第7話 魔導具職人、女神に身を委ねる



 私の両親は、酷い人たちだった。



『アンタさえいなきゃ、私は今頃あの人と一緒にいられたのに!!』


『この役立たずが!! 酒代くらいさっさと稼いでこい!!』



 よくある話だ。


 母は婚約者がいながら他の男と浮気して、私を作った。

 浮気が婚約者にバレてしまい、そのまま婚約はなかったことに。


 そうして追い詰められた母が最後にすがったのは浮気相手の男だったが、彼は年がら年中お酒を飲んでばかりの浮気相手だった。


 だから私は運がよかったのだと思う。


 たまたま師匠に出会って、たまたま才能があると言われて、たまたま弟子にしてもらった。


 両親は大金を師匠から受け取って、躊躇うことなく私を捨てた。

 師匠は「君を買うような真似をしてすまない」と何度も謝っていたけれど、あんな親はこっちから願い下げだ。


 それから私は師匠に連れられて王都で暮らし、色々なことを見て聞いて、学んだ。



『ごほっ、ごほっ。メリエル、貴女には私の持つ全ての魔導具の知識を与えました。もう思い残すことはありません』



 病床に伏した師匠は、顔色を悪くしながら笑顔でそう言い残して亡くなった。


 悲しかった。


 師匠は私にとって親のような人で、ドン底にいた私を必要としてくれた人だから。

 だから私は『人を生き返らせる魔導具』を作ろうと考えた。


 そのための素材集めは、たまたま知り合った勇者様に師匠の遺品の魔導具と引き換えに集めてもらった。


 結論から言えば、『人を生き返らせる魔導具』の作成は失敗した。


 当然だ。


 人の生死を、この世の理をねじ曲げる芸当をまだまだ未熟な私にできるわけがない。


 だから方針を変えて、師匠の擬似的な人格を宿した魔導具を作ってみた。

 それが五回に一回は嘘を吐く杖、オスカーの誕生経緯だ。



「んぅ……」


『よォ!! 起きたみたいだなァ!!』


「ん、おはよう。師匠……」


『オレ様はお前の師匠じゃねぇぞォ!!』


「……そうだったね。おはよう、オスカー」



 師匠をモデルに作ったはずのオスカーは、師匠とは似ても似つかない。

 それでも私は、たまにオスカーのことを師匠と呼び間違えてしまう時がある。


 本当に全く似てないのに、不思議だ。



「ねぇ、オスカー。領主さま……ベギルさまは?」


『さぁなァ!! 執事のお嬢とミスリルがどうたら話してたぜェ!!』


「……そっか」 



 私は今、ベギルさまの屋敷で暮らしている。


 私の生活能力が低すぎて心配したベギルさまが屋敷で暮らすよう取り計らってくださったのだ。


 ベギル・フラッグシルト。


 フラッグシルト領の領主さまで、王都からやってきた難民を一人残らず受け入れたとても優しいお方だ。


 そして、私を必要としてくれた人。


 唯一の心の拠り所だった師匠を失って胸にぽっかり空いた穴を埋めてくれた、憧れの人。



「あれ? このハンカチ……」


『旦那の忘れモンだなァ!! てめーの涙を拭うのに使ってたハンカチだぜェ!!』


「んっ、んぅ」


『どうしたァ!! ウンコしたいのかァ!! トイレなら部屋を出て廊下を右だぜェ!! ――わっ、何しやがるゥ!!』



 私はオスカーを完全防音の箱に入れて、念入りに鍵をかけた。


 そのまま服を脱ぎ捨てベッドに寝転がり、ベギルさまのハンカチの匂いを執拗に嗅ぎながら自分を慰める。



「ベギルさまっ、ベギルさまぁ……」



 ベギルさまのことを考えながらする自慰は普段の何百倍も気持ちよくて、頭の中がチカチカした。


 ……スッキリした後。


 軽い自己嫌悪に陥りながら箱に閉じ込めたオスカーを取り出す。



『オレ様を箱に閉じ込めてナニしてやがったんだァ!!』


「内緒」



 私は部屋にあった鏡の前で髪を弄りながら、オスカーに問いかける。



「ねぇ、オスカー。その、私、もう少しお化粧とか、髪を整えたりとか、したら、可愛くなるかな」


『そうだなァ!! 素材はいいから可愛くはなると思うぜェ!! 可愛くできるかどうかは知らんがなァ!!』



 そ、そうだよね。


 今までお洒落に欠片も興味がなかったのに、いきなりお化粧とかできるわけがない。


 やっぱり私じゃ、駄目だよね。


