第2話 騎士団長、悪役貴族を見直す




 それは、突然の出来事だった。



「アルロ騎士団長!! 大変です!! 王都に、王都に魔物の大群が向かっています!!」


「魔物の大群だと?」



 オレの名はアルロ・ソードマン。


 アルテナ王国を守護する王国騎士団団長、剣聖の弟子、勇者の師……。

 人々からは様々な呼ばれ方をしているが、最も代表的なものは『王国最強の女騎士』だろうか。


 魔王軍との戦争中である今、本音を言えば最前線で戦いたい。


 しかし、多くの民が住まう王都を守護することもまた騎士団長の務め。

 オレは書類仕事をやめ、王都を囲む防壁の上に向かった。



「お、おい、なんだ、あの数は……?」



 迫る魔物の大群を見て、オレは絶句した。


 今までの魔物の襲撃は少なくとも1000、多くても3000足らずの数だった。


 王都にいる騎士の数はおよそ5000、兵士の数を含めれば1万5000にも及ぶ。

 騎士に至っては一人一人が厳しい訓練を乗り越えた精鋭の中の精鋭だ。


 倍の数を相手にしても勝利を収めるだろう。


 しかし、オレの目に映るのは王都前の草原を埋め尽くすほどの魔物の軍勢だった。



「か、数はおよそ15万。いきなり北から現れて……」


「北? 北だと!? あ、あり得ん、迂回してきたわけではないのか!?」



 魔王の手勢は北の果てにある魔大陸から海を渡ってやってくる。


 だからアルテナ王国は北方方面の防御を常に固めていた。

 小さな村や街の住人を王都に避難させ、跡地を軍事拠点として利用していたのだ。


 もし魔物の大群が迫っているなら、その軍事拠点に駐留する騎士や兵士から必ず何らかの報告があるはず。


 それがなかったということはつまり……。



「おそらくですが、駐留していた騎士や兵士たちは王都に連絡を寄越す間もなく全滅したのかと」


「くっ、そういうことだろうな!! あの数はどうにもならん、籠城の用意を――」


「だ、団長!! あれを!!」



 部下の一人が指差した方を見る。


 その先には大きな翼を羽ばたかせる、巨大な竜の群れがあった。



「ば、馬鹿な、魔王は竜まで従えたのか……?」



 空を飛ぶ竜にとって防壁は意味を為さない。


 竜と魔物の群れは瞬く間に王都を蹂躙し、国王陛下や王女殿下は行方知れずに。


 オレは生き残った数少ない部下と共に、わずかな王都の民を連れてその場から逃げることしかできなかった。


 問題はそこからだ。


 オレは騎士団長の名を使って近隣の領主に助けを求めたが、彼らは自らの領地と領民を優先して避難民の受け入れを断った。


 ……無理もない。


 王都が滅びた以上、次は王都の近くにいる自分たちが狙われるかもしれないのだ。


 領主にとって重要なのは領地を守ること。


 すでに滅びてしまった王都の民を受け入れる義理などない。

 そこでオレは遠く離れている領地ならば受け入れてくれるかもしれないと考え、ある領地を目指した。


 その領地の名はフラッグシルト。


 王の側近たるフラッグシルト公爵家が治める、辺境の領地である。


 今は勇者と決闘騒ぎを起こしたバカ息子が治めているそうだが、あくまでも名目上の領主。

 実質的な統治は執事として働くフラッグシルト公爵の私生児が行っているらしい。


 彼女なら避難民を受け入れてくれるはずだ。


 しかし、フラッグシルト領へ向かう道中、またしても苦難が我々を襲った。



