第21話 悪役貴族、接し方が分からない




 パデラが女だった件。


 今まで何年も一緒に過ごしてきたのに、全く気付かなかった。



「――ル様、ベギル様」


「ふぁ!?」


「ベギル様、如何なさいましたか?」



 パデラの声にハッとする。


 俺の顔を覗き込むパデラの顔はいつも以上に美しく見えた。


 とても豊かだった胸は今や晒しを巻いて潰され、執事服をまとうことで完全にその存在感を消している。


 ……なぜだろうか。



「い、いや、何でもない」



 不思議なことにパデラの顔を見られない。


 今までパデラの顔や行動にドキッとすることはあったが、男だと思ってたから気にしないようにしていた。


 冷静に思い出してみると、俺は男装美女の行動にときめいていたのかも知れない。



「話を続けます。領都の人口は昨日一万人を突破しました」


「地道に人を受け入れた甲斐があった」


「そうですね。そのうち戦力となる数は四千、訓練中の者も含めれば六千にも及びます。……まだ少々心もとないですが、これだけの数があれば王都への進軍ルートの開拓も可能かと」


「……勇者が敗れてから三ヶ月。時間がかかったな」


「いえ、たった三ヶ月で王都奪還作戦を行えるのは十分早い方でしょう」



 本音を言えばもっと兵士がほしい。


 しかし、食料生産や武器の製作に必要な鉱石の採掘、その他諸々の役割を考えると兵力に人を回せないのも事実だ。


 王都には人間が集められているらしいし、奪還が叶えば解決する問題だが……。


 そのためにも人手が要る。


 戻ってきたタマモの報告によると、王都にいる魔物の数は三万にも及ぶとのこと。

 三万もの敵兵力を相手にたった六千の兵士で挑むのは自殺行為だ。


 魔物が『邪神の吐息』で強化されることも考えれば、実際の奪還に必要な兵力は十倍以上だろう。


 もっと数が要る。もっと力が要る。


 しかし、人が集まるのを悠長に待っていたらそれこそ邪神復活のタイムリミットだ。



「あ、あの、し、失礼します、ベギルさま」


「ん? おお、メリエル。どうした?」



 ちょうどパデラが報告を終えたところで、メリエルが部屋に入ってきた。

 メリエルが片手に持った杖が、意気揚々と用件を告げる。



『旦那に頼まれてた例のものが完成したぜェ!!』


「な、何!? もう完成したのか!?」


「あ、ち、ちがっ!! オスカー!! 適当なこと言わないで!! ……そ、その、例のものはできてない、です、けど、試作品が、完成したので、その報告に……」


「そ、そうか。……おい、オスカー。次に適当なことを抜かしやがったら杖の先っぽから少しずつヤスリがけしてやるからな」


『わりぃなァ!! 性分でよォ!!』



 俺はメリエルから受け取った代物をまじまじと観察する。


 パデラが首を傾げた。



「ベギル様、それは一体?」


「銃だ。と言っても、まだ火縄銃ですらない、銃っぽい形の何かだけどな」


「じゅう……?」



 そう、俺がメリエルに依頼した例のもの。


 それは近代において最も多くの人を殺めたであろう悪魔の兵器――銃だった。


 俺はその具体的な構造や仕組みまでは詳しく知らない。

 しかし、ダメ元でガンテツに製作を依頼したら面白そうだと快く引き受けてもらえた。


 ところがどっこい問題発生。


 銃に必須の火薬が手に入らないことに気付き、急遽魔導具として再現しようということになったのだ。


 そこでメリエルを加えて開発を続行した。


 俺たちに必要なのは数だが、数が少ないなら強大な力で補うしかない。


 そのための銃である。



「形は俺の想像通りだな。もう撃てるのか?」


「う、撃て、ますけど、いい、い威力を、大分弱く調節しないと、一発撃つだけで、銃身が溶けちゃって。でも、威力を弱めると、リザードマンの鱗に弾かれちゃい、ます」


「……耐久性の問題か。普通の鉄で駄目ならミスリルを使うのも視野に……いや、最近はミスリルの採掘量も減っているらしいし、無駄遣いはできないか」


「ガ、ガンテツさんが、鉄の精錬を、頑張って、ます!! も、もっと時間が必要、です」


「そうか。まだ時間はあるが、開発を急いでくれ」


「は、はひっ!! が、がが、がん、頑張りますっ!!」



 メリエルがお辞儀して部屋から出て行った。



「ベギル様。じゅう、とは?」


「銃ってのはざっくり言うと、爆発を利用して鉄の玉を飛ばす武器だな」


「ふむ?」



 俺はパデラに銃のことを軽く説明した。


 パデラは驚異的な速度で銃の原理や使い方を瞬時に噛み砕いて理解し、頷いた。



「なるほど。弓よりも遠く狙えて、矢よりも早く飛び、貫通力もある武器ですか」


「ああ、弓より大した訓練は必要ないのも利点だな」


「……完成すれば、対魔王軍への切り札になり得るかも知れませんね」


「だといいんだが」



 兵器開発はいたちごっこ、とはよく聞く話だ。


 こちらが銃を実戦で使えば魔王軍も真似してくるだろう。


 使いどころを考えないと戦いが泥沼化することは目に見えている。

 可能なら王都奪還作戦まで存在そのものを秘匿しておきたい。


 そして、王都の奪還に成功したらそのまま北上して魔大陸まで北上し、電光石火の如く魔王城に攻め入る。


 敵にこちらの武器を研究させないためにも、速度が大切なのだ。



「パデラ、王都への進軍ルート開拓を進めてくれ」


「はっ」



 さて、と。



「……」


「ベギル様? ベギル様、ベギル様!!」


「え、あ、うん。なんだ?」


「またボーッとしていましたよ?」



 パデラが俺の顔を覗き込む。


 その仕草に思わずドキッとしてしまって、上手く言い表せない感情が湧いてきた。


 いや、原因は分かっているのだ。


 今まで男だと思っていたパデラが実は女で、しかも胸も大きい。

 その事実を前に彼のことを――否、彼女のことを女として意識しているということを。


 どうしよう。


 前はどうやってパデラと接していたのかイマイチ思い出せない。

 事務的な話ならいつも通りできるのに、雑談しようと思うと何を話したらいいか分からない。



「もしや、体調が優れないのでは? 熱があるやも」


「!?」



 そう言ってパデラは自分の額を俺の額に重ねてきた。


 顔が近すぎて、心臓が爆音を奏でる。


 俺は咄嗟にその場から飛び退いて、パデラから距離を取った。



「い、いや、問題ない!! 俺はエルフたちの畑を見てくる!! ワカバから農地拡大の相談を受けていていな!!」


「分かりました。では私も同行を――」


「だ、大丈夫だ!! 俺一人で行ってくる!!」


「……承知しました」



 俺はそそくさと部屋を飛び出し、その場を後にした。


 くっ、よそよそしすぎるか……?







―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

パデラは自分がスタイル抜群の美女という自覚がない。


★★★をもらえると作者のやる気がアップします。



「銃!!」「反撃開始!!」「無自覚はエッ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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