 そもそもベギルさまの側には美しい女性が何人もいる。

 避難民をフラッグシルトまで送り届けた騎士団長さまや腹心の執事さま。


 それから……。



「何やら恋に悩む少女の気配を感じました」


「え?」



 不意に声が聞こえて辺りを見回すも、誰もいない。



「オスカー、何か言った?」


『オレ様じゃねぇぞォ!!』


「そ、そうだよね、オスカーの声じゃなかったよね」



 やっぱり気のせいかも知れない。


 そう思って再び鏡の中を見ると、天井裏からこちらをじーっと見つめている人物と目が合った。



「ひいっ!? お、お化け!?」


「お化けではありません。恋のキューピッド改め、女神エリュシオンです」


「え、あ、はい」


「女神エリュシオンです。信じていないようなので二回言いました」



 純白の美しい長い髪と黄金の瞳の綺麗な人が、天井裏からシュタッと着地する。


 ど、どうしよう。


 天井裏から出てきたり、女神様の名前を勝手に名乗っていたり、完全にヤバイ人だ。


 ……ヤバイ人だけど、この無表情なのに感情豊かな女性は巷でベギルさまの愛人と噂されている人物だった。



「貴女はベギルのことが好きなのですね?」


「えっ、あ、い、いいいい、いえ、そ、そんな恐れ多いことでっ!!」


「人間の恋愛模様は見ていてとても面白いものです。私が協力してあげましょう」


「え、ちょ、あの、け、けけけけ結構です!!」


「遠慮しなくてもいいのです。この女神エリュシオンが貴女を絶世の美少女にプロデュースして差し上げます」



 無表情のままエリュシオンさんは手をわきわきさせて近づいてくる。


 そうして始まったのは――



「ではまず、洗ってない犬の匂いをどうにかしましょう」


「え? い、犬の、匂い? すんすん……そ、そそん、そんなに臭い、ですか?」


「最後に湯浴みをしたのはいつですか?」


『先月だぜェ!!』


「ち、違っ!! せ、せせせせ先週です!! 適当なこと言わないで、オスカー!!」


「ではレッツゴー、お風呂場へ」



 私はエリュシオンさんに腕を掴まれ、そのままお風呂場へと連行されてしまった。


 ベギルさまの屋敷には大きな浴場がある。


 湯を沸かすには大量の木材を使うため、資源を無駄遣いできない現状ではあまり使われていないらしいけど……。



「す、凄い」


「立派なお風呂場ですね」


「い、いえ、そ、そうじゃなくて、エリュシオンさんのおっぱいが、メロンみたいだなって……」


「本来の私はもっと大きいですよ。大玉スイカくらいはあります」



 服を脱いだエリュシオンさんの胸は、とても大きかった。

 歩く度にゆっさゆっさ、たゆんたゆん揺れる姿は女の私でも直視できない光景だった。



「貴女もいいものを持っていると思いますが」


「え? い、いえ、わ、私なんか、ぜ、ぜぜん、全然大したことない、ですし」


「……ふむ」


「ひゃっ♡ な、何をっ♡」


「育乳です。もっともっと大きくすれば、ベギルもイチコロですよ。彼は大きな胸が好みなようなので」



 エリュシオンさんが後ろから私の胸を揉みしだいてきた。


 変な気分になる。



「あ、あの、エリュシオンさん」


「何でしょうか?」


「わ、私、か、可愛く、なれます、か?」



 ベギルさまに見初められるくらい、可愛くなりたい。

 一番になりたいとまでは思わないけど、あの方に想いを寄せるのが許されるくらいには。


 私はエリュシオンさんに、身を委ねることにした。






―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

メリエルは作中トップクラスでチョロい。


現在、週間ランキング14位!! このまま行けるところまで行きたいので面白いと思った方は★★★をよろしくお願いします!!



「こういう女の子が自ら……っていいよね」「メリエルの匂いを嗅いでみたい」「女同士のイチャイチャは健康にいい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。



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