「だ、団長!! 空が!!」


「っ、これも魔王の仕業なのか……? ぐっ」



 空が真っ黒な雲に覆われた。


 それと同時に、まるで身体から力を吸い取られるような不快な感覚に陥る。


 そして、頭に直接響いてきた魔王の声。


 避難民や騎士の中には錯乱する者が現れ始め、移動速度は大幅に低下。

 避難民の中にいた神官が錯乱状態は解呪魔法で治せるとすぐに突き止めていなかったら、どうなっていたことか。


 部下が錯乱する度にぶん殴って正気に戻すのも忍びなかったので、本当に助かった。


 さらにいいことは重なり、フラッグシルト領の兵士と遭遇した。

 どうやら領内の各所にある村や街の住人に領都への避難を促して回っているそうだ。


 驚いたことに、フラッグシルトの領都だけは黒い雲に覆われていないと言う。


 兵士は急いでいたようなので何があったのか詳細までは聞けなかったが、やはりあそこなら避難民を受け入れてくれるかもしれない。


 そう考えて歩み続けた矢先だった。



「っ、アルロ団長!! 魔物です!!」


「スライムとゴブリン、リザードマンか。陣形を整えて迎撃する!!」



 フラッグシルト領の領都まであと少しというところで、魔物の群れに囲まれてしまった。


 しかし、相手はそこまで強くない魔物。


 飲み水や食糧は避難民に回し、ほぼ飲まず食わずで疲労しているものの、騎士ならば容易く倒せる魔物だ。


 そう思ったのだが……。



「ギャハハ!! 弱い弱い!! 人間ってのはこんなに弱かったかぁ!?」


「ぐっ、な、なんだ、このリザードマンは!!」



 鉄をもバターのように斬り裂く王国騎士団長の証――ミスリルの剣すら、リザードマンの鱗を両断できなかったのだ。


 否、リザードマンだけではない。


 スライムもゴブリンも、騎士がまるで相手にならなかった。


 明らかにおかしい。


 リザードマンたちの異様な強さもそうだが、身体に思うように力が入らない。


 黒い雲に空が覆われてから何かを吸い取られているような感覚はしたが、まさかオレたちの力を弱らせている?


 いや、考えるのは後回しだ。今はとにかくリザードマンを倒して――



「きゃあ!? だ、誰かっ!!」


「っ、しまった!!」



 一瞬の隙を突かれ、一匹のゴブリンが避難民の方へと迫った。

 騎士たちは他の魔物の相手で手一杯、このままでは避難民に死傷者が出てしまう。


 オレは咄嗟に剣を思い切り投げて、ゴブリンの脇腹に命中させる。


 大したダメージにはならなかったようだが、ゴブリンはオレに注意を向けて避難民に襲いかかるのをやめた。


 避難民は助かった、そう安堵したのも束の間。


 武器を失ったオレを仕留めるチャンスと判断したリザードマンがニヤニヤ笑いながら襲いかかってきた。



「ギャハハ!! 自分から武器を捨てやがったな、バカめ!!」


「ぐはっ!?」



 オレはリザードマンの鋭い爪で鎧ごと身体を引き裂かれ、大量の血を口から吐き出した。



「くっ、ぐぅ……」


「ギャハハ、安心しろぉ!! すぐに他の騎士も、お前らの後ろで怯えてる人間どももぶっ殺してやるからなぁ!!」



 そう言ってリザードマンは怯える避難民の方を見ながらペロリと舌舐めずりした。


 魔物は人を喰らう怪物だ。


 このままリザードマンを行かせては、避難民は虐殺されてしまう。


 ――それだけは絶対にさせん!!


