第4話 悪役貴族、人見知り魔導具職人と会う
俺とパデラが向かった先は、王都の避難民が暮らす簡易住居の一つだった。
「は、はははじっ、はじめっ、はじめましゅて、メ、めりゅ、めりゅえ、めりえりゅれすっ」
「あ、ああ、俺はベギル。フラッグシルトの領主をやっている者だ。そう緊張しないでくれ」
「よよ、よよよよっ、よろっ、しくお願い、しま、しましゅ!!」
やってきた住居で暮らしていたのは、蛇の装飾があしらわれた長杖を携えた少女だった。
青い髪はボサボサで、目の下には大きなクマがある。
ただでさえ背が低いのに、猫背と相まって更に小さく見える。
年の頃は十代半ばだろうか。
黒いローブをまとった魔法使いっぽい出で立ちをしていた。
「彼女はメリエル。王都で魔導具職人をしていた者です」
パデラがモノクルを光らせながら、メリエルを紹介する。
王都からの避難民の数は数百人にも及ぶ。
それだけの数を受け入れるにあたって身分や職業等の把握は必須。
パデラは避難民一人一人に聞いて回り、彼らのことを書類にまとめたのだ。
メリエル本人や彼女の職業を把握しているのもそのためだろう。
うちの執事が有能すぎる。
「魔導具職人?」
『旦那ァ!! 解説してやるぜェ!!』
「うおっ、び、びっくりした。ってか杖が喋った!?」
俺が聞き慣れない職業に首を傾げていると、メリエルの持っている杖から声が聞こえてきた。
『オレ様の名前はオスカー!! 根暗で陰キャでコミュ障でぼっちのメリエルに代わってお喋りするための魔導具さァ!!』
「す、すっげー。まじで杖が喋ってる」
『ハッハァ!! 旦那は魔導具を見るのは初めてかァ!! 魔導具ってのは魔力を流すことで刻印した魔法を発動するアイテムのことさァ!! 魔導具職人ってのは魔導具を作る奴のことだなァ!!』
「あ、いや、解説してもらったところ悪いが、魔導具の存在は知っている」
だって『ブレイブストーリーズ』にも魔導具を作るための素材を集めるクエストがあったからな。
ストーリーには全く影響しない、いわばサブクエストだが、報酬でもらえるアイテムが攻略に役立つ代物だったから特に覚えがある。
ん? メリエルと、オスカー?
「ああ!! サブクエの依頼人か!!」
『んん? 何の話だァ!!』
間違いない。
人見知りの魔導具職人の少女が人と話したくて喋る魔導具を作るクエストがある。メリエルはその依頼主だ。
そうか、この世界でも主人公はクエストを受けて達成したんだな。
オスカーがメリエルに代わって話す。
『それでよォ!! オレ様たちに何か用かァ!!』
「ええ、実はメリエル様に作っていただきたい魔導具がありまして」
『なんだァ!! 言ってみろォ!!』
パデラは単刀直入に一言。
「こちらのベギル様の結界魔法を魔導具で再現していただきたいのです」
『無理だァ!!』
「え、無理なのですか?」
『ああァ!! 女神の祝福を魔導具化するのは不可能だァ!!』
女神の祝福というのは、固有スキルのことだ。
パデラは俺の結界魔法を魔導具として量産し、領都外の活動可能な範囲を広げようと考えていたらしい。
「どうにもなりませんか? 我々の命運がかかってるんです」
『うちのメリエルは魔導具職人としては天才だがなァ!! 女神の祝福を模倣するのは天才とかそういう次元じゃねェ!! 無理なものは無理だァ!!』
