第19話 悪役貴族、アンデッドを迎え撃つ





 アンデッド。


 それはゾンビやスケルトン、死にながら動く魔物の総称だ。

 そのアンデッドがおよそ一万も領都まで迫っているという報告を受けた。



「目撃地点は領都から西の位置、ちょうどフラッグシルト領に入った辺りらしい」


「……撃退できると思うか? 率直な意見が聞きたい」


「絶対に不可能だ」



 アルロはきっぱりと断言した。



「フラッグシルトの人口が増えたとはいえ、たった六千人。まともに戦える兵士は二千にも満たない。正面から戦えば絶対に負ける。魔王軍め、本気でフラッグシルトを潰したいようだな」


「結界の内側から攻撃して数は減らせないか?」


「ちまちま攻撃してもアンデッドは打撃以外の攻撃が効きにくい。神官の浄化魔法ならあるいは……」


「神官は数が少ない。下手に酷使してぶっ倒れたらまずいだろ。いっそ籠城するか?」


「……ワカバ殿を始めとした食料生産に携わっているエルフたちに負担を掛けることになるが、年単位での籠城も不可能ではない」


「むぅ、年単位か」



 それはまずい。


 数年も籠城していたら魔王が邪神を復活させてしまうだろう。

 そうなれば人類に待っているのは、本当の滅びだ。



「ベギル殿、この状況を打破するには打って出るしかない」


「……何人死ぬだろうな」


「全滅を覚悟するべきだろう」


「嫌なことを言わないでくれ。想像しただけで吐き気がしてくる」



 俺が命令すれば、兵士たちは戦うだろう。


 しかし、その非情な命令ができるほど俺はメンタルが強くない。

 可能なら犠牲を出さずに、かつ短期的に決着を付けたい。


 ……いや、都合がよすぎるか。


 一万ものアンデッドの軍勢を相手に犠牲を出さないなど妄言にも程がある。


 問題は犠牲をどの程度まで許容するか、だ。



「アルロ、俺が結界魔法で――」


「反対だ」


「まだ何も言ってないぞ」


「敵をまとめて圧殺すると言うのだろう? 無茶な結界魔法の使い方をして死にかけたことを忘れたのか。女神様から聞いたぞ、二度目は命の保証がないと」


「俺一人が命を懸けるだけで窮地を脱せるならやるべきじゃないか? 保証がないだけで、死ぬと決まったわけでもないんだ」


「生きている可能性を考慮しても割に合わないと言っているのだ。アンデッド一万が相手だとしても許容できない」



 ……まあ、アルロの言う通りか。


 俺だって死にたくはないし、積極的に命を懸けたいわけでもない。


 何か別の方法を考えるか。



「籠城でアンデッドの気を引いて、オレとベギル殿を含めた少数精鋭で術者を始末しに行くのはどうだろうか」


「……言うのは簡単だが、術者の居場所が分からないだろ」



 アンデッドは基本的に自然発生するものだ。


 しかし、中には死術士と呼ばれる魔法使いに作られて誕生する場合もある。


 一万ものアンデッドが同時に大量発生することは稀だろうから、今回は後者だろう。

 その場合は死術士を始末することでアンデッドをただの骸に戻すことができる。


 ただ、そのどこかが分かるなら苦労はない。


 アンデッドの軍勢のどこかに死術士が紛れているとは思うが……。



「ん?」


「どうした、ベギル殿?」


「……今さらだが、どうしてアンデッドは西側から来たんだ?」


「魔王軍が迂回してきたのではないか?」



 いや、それはおかしい。


 魔王軍は北の果て、北極にある魔大陸から攻めてくる。

 そのまま奴らは南下してアルテナ王国の王都を攻め滅ぼした。


 そして、フラッグシルト領は王都から見て南方面にある。


 道中に山や谷があるなら迂回して西から攻めてくるのも納得だが、王都とフラッグシルト領の間には広い森が広がっているだけ。


 本来ならそのまま南下するだけでいいのだ。



「何か違和感が……西……アンデッド……死術士……」



 何かを忘れている気がする。


 『ブレイブストーリーズ』のシナリオに関わる何かを忘れているような……。


 喉の辺りまで出かかっているのだ。


 あと少しで何か思い出せそう、というところで戦略会議室にガンテツが入ってきた。



「大将、アンデッドが攻めてくると聞いて投石機を作ってみた」


「と、投石機!?」


「アンデッドには有効じゃろうと思ってな」



