第24話 スタートの合図



※アミン視点



「す、すごい力……!」



アロリアは私が握力でへし折った木の枝を見て目をまん丸にしている。



少し驚かせてしまったことには申し訳ないけど……でも、私だって驚いたぞ!



「な、なななななな……」



今、彼女は間違いなく言った。



――ナード様にアタックしていいかと。



私がその回答をする前に、笑顔を必死に作る。



「は、はははははははは! な、なに言っているんだ、アロリア。ナ、ナード様はす、すすす好きって、ほ、ほほほ本当なのか?」



声は震え、笑顔もおそらくひきつっていたに違いない。



私は動揺している。



アロリアが――ナード様を好きである事実もそうだが、それを堂々私に明かし、さらにはアタックまですると宣言。



アタックとはつまり……婚約まで行くことではないか!



想像するだけでも、私にとっては憚れることなのに……!



「あ、相手は貴族だよ!? アロリア、それをわかっているの!? 平民とは立場があまりにも違いすぎる方なのよ!?」



「わかっているよ。でも――好きになっちゃったから」



それは様々な柵に苦しむ私にとって、実にシンプルかつ明快な答えだった。



でも、それでも、私は納得ができない。



先ほど、私たちは平民という立場が置かれている不条理について話し合った。



それは恋愛においてもそうだ。



いや、貴族のほうが家柄を重視するし、純潔を守る考えも強い。


だから異性と手を繋ぐことさえ許さない家も多いので、平民のほうが自由ではあるだろう。(貴族でも、夜な夜な怪しげなパーティーを開いている者もいるので一概には言えないが……)



だが、平民でも恋をすることが許されない相手――それが、貴族だ。



平民が貴族の男とお近づきになれる方法は愛人になるしかない。



それをアロリアは望んでいるか……? 否。



「私は……ナード様のことが好きになってしまった以上……本気で正妻になる覚悟で想いを伝えたいと思っているの」



彼女は私の前で〝正妻〟などと何遍も順序を飛ばしたその展望を、あまりにも真っ直ぐな瞳で語った。



「…………!」



思わず、私は視線を逸らしてしまう。



自分が今、どういう感情になっているのかわからない。



ただ――拭いきれない〝劣等感〟が、心の底から静かに滲み出すように広がっていくのを感じた。



私だって、ナード様が好きだ。



でも、我慢してきた。



この気持ちはあってはならない気持ちだと、7年間も必死に押し殺してきたのだ。



それでもたまに自分の気持ちに噓をつけなくなる時がある。



そういう時は、その分だけナード様の幸せを祈り、そしてなによりもナード様の命を守るための原動力に変えればいいと剣を振るってきた。――7年間も。



そんな私が言えなかった気持ちを、その言葉を――アロリアは堂々と表で、私の前で伝えている。



彼女の瞳の強さを見れば、きっといつかナード様にも、例え叶わなかったとしても、自分の気持ちを伝えようと行動に移すかもしれない。



その無謀、その夢中、その勇気が――私は羨ましい。



同じ、平民なのに……。



どうしてアロリアは、このぐつぐつと煮詰まった重い気持ちと向き合えることができるのだろうか。



私にはとてもじゃないが、彼女のようにはできない。



同じ平民なのに……。



なんで彼女はこんなにも眩しく見えるのだろうか。



私が、卑屈だからだろうか。



それとも――アロリアが〝光系統〟の魔法が使える選ばれし者だからだろうか――。



私がどんどんと自分の殻の中に閉じこもっていくのを感じていた時――ふと、なにか物音が聞えてきた。



それは確実にこちらへやってきている。



羽音――。



振り返るとそこにいたのは、丸めた手紙を首に引っ掛けていた鳩。



その手紙には、〝王立オーナーバス魔法王都学園〟の威厳ある学章が刻まれており、用いられていた紙はだった。








※ナード視点



「さあ、どうなんですか!?」



唾を吐き出さんばかりの勢いで詰問するマスケラード。



お前の情熱はどこからやってくるんだ?



