第6話 悪役貴族、お説教する





 聖女リーシアの身体を借りた女神、エリュシオンがやってきて数日後。



「ふんっ!!」


「うおっ、危なっ」



 屋敷の庭で木剣の打ち合う音が響く。


 一人は俺、もう一人は真っ赤な髪と褐色の肌が印象的な絶世の美女――アルロだ。


 彼女は魔物との戦いで重傷を負っていたが、たった数日で身体を動かせるくらいには回復することができた。


 とはいえ、まだまだ全快には程遠いのでまだ安静にしていなくてはならないのだが……。



『いつまでも寝ていたら身体が鈍る!! ベギル殿、お手合わせ願いたい!!』



 ということで、俺はアルロの模擬戦に付き合うことに。

 しかし、俺は公式が勇者と魔王を除けば世界最強と認めた悪役貴族。


 慢心と油断を捨てた俺に隙はない。


 俺はアルロが木剣の振り下ろす瞬間、一気に踏み込み、その腕を下から押さえて木剣をアルロの喉に突き付けた。



「勝負あり、だな」


「くっ、参った。まさか一本も取れないとは」


「病み上がりなんだから無茶するな」


「いや!! 無茶をしなくては強くなれん!! もう一戦頼む!!」



 再びアルロと木刀で激しく打ち合う。


 実を言うと、俺はアルロとあまり戦いたくはなかった。

 それは彼女が怪我人だからとか、めちゃくちゃ美人だからとかいう理由ではない。



「はあっ!!」


「っ!!」


「ベギル殿、さっきからどこを見ている!! 集中が途切れてきたか!!」



 否、俺はずっとアルロを見ている。


 より正確に言えば、木剣を振るう度にたゆんたゆん揺れる大きな胸を見ている。


 先日、エリュシオンの誘惑に屈して彼女の豊かな胸を揉みしだいてしまったせいかも知れない。

 アルロの胸がどういう感触なのか、気になってしまうのだ。


 しかも今日のアルロは白のタンクトップを着ており、汗を掻いているせいで下着が透けている。


 こう言っては何だが、とてもエロい。



「もらった!!」


「おっと」


「なっ」



 俺はアルロの放った渾身の突きを、首を傾けるだけで回避する。



「か、完全に不意を突いたと思ったのだが……いったいどんな動体視力をしているのだ!!」


「そう言われてもな……」



 前世の俺は運動音痴だった。


 だからこそ、思った通りに動いてくれるこの身体が不思議で仕方がない。


 剣を振るえば魔物の首が面白いように斬れるし、集中すればどれだけ早い攻撃もスロー再生のように遅く感じる。


 本当に不思議だ。



「ベギル様、鍛練中のところ失礼します」


「いや、今ちょうど終わったところだ。どうした?」


「メリエルから連絡がありました。例のものが完成したようです」


「え、まだ一週間経ってないぞ!?」


「どうやら完成を急いでくれたようです。行きましょう。アルロ殿はどう致しますか?」



 パデラの視線がアルロに向く。


 すると、アルロは目を輝かせながらパデラの誘いに頷いた。



「是非!! 我が愛剣の生まれ変わった姿、見せてほしい!!」



 メリエルに提供した魔導具作りのためのミスリルは元々アルロの剣だったもの。

 彼女にもその生まれ変わった姿を見る権利はあるだろう。


 俺たちは早速メリエルのもとへ向かった。


 メリエルの家の戸を軽くノックすると、中から目の下が真っ黒な彼女が出てきた。



