第20話 悪役貴族、真実を知る






「はーはっはっはっはっ!! 驚きすぎて声も出ないかね!!」



 特徴的な黒マスクで口元を隠しながら高笑いする美しい少女。

 銀色の髪と紫色の瞳、その色白すぎる肌は死人のようだ。


 メリエルやソアレよりも更に幼く見える。


 身にまとうゴスロリ風のドレスは可愛らしいが、濃密な死の匂いを漂わせていた。


 俺は彼女のことを知っている。


 アルテナ王国の隣に位置するフリーデン帝国の女帝であり、世界最凶悪の死術士だ。


 少女が美しくお辞儀する。



「はじめまして、フラッグシルト領の諸君。ぼくはエルーナ・フォン・フリーデン。エルーナ、あるいは『死皇帝』と呼びたまえ」


「……俺はベギル・フラッグシルト、このフラッグシルト領の領主だ。貴殿の目的を教えてもらおうか」


「ん? 君は何を言っているのだね?」



 俺の質問にエルーナは首を傾げた。



「『アルテナ王国の辺境、フラッグシルトに太陽の光差す地あり。滅びに抗う者よ、その地に集え。人類最後の砦はそこにある』、女神がそう言っていたじゃないか。ぼくも滅びに抗う者なのだよ」


「……そうか」



 表面上は平静を装いながら、俺はエルーナを最大限警戒する。


 何故なら彼女は、作中で唯一主人公が相手。 

 別にめちゃくちゃ強いとか、そういうわけじゃないのだ。


 この女が世界最凶と呼ばれる所以は、その異常な精神性にある。


 しかし、決めつけはよくない。


 ワカバのような人間に対して友好的なエルフがいたように、『ブレイブストーリーズ』の設定を鵜呑みにするのはよくない。


 俺はエルーナの本質を確かめるために、警戒しながら問いかけた。



「どうして領都を攻撃してきた?」


「君たちにぼくの作品を理解してもらいたくてね。彼らは火の中水の中、土の中すら行進する不死身の軍隊。素晴らしいだろう?」



 ……ああ。



「一万ものアンデッドを、どうやって用意した?」


「ん? ぼくの国の民を使ったに決まってるじゃないか」


「……なぜ、そんなことを?」



 やっぱりコイツは駄目だ。


 アルロのようにネームドキャラは強いから仲間に引き入れたいが、エルーナだけは仲間にしちゃいけない。


 この女には倫理観が欠片もない。


 目の前のエルーナは『ブレイブストーリーズ』の彼女と何も変わらない。

 エルーナはフリーデン帝国を訪れた勇者や聖女をアンデッドにしようと画策するのだ。


 何のために?



