第3話 悪役貴族、魔物を調理する
避難民数百名、騎士数十名を領都に受け入れてから三日が経った。
重傷を負っているため、しばらくは絶対安静らしいが、ネームドキャラのアルロが仲間に加わったことは素直に喜ばしい。
ただまあ、何も問題がないわけではなく……。
「ベギル様、食糧が不足しています」
「あ、お、おう」
俺はパデラから詰め寄られていた。
相変わらず女と見間違えるくらい綺麗な顔立ちをした男だ。
あまりにも美しすぎて男の俺でも思わずドキッとしてしまったじゃないか。
おっと、現実逃避している場合ではない。
パデラの話に耳を傾けながら、今後の方針について話し合う。
「領民と避難民の数は合わせて3896名。現在の食糧の備蓄では二ヶ月が限界でしょう。そこで領都の食糧を全て徴収し、配給制にすることを提案します。……それでも三ヶ月は持たないでしょうが」
「食糧を徴収して配給制、か。領民の反発が目に浮かぶな」
「ああ、その点はご心配なく」
パデラがモノクルを光らせながら言った。
「領民は強くベギル様を支持しております。多少の不満は出るかも知れませんが、反対する者はいないでしょう」
「え? 俺を支持? なんで?」
「本当に分かりませんか?」
「全然」
俺が正直に答えると、パデラは大きな溜め息を吐きながら教えてくれた。
「勇者が敗北し、世界は暗雲に覆われ、魔王に滅ぼされるのを待つしかない。そんな状況の中で、領都限定とはいえ雲を晴らし、領民を集め、魔物に襲われている避難民を自ら救いに行く。やっていることはどれも称えられて然るべきものです」
「え? そ、そうかな? へへへ」
「食糧問題を始めとした様々な問題を度外視すれば、という注釈は付きますがね」
「うっ、苦労をかける……」
「……とにかく今は食料問題の解決が優先です。安定的に得る方法を考えねば、我々に待っているのは飢え死にです」
食料問題、か、
タイムリミットは三ヶ月弱、その間に解決しないと飢え死にするとか難易度高いな。
でも――
「実は俺に名案がある。ちょっと来てくれ」
「どちらへ?」
俺がパデラを連れて向かった先は、屋敷の厨房だった。
「ベギル様、これは?」
「王都の避難民を襲っていたリザードマンやスライム、ゴブリンの死体だ。こっそり回収しておいたんだ」
「何故その死体が厨房に?」
「……食べようかなって思って」
「!?」
パデラがギョッと目を見開いて後退りした。
いや、ドン引きする気持ちは分かる。リザードマンとか言葉を話すし、それを食べるって発想はヤバイよな。
でも冷静に考えてほしい。
「パデラも知っていると思うが、魔物は人を喰らう怪物だ」
「そ、そうですね」
「なら俺たちだって魔物を食っていいだろ」
「!?」
敵がしてくることを俺たちがしちゃいけない道理はない。
それにリザードマンの首の断面を見ると、綺麗な赤い色だった。
牛肉に近い色味をしていて、特に気になる匂いもしない。
これは直感だ。
フグとか納豆とか、そういうものを食べてきた日本人としての直感が言っている。
多分、リザードマンは美味しい。
俺は厨房の包丁を手に取り、リザードマンの死体の前に立った。
「ほ、本当にやるのですか!? いくら何でも、それは!!」
「誰かに強制するつもりはない。でも、もし食糧が底を突いた時、少しでも食べられるものがあれば大勢が助かるはずだ。これは必要なことなんだ」
「ベギル様……」
不安そうなパデラを横目に、俺はリザードマンに包丁を入れる。
まずは四肢を解体し、鱗を皮ごと剥ぐ。
「鱗が頑丈だな……鎧に加工したら防御力高そうだ……」
次に肉と骨を分解する。
すると、リザードマン一匹から結構な量の肉が手に入った。
パデラが後ろから声をかけてくる。
「一匹からこれほどの量が取れるのですね。……ベギル様? 骨をまじまじと見つめてどうしたのです?」
「……いや、骨から出汁取れるかなって」
俺はリザードマンの骨を砕いて鍋に入れ、水を張って火にかける。
沸騰したところで一度湯を捨て、また鍋に水を張ってじっくりコトコト煮込む。
水かさが減ったら水を足し、それはもうじっくりと煮込む。
しばらくして水が白っぽくなってきた。
俺は小皿にスープをよそい、火傷しないよう冷ましてから飲み干した。
「……美味しいな」
「お、美味しいのですか?」
「ああ、薄味の豚骨スープって感じだ」
そこで俺は閃いた。
スライムをまな板の上に置き、核を取り除いた後、細く切る。
それをまとめてお湯にぶち込み、数分後に引き上げて湯切りした。
それを試しにちゅるっと食べてみる。
ふむ。トコロテンみたいなのど越しだが、弾力があって麺っぽさもある。
これなら『アレ』も作れるな。
「ベギル様、それは?」
「リザードマン骨スープスライムラーメンだ」
