第25話 炎の女騎士
その伝書鳩はやがて俺のもとに飛んできた。
この鳩は王立学園が所有する特別な飼っているもので、人間の魔力を感知し、確実に届けることができるように調教されている。
どうやらこの鳩が今、王都中を飛び回り片っ端から〝強い魔力を持つ者〟にこの赤い紙を渡しているらしい。
しかも、伝書鳩がこの赤紙を携えている場合――それは〝緊急伝書鳩〟と呼ばれ、学園にお
ける最上級の危機を意味する。
こんな鳩を一斉に放つということは――王立学園が、ただごとではない状況に陥っているという証拠だった。
無理もない。
魔物や魔族の軍勢が、王立学園を標的に大挙して侵攻してくるなど……前代未聞の事態なのだから。
俺は即座に立ち上がり、マスケラード、アミン、そしてアロリアと共に、学園へと急行した。
「学園にいる皆さんは大丈夫ですかね……? 私たち1年は、半日で学校が終わりましたけど、上級生達はまだこの時間は授業を受けていますし……」
一番後方で走っていたアロリアが心配そうに聞く。
「王立学園の上級生なら魔物に匹敵する力を持っているだろう。前に、私が魔物との戦争で遠征していた時、王立学園の上級生も〝戦争インターンシップ〟で隊に加わっていたがレベルは40後半あったし、戦力としても申し分なかった。その辺の下位魔族なら遅れを取ることがない……はず」
アミンが顔を曇らせながら答える。
そう、王立学園は言ってしまえば一個の軍隊だ。
しかも一人一人が手練れの王国屈指の戦力といっていい。
仮に魔族が襲来したとしても、ターゲットが悪い。魔族側の壊滅は必至。
……なのに、この緊急伝書鳩だ。
未来を担う若き英雄たちが――そのプライドを投げ捨て助けを求めている。
これは……最悪な状況を想像したほうがいいだろう。
「やはり魔物が王立学園に潜んでいたか……ないという失態だ。私という王騎兵がこの場にいながら……!」
俺のすぐ背後を走っていたマスケラードが、悔しげに奥歯を嚙みしめる音が聞こえた。
王、そして王都の防衛を任務とする彼のような王騎兵にとって、今回の事件は――まさに、歴史に刻まれるほどの痛恨の失態と言っていい。
そんな彼に同情しつつも、俺自身も心配している余裕はない。
恥ずかしながら俺も相当パニくってる。
少なくとも、俺が魔物である疑惑は今回の出来事で有耶無耶に出来そうではあるものの……そもそもなんだ、このイベントは?
考えられるのは俺が〝ナードルート〟を進行している可能性だが、あの出来事は今から2年後、つまり俺やアロリアが3年生となった卒業間際に起きる出来事だ。
こんな進学して間もない春にやるイベントではない。
順当にいけば、『魔族狩り遠足!』という魔族狩りつつ、お泊まりをする野外活動が始まる筈だったのに――もう完全に原作がブレイクしている。
――とにかく、慎重にことを進めよう。
俺はバレないようにチラリとマスケラードに視線をやった。
少しでも俺が本気を出せば、また《マナ・レヴェル・セリエ》が反応し、俺が魔物であると誤認をされてしまう。
そうなったら今度こそ言い逃れはできない……。
ここは普通の下級生として力を出さないように戦うしかないだろう。うん。
〇
やがて――俺たち4人は王立学園に到着したが、そこにはまさに地獄が広がっていた。
威厳と華やかさを誇った学舎は無残にも破壊され、各所には魔法による焦げ跡が黒く焼きついていた。
あたりには、生徒たちの絶叫と悲鳴が渦巻き、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「ひどい……」
アロリアは今にも泣きそうな顔で顔を両手で覆う。
周囲には、血に染まり、すでに息絶えた王立学園の上級生たちが無残に横たわっていた。
あまりにも凄惨な光景だった。
「王立学園には、優秀な各魔法系統や、魔道具を専門としている優秀な講師もいる筈だ。緊急時は、最前線に立って戦う義務あり、より盤石な筈のに……どうしてここまで……!」
マスケラードが苦悶と怒りを滲ませながら呟いた――まさにその時。
「ヌォオオオオオオオオオォォォォォン!!」
耳をつんざくような怪獣のような鳴き声。
それに思わず耳を塞いでいると、物凄い勢いでこちらに飛びかかろうとする怪物がそこにいた。
黒い――とにかく黒いソレは、マンモスのような形をしているが足がない。
牙が生えているが、それも禍々しくとぐろを巻いており、目は紫色で如何にも邪悪な見た目をしている。
明らかに動物ではない――その魔族。
「あれは……!? 前に授業でやっていましたよね!? 確か、ツンドラヒョー地帯に生息している氷属性の魔族……【マギラマカテン】!!」
アロリアが指を差し、驚愕した。
確かに、あれは【マギラマカテン】に違いない。
原作でも、ツンドラヒョー地帯へいくイベントがあるので、ステージを歩いていると野生のコイツらがよく現れる。
ちなみに、相当強い。
少なくとも〝チュートリアル〟直後に出てきていい魔族ではないし、そもそも学校はもちろん王都周囲にも出現しない筈なのに……どうしてコイツらはここにいるんだ?