「……そう、ですか。いい案だとは思ったのですが」
当てが外れて肩を落とすパデラ。
すると、不意にメリエルが俺の服の袖をちょいちょいと引っ張った。
「あ、あの、あああああの」
「ん? なんだ?」
「そ、その、その、そその、その」
「……落ち着いて、ゆっくり話してくれ」
俺はできるだけ優しい笑顔でメリエルの呼び掛けに応じた。
前世の姉の娘、つまりは姪がメリエルと似たような人見知りで対応には慣れているのだ。
こういう時はこちらから執拗に聞こうとしてはならない。
向こうから話してくれるのを気長に待つのだ。
「……あの、えっと、で、でで、でき、ます」
「え?」
「ま、魔導具、作れ、ます。女神の祝福、の、模倣なら、前にやった、ので」
「作れるのか!? で、でも、さっきオスカーはできないって……」
「オ、オスカーは、五回に一回くらい嘘を吐きます」
「なんて迷惑な!!」
しかし、結界魔法の魔導具を作れるなら食糧問題の解決も見えてきた。
「た、ただ、その、えっと」
『女神の祝福を魔導具にするなら、相応の素材が必要だぜェ!!』
「相応の素材、ですか。具体的には?」
『ミスリルゥ!! オリハルコォン!! ヒヒイロカネェ!! 純金でもいいぜェ!!』
ミスリル、オリハルコン、ヒヒイロカネ、純金……。
どれも『ブレイブストーリーズ』では限られた数しか手に入らない、超激レアアイテムだ。
どうしよう。そんなもの領都にあるわけ――
「「あっ」」
俺とパデラの声が重なる。
きっとパデラもミスリルに心当たりがあったのだろう。
俺たちは一度メリエルの家を出て、療養中のアルロのもとへ走った。
「たのもー!!」
「うおっ、な、何事か!?」
「アルロ様、少しお願いがありまして」
そう、アルロはミスリルを持っている。
より正確に言えば、彼女の持つアルテナ王国騎士団長の証の剣だ。
この剣は純度100%のミスリルで作られている。
俺はアルロに事情を話した。
すると、アルロは頷いてミスリルの剣を手渡してきた。
「この剣も人々の役に立てるなら本望だろう。遠慮なく鋳溶かして……構わな……うぅ……構わない!!」
きっと苦難を共にしてきた剣に強い思い入れがあるのだろう、アルロは涙目になった。
うわ、罪悪感が半端ない!!
「新しい剣を差し上げるのでいい年した大人が泣かないでください」
「パデラ、お前もう少し言い方とか……」
「な、泣いてなどない!! 少し思い出に耽っていただけだ!!」
俺はとても申し訳ない気持ちになりつつ、ミスリルの剣をメリエルに渡した。
『ミスリルかァ!! これなら一時間で作れちまうぜェ!!』
「一時間!? は、早いな」
「あ、あの、そ、それはむ、むむむ無理です。一週間は、ください」
「この杖……!!」
適当なことを言う杖を折りたくなったが、メリエルのものなので抑える。
しかし、一週間か。
「ありがとう、メリエル。本当に助かる」
「え、あ、い、いいいいえ、こ、困った、時は、お互い様、でです、ので」
『イケメンにお礼を言われただけで惚れるのはよくないぜェ!! メリエルゥ!!』
「うぇ!? ち、ちちちが、そんなんじゃ!!」
ほほう、俺がイケメンだって?