「あ、い、いらっ、いらっしゃい、ませ」


『よく来たなァ!! 歓迎するぜェ!!』


「ああ、邪魔するぞ。……大丈夫か? 目の下の隈が酷いが……」


「だっ、だだ大丈夫ですっ!! それより見てください!! か、完成しました!!」


「む。これが俺の結界魔法を再現した魔導具か」


「は、はい!! な、名付けて結界剣です!!」



 メリエルが渡してきたのは、剣の形を保ったミスリルだった。


 てっきり加工するものかと思っていたが……。



「ミスリルの剣をそのまま使ったのか」


「あ、は、ははい。ミスリルは、その、加工が難しくて、ドドドドワーフでもなきゃ形を変えるとかはできな、できないので」


「あー」



 そう言えばそうだったな。


 ミスリルやオリハルコンのような超激レア金属はドワーフの鍛冶職人でないと武器に加工できない、という設定があった。


 ドワーフの鍛冶職人を探すのは手間だが、やっておくと攻略がとても楽になるのだ。


 メリエルから受け取った結界剣を色々な角度から眺めていると、不意に横からちらちらと視線を感じた。


 アルロだ。



「……見るか?」


「見たい!! まさか再び我が愛剣の姿を見られるとは!!」



 アルロに結界剣を手渡し、メリエルから詳しい使い方を聞く。



「つ、使い方は単純で、魔力を流せば結界魔法が発動します。りょ、領都の外で、た、たた試してみたら、身体から何かが抜けてく感じは、き、消えました。くくく、くろ、黒い雲の除去はできなかった、です、けど」


「ほう!! 生命力の奪取を防げるのか!?」


「あ、ああと、結界そのものの耐久性が、低すぎて、簡単に破られちゃいそうだった、の、ので、魔物の強化を無力化する、だけに効果を集中させました。そ、そそ、それから、展開範囲が直径五十メートルくらいで、そ、そそ、その、とても狭いので……」


「五十メートルもあるのか!?」


「ひゃ、ひゃいっ!! やや、ややや役立たずですみませんすみません!!」


「逆だ!! 十分すぎる!!」



 テンションが上がる。


 直径五十メートルも結界を張れるなら、相当な数の兵士をまとめて動かせる。

 百人規模の部隊で魔物狩りを行えば食糧調達の効率も上がるだろう。



「あ、あの、一つだけ注意事項が、あ、あああありまして」


「注意事項?」


「そ、そそそその、思ったよりミスリルの質が悪くて、無理に使うと壊れるかもしれなくて、じゅ、十回くらいが限界かも、です……」


「十回、か」


「すっ、すすすすすみませんすみません!! 本当に無能ですみません!!」



 たった十回、されど十回。


 まだ食糧が尽きるまで時間はあるし、また新しいミスリルを採りに行けば解決する話だ。



「メリエル、そこまで謝る必要は――ん?」


「すみませんすみませぇあっ」


「メリエル!?」



 メリエルは謝罪の言葉を口にしながら、そのままふらふらと倒れてしまった。



「だ、大丈夫か!? メリエル、しっかりしろ!!」


『遂にぶっ倒れちまったかァ!! ここ何日飲まず食わずで作業に没頭してやがったからなァ!! 無理が祟ったんだろォ!!』


「な、なんだって?」



 飲まず食わずで作業に没頭してた!?


 や、やばいやばい、ここでメリエルが死んだら人類の損失だ!!