「ヌォオオオオオオオオオォォォォォン!!」
すると、【マギラマカテン】は口を大きく開け、真っ黒な歯と紫色の歯茎と舌を見せながら、エネルギーを溜めはじめた。
キラキラとした雪の結晶みたいなその魔力が、やつの口の前に集まってくる。
「あれは……<氷結ブレス>!」
氷の息吹を集約させて一気に解き放つ、【マギラマカテン】の固有攻撃。
これはその中でも厄介な術で、直撃したら25%の確率で〝氷状態〟となり、数ターン行動不能になる特殊能力も備わっている。
ゲームだと、時間が経てば氷解するので即死に至るわけではない。
……だけど。
「あそこにいる上級生の皆さん、みんな<氷結ブレス>にやられたんですかね……」
アロリアもどうやら気付いたようだ。
【マギラマカテン】の後ろで、カチンコチンの凍っている数名の生徒たちがいることを。
……残念ながらもう死んでいるだろう。
氷漬けで生き残れる人間などいない――ゲームとは違う現実を見せつけてくれるじゃねえか。
どうする……。
力の出し惜しみをしている場合じゃないか?
俺は<氷結ブレス>を前にしても、自分の力を解放すべきか逡巡していた。
そして、もうやるしかないか――そう思った時。
「皆さん、ここは私にお任せください!!」
アミンが抜剣し、その紅蓮のように燃える赤いポニーテールを揺らして――魔力を一気に高めた。
「ハァアアアアアッ!!」
彼女はまるで、蠟燭に火を灯せば、芯が迷いなく一気に燃え上がるように――魔法陣を驚異的な速度で形成してみせた。
後出しにも関わらずに、【マギラマカテン】の<氷結ブレス>が発動する前に、彼女は『聖なる聖剣』を振りかざし――そのまま纏いし炎の刃で踏み込んだ。
「<ソード・ツナミフレイヤー>!!!」
それは、炎系統の使い手だったあのチュートリアル雑魚の1人が出した魔法と同じ技だが……その魔力量や桁違いだ。
文字通り津波のような炎が敵を飲み込む高火力、広範囲の攻撃術だが、アミンが出すと最早災害だ。
荒れ狂う台風の時の炎の波が――あっという間に【マギラマカテン】を飲み込み……
「オオオオオオオォォォォォン……」
跡形もなく消し去ってしまった。
――アミンは、生まれこそ貴族なら王立学園など余裕で入学することができただろう。
その元々の才能に加え、15歳からは魔物との戦争にも参加し、実戦レベルでその実力を伸ばしてきた。
我がランベッリ家が誇る、最強騎士――アミン・ルーター。
――その辺の王立学園の上級生たちよりも、彼女は強い。
よーし、おかげで俺が力を使うことはなく終わりそうだ!
いいぞ、アミンー!
だが――それでも災難は続く。
強烈な魔力を感じた。
それはさっきの魔族とは比べ物にならないくらい、強く、そして凶暴な魔力――。
俺たちが一斉に振り返ると――
「ギャッ、ギャッ、ギャッ! クワセロ……! クワセロ……!」
反響するように響く、どこか獣じみた奇妙な鳴き声。かと、思えば――次の瞬間それは明確に人間の言葉を発した。
すると、ドーンと学舎の棟の一部を破壊すると――ソイツは現れた。
「……か、〝下位魔物〟」
アロリアが息を吞んだ。
おそらく〝魔物〟を見るのはこれがはじめてなのだろう。
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