さっきはムカついたが、この杖は中々見どころがありそうだ。
まあ、俺は主人公のライバルの悪役貴族だからな。顔も整っているのだ。
「じゃあ結界魔法の魔導具ができるまで、俺は領都の外まで食糧調達に行ってくる」
「危険なのでやめてください」
「大丈夫大丈――」
「ダメです」
「あ、うっす」
パデラの目が本気だったので、大人しく魔導具ができるのを待つことにした。
その日の夜だった。
魔導具が完成したら食糧調達に出る部隊の編成、装備の確認など。
とにかくやることが多かった。
「疲れた……」
俺は自室のベッドで大の字になり、何をするわけでもなく天井のシミの数を数えていた。
そして、ふと考える。
「主人公の仲間は生きてるのかな?」
人類滅亡エンドは主人公が魔王に負けることで突入するエンディング。
当然、主人公は死ぬ。
ならば主人公の旅に同行していた仲間たちはどうなるのだろうか。
一緒に殺されてしまったなら諦めるしかないが、どこかで生きているなら味方に加えたい。
「……いや、生きていてたとしても流石に捕まってるよな」
少なくとも俺が魔王なら自分の命を狙ってきた輩をみすみす逃がしたりはしない。
相応の報いを受けさせるだろう。
「……やべ……眠く……なってきた……おやすみ……」
考えれば考えるほど眠気が増して、やがて俺は深い眠りに落ちた。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
パデラに身体を強く揺すられ、俺の意識は少しずつ浮上した。
「ベギル様!! ベギル様!! 起きてください!!」
「うぅ、姉ちゃん、カップ麺なら冷蔵庫の横の棚に置いてあるでしょ……」
「私は姉では――じゃなくて!! よく分からないこと言ってないでさっさと起きてください!! 一大事です!!」
「んぐっ、え? な、何……?」
目を覚ますと、全身から冷や汗を流したパデラの姿があった。
「竜です!! 竜が領都まで攻めてきました!!」
「え、竜?」
俺が部屋の窓から外を見ると、一瞬だけ空を舞う大きな影が陽光を遮った。
……本当に竜だった。
俺は静かにベッドに潜り、毛布を被って二度寝することにした。
「夢だ。これは夢だから、もう一度目が覚めたらきっと現実に――」
「現実逃避はやめてください!!」
「いやいや、パデラ。竜といえば『ブレイブストーリーズ』でも厄介な魔物なんだぞ。俺の結界魔法が破られることはないと思うが、戦えばこちらも相応の被害を受ける。結界の中に立て込もってやり過ごす方がいい」
「ぶ、ぶれ? よく分かりませんが、結界が破られる心配はないのですね?」
俺は毛布から腕だけ出してグッと親指を立てた。
まあ、邪神の加護を持っている魔王の攻撃なら壊れるだろうが、ラスボス自らここまで赴くとは考えにくい。
そのうち竜も立ち去るはずだ。
『――人間どもよ。この街にベギル・フラッグシルトという男はいるか?』
頭の中に声が響いてきた。
魔王が全世界に向けて宣戦布告アナウンスした時に近い感覚だ。
まさかの名指し。これでは二度寝もできまい。
「……行ってくる」
「!? そ、それはなりません!!」
パデラが俺の前に立ちはだかるが、ここで隠れても意味はない。それに……。
「大丈夫だ。声に悪意や敵意がない。向こうの目的は領都への攻撃じゃなさそうだ」
「し、しかし、万が一のことがあっては!!」
「その時は正面から叩き潰す。多少の怪我はするだろうが、油断はしない」
俺はパデラを説得し、屋敷を出た。
領都を囲む結界までの道中、領民たちが不安そうにこちらを見つめてくるので俺はできるだけ明るく振る舞った。
さて、竜の目的は一体何なのか。そもそも何故俺の名前を知っているのか。
俺は結界を間に挟み、竜と対峙した。
目の前で見る竜は迫力があって、間近で見るとめっちゃ怖い。
深緑色の鱗は先日食べたリザードマンよりも頑丈そうで、万が一戦いになったらどう対処しようか迷う。
しかし、俺が竜と戦うことはなかった。
『お主がベギル・フラッグシルトか』
「ああ、そちらの目的は?」
『戦いに来たのではない。お主に渡したいものがある』
「渡したいもの?」
『受け取るがいい、ベギル・フラッグシルト』
そう言って竜は自らの背に乗せていた人物を下ろした。
純白の長い髪、黄金の瞳、豊かな胸……。
「っ、聖女、リーシア!?」
その人物こそ『ブレイブストーリーズ』のメインヒロイン。
主人公と同じ村で育った幼馴染みであり、女神の生まれ変わりとも言われる聖女。
かつて
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント小話
ボサボサ青髪根暗陰キャコミュ障ぼっちが実は美少女――みたいな展開が好き。
★をもらえると作者の一日が幸せになります。
「オスカーおもろい」「未練たらたらアルロかわいい」「聖女登場!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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