「いや、どうなんですかって、お前、俺のこと〝魔物〟だと疑っているから調査しにきたんだろう? 一体なんの質問をしているんだよ」



「いいから質問に答えてください! 私というものがありながら……アロリア殿とそういう関係になっているのですか!?」



なんでコイツめっちゃキレてんだよ……。



ったく、仕方ねえな、こんなわかりきった質問を――。



「付き合っていません。はい、これでいいか?」



淡々と答えると、マスケラードは腕を組み「ほーん」となんかまだ疑いの眼差しを向

けてくる。



「しかし、アロリア殿を見る時のナード様、物凄く鼻が伸びておりますよ?」



「えっ!? マジ!?」



反射的にマスケラードが言う鼻の下とやらを隠したが、もう手遅れだろう。



くそぉ、俺が原作アロリアたんの大ファンだということがバレてしまうとは……。



「ふーん。まあ、お2人が交際していないのは見ていればわかります。私も、こと恋に関しては百戦錬磨ですからね。なんとなく雰囲気は察しております」



ふんと、鼻息を吐き出すマスケラード。



コイツの場合、真剣な恋というよりは、ただ遊んでるだけだろうな。同性と。



「もう話はいいか? そろそろアロリア達も帰ってくる頃だと思うし、俺ケーキ楽しみたいんだけど……」



おそらく優秀なマスケラードのことだ。



彼の観察眼と魔力感知で、俺が魔物でないことは既に理解しているのであろう。



それに<ステータス・チェック>をしたとて、俺には、ユニークスキル<ステータス・フェイク>があり、自在にレベルの変更が可能だ。



悪いが、いくら王騎兵の彼とはいえ、このユニークスキルまで見破ることができないだろう。これを看破するには、俺以上のレベルや魔力が必要だ。



俺に魔力で勝てるやつはこの世界にはどこにもいない。



おそらく……な。



<のけ者無双>様様ってところだな。



ただ、まさか《マナ・レヴェル・セリエ》から、俺に魔物疑惑の容疑がかけられるとは夢にも思わなかった。



今度からは気をつけないと。



そう自己反省会を俺はしていたのだが、どうやらマスケラードは全然諦めていなかった。



むしろ、俺に――こんなことを聞いてきたのだ。



「では、質問を変えます」



「おいおい、もういい加減に――」



「もしも、アロリア殿が、ナード様を好きと言ったら……どうしますか?」



「……はい?」



アロリアが……俺のことが好き?



「いやいや……あり得ない」



思わず吹き出しそうになってしまった。



俺は、ナード=ランベッリ。



〝悪役貴族〟だぞ?



アロリアは攻略キャラと尊いカップリングをする運命にあるのだ。



俺がその間に入る余地はないだろう。なにを言っているんだ、まったく。



ま、なぜか攻略キャラがどこにもいないんだけどね……。マジでどこいった?



だが、この黒いポニーテールは未だに食いついてくる。



「真面目に答えてください! もしも、ナード様もアロリア殿に対して同じ気持ちであるなら――私は諦めます!」



「お前なぁ……」



「諦めて……身体だけの関係になれないか交渉をします!」



「お前なぁ!」



コイツの破天荒ぶりには驚かされてばかりだ。



しかし、ここまで言われたら仕方ない、少し真面目に考えてみよう。




ええっと、アロリアが俺のことが好き――。



う、ううううん……?



いや、ダメだ。そんなのあり得なさすぎて想像できない。



推しのアイドルと付き合うとか結婚するとかって意味だろ?



いやいや、俺そういう思考回路になるファンの気持ちがわからないんだよな。



いわゆる、ガチ恋ってやつだろう?



いや、わからないというのは嘘か。



流石にアロリアたんに彼氏できたら俺も3日くらいは寝込む自信がある。



でも、だからといって俺がアロリアというそういう関係になるというの――うーん、なんかこう実感がなさすぎて考えられないなぁ。



というか、なんなの。魔物の話はどこいった。



もういいの? 俺は疑い晴れたってことで、ちゃんと王宮に報告してくれるんだよね?



改めて聞こうと思ったその時――家のドアが勢いよく開いた。



そこにいたのは、アミン。



彼女を見て俺はひとつ息を吐いた。



どうやら、機嫌を直して戻ってきてくれたらしい。



「待っていたぞ、アミン」



よーし! これでようやくアロリア特製のケーキを食べることができる!



……そう思っていた。



だけど、アミンが急ぎやってきたのは、4人仲良く家の中でケーキをつつきあいながら談笑をするスタートの合図の知らせるためではなく――



「ナード様……! 先ほど、王立学園の〝緊急伝書鳩〟が私のもとへやってきました!」



「え? 伝書鳩?」



「はい……!『貴族、兵士、性別を問わず、戦える者はすぐに王立オーナーバス魔法王都学園へ集結せよ』と」



そう。



それはあまりにも突発的に起きた――



「――現在、大量の魔物と魔族が生徒たちや周辺にいた人々を襲っています!!」



魔族襲来の一報と、その戦いの合図だった――



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