「パデラ、医者を!!」


「はっ、直ちに!!」


「あわわわ、オ、オレはどうすれば!?」


「アルロは近くの井戸から水を汲んできてくれ!!」


「わ、分かった!!」



 パデラとアルロに指示を出した俺は、メリエルをひょいとお姫様抱っこする。



「オスカー、ベッドはどこだ?」


『廊下に出て突き当たりを右だぜェ!!』


「そうか。……ちなみに嘘ではないな?」


『嘘だぜェ!! よく見破ったなァ!! 突き当たりを右に行ってもあるのはトイレだぜェ!!』


「こんな時にくだらない冗談を言うなへし折るぞボケ!!」


『悪ぃなァ!! 性分なモンでよォ!!』



 今度こそ本当のベッドの在処を聞いた俺は、メリエルをそこに寝かせた。


 ……ふと思う。



「小さいな」


『旦那ァ!! メリエルは普段からローブを着てるせいで分かりにくいがァ!! 脱いだら凄いんだぜェ!!』


「そういう話はしてねーよ!!」



 メリエルは小さい。


 パデラから聞いた話によると、まだ十四歳の子供らしい。

 前世の俺なら友だちと道端に落ちてた犬のウンコの話題で盛り上がっていた年頃だ。


 しかし、メリエルはその年でぶっ倒れるギリギリまで人類のために貢献している。


 とても凄いことだが……。



「オスカー、次からメリエルが無茶をしそうな時は全力で止めてくれないか?」


『無理だなァ!! こいつは気弱だがァ、やると決めたことは最後までやり抜き通す頑固者だからよォ!!』


「……頑固者、か」



 俺がどうしたものかと頭を捻っていると、メリエルがうっすらと目を開けた。



「メリエル? 大丈夫か?」


「……あれ……わ、わわわ、私、どうしてベッドで寝て……」


「あ、こら。起きるな。今は寝てろ」



 身体を起こそうとするメリエルを無理やり寝かせ、毛布をかける。


 ……ちょっぴりお説教だな。



「メリエル。そのままでいいから聞いてくれ」


「は、はは、はい」


「急がせたのは俺だが、ぶっ倒れるほど頑張るのはやめてほしい。心臓に悪い」


「あ、す、すすっ、すみま、すみません!! め、迷惑をかけて、本当に――」



 俺はベッドから起き上がってまで謝罪しようとするメリエルを制止し、また寝かせた。

 しかし、彼女は何かを考えているようで中々眠らない。



「結界剣のことを気にしてるのか?」


「あ、は、はい。わ、わわ私にもっと才能があったら、効果範囲も広げて、回数制限なんてなかったかも知れない、ので」


「……気にする必要はない。お前は頑張った」


「え? あ、ああの、や、役立たずは処刑とか、しししししないんですか?」


「いや、するわけないだろう!? お前を殺したら人類の損失だ!!」



 ここまで自己評価が低すぎるのは問題だな。


 お説教とは少し違うが、メリエルには考えを改めてもらわねば。



「お前は必要な人材だ、メリエル」


「え?」


「たった十回とはいえ、お前の他に誰がたった一週間で魔王の大魔法を無力化する魔導具を作れる? お前が自分をどう評価しているのかは知らんが、お前は凄い奴だ」



 だからこそ、メリエルに万が一のことがあってはならない。



「メリエル。もう一度言うぞ。お前は必要な人材だ。お前が無能なら世の中の大半の人間が無能以下になる。考えを改めろ」


「え、あぅ、ぐすっ」


「!?」



 何故そこで泣く!?


 急にポロポロと涙を流し始めたメリエルに、俺は思わず焦る。



「ち、ちがっ、私っ、ベギル、様に、そう言ってもらえたのが、う、嬉しくてっ」



 あー、ちょっと複雑な過去があるのか。


 俺はメリエルをあまり刺激しないよう、ハンカチで彼女の涙を拭った。


 そして、軽く頭を撫でる。



「あんまり泣くと可愛い顔が台無しだぞ」


「ふぇ!?」


『旦那ァ!! そういう台詞をポンポン言うのはよくないぜェ!!』


「いや、可愛いのは事実だろ」



 髪がボサボサで目の下の隈が大きいし、常に俯いているから気付きにくいが、普通に美少女だし。


 性格も前世の姪を見ているようで、何かと放っておけないのだ。



「あ、あぅ、わ、私、まだ十四歳で……」


「ん? 知ってるぞ?」


「はわ、はわわわ!!」



 次の瞬間、メリエルの顔が急に赤くなってそのままぶっ倒れてしまった。


 ええ!? なんで!?



「水を汲んできたぞ!!」


「ベギル様、医者を連れて参りました!! ……何をしているのです?」


「いや、なんか知らんけど急に倒れた!!」



 その後。


 パデラが連れてきた医者によると、メリエルは過労や睡眠不足、栄養失調など様々な問題を抱えているらしい。


 一人暮らしさせておくといつか死にそうなので、パデラの提案で屋敷に住まわせることに。


 領都に来てから働こうともしないニート女神をすでに一人養ってるのだ。

 真面目に働く魔導具職人を一人養うくらい、安いものである。






―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

根暗コミュ障陰キャぼっちが実は巨乳で脱いだら凄いパターンが好き。


★をもらえると作者のやる気がマックスになります。ください。



「白のタンクトップはエッ」「メリエルが心配になる」「また作者が癖を詰め込んでる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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