 オレは今にも引き裂けそうな身体を無理やり動かして立ち上がった。



「あぁん?」


「行かせ、ない。民は、オレが、守――」


「うっせぇなぁ!!」


「ごふっ」



 リザードマンの蹴りがオレの胴体にめり込む。


 血を流しすぎたのか、視界が霞む上に身体に力が入らない。


 でもここで倒れるわけにはいかない。



「オレが、生きている限り、民に手は、出させないぞ」


「……うぜぇなぁ!! だったらお望み通りてめえをぐちゃぐちゃに引き裂いてや――」


「おい、その首置いてけ」


「え? ヒギャア!?」



 何が起こったのか分からなかった。


 ミスリルの剣ですら斬れなかった鱗ごとリザードマンの首を、いきなり姿を現した青年が刈り取ってしまったのだ。



「き、貴殿は、いったい……」


「ん? 俺はベギル・フラッグシルト。フラッグシルトの領主だ」


「ベギル・フラッグシルト!?」



 オレはその名前を知っている。


 五年前、アルテナ王国の王都にある魔法学園で勇者と決闘して敗北した、噂のフラッグシルトのバカ息子。


 わがままで傲慢で、自分に手に入れられないものは何もないと思っている典型的なダメ貴族だ。


 何度か顔を見たことはあるが……。



「魔物は全て俺が相手をする!! お前たちは負傷者の手当てだ!!」


「りょ、了解しました!!」



 その青年からはダメ貴族らしさなど欠片も感じなかった。

 迷いのない声、迷いのない指示、迷いのない太刀筋だった。


 騎士ですら苦戦した恐ろしく強いゴブリンやスライムを瞬く間に殲滅し、ベギル・フラッグシルトがオレに気付いて駆け寄ってくる。


 その声音は明るかった。



「アンタが王国騎士団長、アルロ・ソードマンだな」


「そ、そうだが……ぐっ」


「ん? うわ、酷い怪我!? すぐにポーションを持ってくるから待ってろ!!」


「いや、オレのことはいい。この傷ではもう助からん。それよりも、避難民を頼――」



 次の瞬間。


 ベギル・フラッグシルトはいきなりオレの頭をペシッと叩いてきた。



「な、なぜ叩く!?」


「寝言は寝てから言え。本当に民のことを思うなら、アンタも生き残るんだよ。アンタの力はまだまだ必要なんだ」


「っ、オレ、の……?」



 真っ直ぐオレの目を見つめながらベギル・フラッグシルトは言った。



「おら、ポーション飲め!! 死ぬ気で飲み干せ!! 気合いで傷口塞げ!!」


「むぐっ!? がぽぽ!?」



 ベギル・フラッグシルトはオレの口にポーションを突っ込み、吐き出さないように無理やり口を押さえてきた。


 ……不思議な気分だった。


 勇者と恋仲である聖女に言い寄っていた、不真面目で常に相手を下に見ていた少年の言葉にオレは心が動くのを感じた。


 ポーションをどうにか飲み干したオレは、静かに告げる。



「……まだ、死ぬのは先になりそうだ」


「喋ってないで寝てろ!!」


「うぎ!? も、もう優しく包帯を巻いてもらえると助かるんだが!!」



 その後、手当てを受けたオレは部下や避難民共々フラッグシルト領の領都に辿り着いた。


 遠目に見えた領都は薄暗い世界の中で唯一太陽に照らされており、どこか神々しさすら感じるものだった。


 領都に入るとあまりの太陽の眩しさに目を焼かれそうになる。


 ……太陽とは、ここまで眩しかっただろうか。



「ベギル殿」


「なんだ?」


「貴殿は、何をなさるおつもりなのですか?」


「魔王ぶっ殺して聖地巡礼」



 オレはギョッとする。


 勇者ですら叶わなかった魔王討伐を成し遂げると宣言したことにも驚いたが、まさか聖地巡礼とは。


 高位の神官ですら裸足で逃げ出す厳しい修行、それが聖地巡礼だ。

 それは、魔王を倒した後で出家するという意味だろう。


 ……魔王を殺すのは世界を救ったという栄誉のためではない、ということか。


 今の彼を見て、勇者の恋人に迫って断られた腹いせに決闘騒ぎを起こした男と同一人物だと誰が分かるだろうか。


 この男なら本当に成し遂げるかも知れない。



「ベギル殿。何の役に立てるかは分かりませぬが、我が剣は貴殿のために振るわせていただく」


「え? あ、ああ、ありがとな」



 こうしてオレは、ベギル・フラッグシルト殿の下で戦うと誓ったのだ。






―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話

アルロの年齢は27歳。身長もパイもデカイ。真っ赤な髪の褐色肌の美女。


おらに★を分けてくれぇ。作者のやる気がアップすっぞ。



「オレッ娘かよ!!」「聖地巡礼の意味が違ってて草」「27って年齢がちょうどいい」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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