 領都の結界付近に向かうと、そこには投石機が鎮座していた。



「ガンテツ!! お前は最高のドワーフだ!! 投石機があれば結界の内側からぶっ放し続けてアンデッドを撃退できる!!」


「ガハハ!! 今さら気付いたのか大将!!」



 ガンテツと小躍りする。


 試しに撃ってみると、数十キロの石をかなり遠方まで投げ飛ばすことができた。


 着弾地点に小さなクレーターが誕生する。



「ガンテツ!! 可能な限り投石機を作ってくれ!! これでアンデッドを迎え撃つ!!」



 俺はガンテツに投石機の更なる製造を依頼し、アンデッドを待ち構えることにした。


 ……ハッキリ言おう。


 この時の俺は唯一見えた光明を前に、油断してしまっていた。


 もう油断も慢心もしないと誓ったのに、最近は何度問題にぶち当たっても解決することができたからか、勝てると驕ってしまったのだ。










 翌日の明朝。



「来た!!」


「各員、戦闘用意!! 結界があるとはいえ、気を抜くなよ!!」



 俺は領都の結界付近に建てた矢倉の上で遠方を眺めていた。


 領都の平野を埋め尽くす亡者の軍勢。


 その不気味な亡者たちは、真っ直ぐ領都を目指して行進していた。



「投石機、用意!!」



 アルロの号令で兵士たちが投石機の石受けに石をセットし、いつでも放てるように合図を待つ。


 アンデッドの軍勢が領都まで三百メートルというところまで近づいたタイミングで、アルロは指示を出した。



「放てぇ!!」



 合計十機もの投石機が一斉にしなる。


 巨大な石が雨のようにアンデッドの軍勢に降り注いだ。

 スケルトンは粉砕、ゾンビはミンチと化して動かなくなる。


 やっぱり投石機は有効だった。


 石はありったけ用意したのでアンデッドの数もかなり減らせるだろう。


 アンデッドの一部が結界にまで辿り着く。



「ははは、無駄無駄!! じゃんじゃん撃ちまくれ!!」


「「「了解っ!!」」」



 休まず石を放ち続けることしばらく。


 アンデッドを三千くらい仕留め、兵士たちの士気も向上していた。


 その時だった。



「うわあああああああああああああああああああああああああッ!!!!」



 突然、誰かが悲鳴を上げた。


 何事かと思ってそちらに視線を向けると、一人の兵士が地面から生えてきた骨の手に足首を捕まれてパニックに陥っている。


 一瞬だけ思考が停止してしまった。


 しかし、俺はすぐに何が起こったのか理解して嫌な汗が流れる。



「も、もしかして地面の中を掘ってきたのか!?」



 俺の結界魔法は地面の中にも効果が及ぶ。


 だからこそ、見落としていた。結界大剣の効果は地面の中にまでは及ばないということを。


 完全な、油断だった。



「くっ、急いで穴を塞げ!! アンデッドが溢れてくるぞ!!」



 アルロが指示を出すが、気付くのが遅すぎた。


 何ヵ所も同時に地面の中からアンデッドが出てきて、兵士たちを襲う。

 俺は咄嗟に矢倉から飛び降りて兵士たちの救援に向かったが……。


 駄目だ、間に合わない!!


 襲われている兵士たちがアンデッドに食われそうになった、その時。



「……え?」



 アンデッドたちは、その動きをピタリと止めてしまった。


 な、何が起こったんだ?



「はーはっはっはっはっ!! どうだね、フラッグシルト領の諸君!! ぼくの作品たちは!!」



 大きな声で高笑いする少女の声。


 その声を聞いた瞬間、俺は『ブレイブストーリーズ』に登場するあるキャラを思い出した。


 エルーナ・フォン・フリーデン。


 ベギルが世界最強なら、彼女は世界最凶と呼ぶべき存在。

 天才死術士であり、アルテナ王国の西に位置するフリーデン帝国の女帝である。






―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

思い出せそうで思い出せない時の対処法が知りたい。


面白いと思ったら★★★を!!



「ガンテツ有能」「めっちゃ簡単に侵入されてる笑」「あとがきで草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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