「決まってるじゃないか!! 人類を死という恐怖から解放するためさ!!」



 満面の笑みで言ってのけるエルーナ。


 ゲームで勇者とヒロインを、一万人もの自国の民をアンデッドにしたのもそれが理由だ。


 悪辣な善意である。


 コイツを仲間に引き入れたら、たちまち領都の民はアンデッドに変えられてしまうだろう。


 たしかに不死身の肉体を得ることは戦いで役に立つかも知れない。

 しかし、それは人として捨ててはならない大切なものを確実に失う所業だ。


 エルーナは受け入れられない。



「すぐに立ち去れ」


「おや、冷たいね。もしかして君も倫理観が〜などとつまらないことを言うクチかな? もしそうなら期待外れだね」


「勝手に外してろ。お前、俺たちをアンデッドにしたいだけだろ」



 俺の言葉にエルーナが目を丸くする。



「ふふ、はーはっはっはっはっ!! 君とは初対面のはずだけど、ぼくのことを理解してもらえて嬉しいよ!!」


「理解? 寝言は寝てから言え」


「そうかそうか、そうだね。でも、うむ。また勇者や聖女のように作品にしそこねるのは嫌だからね」


「は?」


「取り引きをしないかい? 君が死んだ後、君の死体をぼくに譲ってくれ。それを約束してくれるなら、ぼくは君に服従しよう」



 ……エルーナは嘘だけは吐かない。


 かつて勇者や聖女をアンデッドにしないで諦めたのも、口八丁手八丁で彼女を説得し、契約を取り付けたからだ。


 彼女は契約を遵守する。


 たしかに不死身のアンデッド軍団は魅力的な戦力となるだろう。

 俺の死体を有効に使うなら、悪くない契約のように思える。


 でも、罠だ。



「俺が死んだ後、領都の者たちはどうするつもりだ?」


「無論、アンデッドにするよ?」



 ほらね。



「却下だ。帰れ。バカ」


「おやおや、嫌われてしまったようだね。仕方ない、今回は諦めるとしよう。でも安心したまえ」


「!?」



 エルーナが俺をまじまじと見つめる。


 その眼差しはまるで肉食獣が好物の肉を間近で観察している時のような、背筋が冷たくなるものだった。



「君はぼくのものにする。そして、君の亡骸を使って過去最高のアンデッドを作ってあげよう!!」


「欠片も安心できない。さっさと帰れ」


「じゃあ、今日はお邪魔するね。あ、ぼくたちは近くの森にいるから、助けがほしい時はいつでも呼んでね」



 エルーナがそう言い残して、結界の内側に侵入してきたアンデッドたちが再び穴に潜って帰っていく。


 一応、危機は脱したらしい。


 しかし、結界の内側にまで侵入を許したことは今後の大きな課題だ。


 結界大剣の改良をメリエルに要請しよう。



「アルロ、俺は少し屋敷に戻る。後は任せても構わないか?」


「う、うむ、分かった。……それにしても、恐ろしい少女だったな」



 アルロの言いたいことは分かる。


 全ての人間のアンデッド化という正気とは思えない目標もそうだが、掴みどころのない性格がどうも苦手だ。


 あの様子ならまた近い内に接触してくるかも知れない。



「そうだ、アルロ。精鋭部隊を編成して森の出入り口を常に見張らせておいてくれ。また奴が行動を始めた時、すぐ対処できるように」


「……了解した」



 それから俺は屋敷に戻った。


 屋敷に入り、周囲に人がいないことを確認して肩の力を抜く。



「……まさか地面を掘って侵入してくるとは」



 油断はなかった、と言えば嘘になる。


 もしエルーナがその気だったら、何百人もの兵士が犠牲になっていたはずだ。


 投石機という最高の兵器を得てアンデッドにも対抗できると驕っていた。

 もっと入念に敵の行動を想定して動くべきだったのだ。


 そして、それはいつもならパデラがやってくれていたことでもある。


 本当に優秀な俺の右腕だ。



「パデラ、入るぞ」



 俺は扉をノックしてから、パデラが眠っている部屋に入る。


 パデラは中々目を覚まさない。


 タマモの毒はただ神経を麻痺させるだけの代物だったが、即座に分解してしまった俺が異常なのだろう。



「え、あ、ベギル様!?」


「パデラ!? 目が覚め……た……の、か?」



 俺は自分の目を疑った。


 パデラの様子を見に行ったら、彼は目を覚ましていた。

 そして、身体の汗でも拭おうとしてか、服を脱いでいたのだ。


 彼が目覚めたことは喜ばしい。


 喜ばしいのだが、男であるはずの彼にないはずのものがあった。


 ……豊かな胸だ。


 それもエリュシオン(リーシア)に匹敵する巨乳だった。

 タマモの毒には胸を大きくする効果があったのかと一瞬考えてしまったが、違うらしい。


 パデラには男の証がなかった。



「パデラ、お、お前、女、だったのか?」


「……はっ。今まで黙っていて、申し訳ありませんでした」



 俺は真実を知った。







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

どこがとは言わないが、エルーナの大きさはミカンくらい。触るとヒンヤリ冷たい。



そんな、まさかパデラが女だったなんて!! と思ったら★★★ください。



「エルーナすこ」「遂に女バレか!!」「冷やしミカン……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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