見せるためじゃない、自分で決めた訓練を積んだ結果よ」
再び激突。互いに譲らぬまま、五合、十合と斬撃が交錯する。
そして、十一合目――。
利奈の剣が、優也の肩口に寸止まりで止まった。
優也の武装も、彼女の喉元をかすめていた。
「……引き分け、か」
「ううん、引き分けにしてくれたんでしょ。わかってる」
利奈はそう言って、剣を下ろした。
その表情には悔しさも、誇りも入り混じっていた。
優也は肩をすくめる。
「実力だけなら、共鳴隊に入る資格はある。けど、覚悟の話は……まだこれからだ」
「覚悟ならあるよ」
「証明してみせろ」
「もちろん」
どこまでも真っ直ぐなまなざしが、曇りのない光を放っていた。
その瞳を見て、優也はふと笑う。
挑むような視線ではなく――仲間を迎えるような、柔らかな笑みだった。
「じゃあ、千紗に連絡しとけ。……歓迎するよ、“仲間”としてな」
「ありがとう。あんたが言うと、ちょっと嬉しい」
「は?」
「べ、別に変な意味じゃない!」
頬を赤く染めた利奈が慌てて背を向け、優也は吹き出しそうになるのをこらえた。
河川敷に、春の朝日が差し始める。
その光は、新たな仲間の門出を祝うように、まっすぐ彼女の剣を照らしていた。
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