リザードマンの骨から出汁を取ったスープにスライム麺を入れる。
見た目は麺の色が薄いラーメンって感じだ。
本来ならトッピングも用意したいが、食材に余裕はないのでそのままスープと麺だけでいただくことにした。
ずるずる……もぐもぐ……。
「うっ」
「ベギル様!? 大丈夫ですか!?」
「う、美味い」
「えっ?」
「美味い!! なんだこれ!? ちょ、パデラも食べてみろ!!」
パデラに皿を差し出すと、彼は顔をしかめながらも口にした。
「む。……たしかに、美味しいですね」
「だろ!? 魔物食の時代が来るぞ!!」
「魔物の中には毒を持つものもいますし、あまり推奨できるものではありませんが……。食糧の確保という意味では、有りかもしれませんね」
ラーメンが美味しかったのか、パデラも乗り気な様子を見せる。
っと、そうだった。
「本命はこっちの肉だよな。からあげ……照り焼き……どれも美味しそうだけど、調味料に余裕はないからな……」
「ローストしてはいかがですか?」
「それだ。ローストリザードマンにしよう」
俺はリザードマンのもも肉に塩で軽く下味を付けて、オーブンでじっくり焼いた。
完成したローストリザードマンを切ってみると、中は綺麗なピンク色。
意外にも肉汁がたっぷりで、美味しそうな匂いを漂わせていた。
俺はぱくっと一口頬張る。
すると、じわっと肉汁が溢れてきてめちゃくちゃ美味しかった。
「んまぁい!! 何これ!? ホントに何これ美味しすぎ!! パデラも食べてみろよ!!」
「は、はい」
しかし、パデラは一向にローストリザードマンを食べようとしなかった。
「どうした?」
「い、いえ、先ほどの『らーめん』とやらは原型がなかったので食べられたのですが……これはちょっと抵抗が……」
「え、でも沢山作っちゃったし、捨てるのはもったいないぞ」
「……では彼女に食べてもらいましょう」
そう言ってパデラは皿を持ち、屋敷の一室へと向かった。
部屋に入ると、そこには真っ赤な髪の美女がベッドに横たわっていた。
アルテナ王国騎士団団長のアルロだ。
今は全身に包帯を巻いていて分かりにくいが、うっすらと腹筋が割れていて、長身でとても胸が大きい褐色肌の美女である。
ゲームでは主人公に戦い方の基礎を教える、いわばチュートリアルの指示役。
シナリオの進め方次第ではパーティーに加わわるキャラクターだ。
俺たちに気付いたアルロが声をかけてくる。
「む。ベギル殿にパデラ殿、いかがしたか?」
「アルロ様、こちらをどうぞ」
「これは、肉か!? な、なぜオレのところに?」
「アルロ様は重傷で血を多く失っています。栄養のあるものを食べて早く回復してもらわねばなりませんので」
俺は目を剥いた。
パデラ、自分が食べたくないからって何も知らないアルロに食べさせる気か!?
「……かたじけない。ではいただこう」
俺が止める間もなくアルロはローストリザードマンを一口頬張った。
すると、アルロが目を輝かせる。
「う、美味い!! なんだこの肉は!! 柔らかい上に脂が乗っていて、口の中で蕩けるようだ!!」
「お喜びいただけて何よりです」
「……パデラ、お前ゲスいな」
「何のことやら」
アルロの部屋を後にした俺たちは、廊下を歩きながら話し合う。
「魔物を食べる、というのは案の一つとして考慮します。しかし、問題はその調達方法です。領都の外では魔物が強くなる以上、下手な戦力を出しても返り討ちに遭いかねません」
「そこはほら、俺がぱぱっと行って――」
「危険に身を晒す真似はやめてください。何度もやられると流石に怒りますよ?」
うっ、パデラの視線が怖い。
しかし、俺以外に食糧調達に出られるくらい強い人間がいないのは事実だ。
もしアルロが万全な状態なら頼めたかも知れないが……。
「どうにか領都の外でも『邪神の吐息』を無効化できる方法を考えないとな。そうすりゃただの兵士でも食糧調達に出られるわけだし」
「……あっ」
「ん? なんだ?」
「王都からの避難民の中に、この問題を解決できそうな人物がいたことを思い出しまして」
「まじか!?」
俺は早速パデラと一緒にその避難民のもとへ足を運ぶのであった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント小話
あとで肉の正体を知ったアルロはしばらく人間不信になった。
★をもらえると作者は嬉しくて感謝の舞を踊りたくなります。
「リザードマン食べるのか……」「スライム麺は美味しそう」「パデラが極悪すぎる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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