Episode 03「間章」

 入学式を終えた日の夕刻。

 ヒスイは寮で荷物の片づけをしていた。


「君が、ルームメイトかな?」


 ふと、背後から声がかけられる。


「君は確か...」


 振り返った視線の先には、見覚えのある金髪の少年が立っていた。


「ルクス・エルヴィータだよ。クラスメートだし、気軽にルクスって呼んでね。君の名前は?」

「僕はヒスイ・スーノロク。ヒスイでいいよ。これからよろしく、ルクスくん」


 軽い挨拶をし、握手を交わす二人。

 その後も明日の試験についての話や、ヒスイが知らないこの国のことなど、様々な会話をして親睦を深める。

 幸いルクスは優しい性格で、ヒスイともよくウマが合った。


「おっと、もうこんな時間か~。ヒスイくん、今日はお開きにしようか。明日は試験もあるしね」


 気が付くと、時計はもうすぐ日付が変わろうかというところを指していた。


「そうだね。色々教えてくれてありがとう。助かったよ」

「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。それじゃあ、おやすみ」


 ランプの灯を消し、布団に入る二人。

 二人の仲と共に、夜が深まっていく。


 ―――同刻、学園内にて。


 黒い影が二つ、彷徨っていた。


「本当によろしいのでしょうか」


 小柄な方の影が問いかける。


「何がだ」

「あれは、初めての成功作ではないのですか?」

「確かにあれは成功作だ。《《》》。今回手に入るデータを元に、より優れた個体を作り出す」

「そう、ですか」

「まぁそう案ずるな。そもこいつは一学生いちがくせい如きに殺せる代物ではない。あくまで今回はデータ収集が主だ。良質なデータさえ採れればそれで構わん」

「……」


 小柄な影は納得いかないといった様子で、粛々と作業に戻る。

 数分後、辺りを赤い光が包み込んでいく。

 光は10秒ほど輝き続け、そして次第に収縮していった。

 そして完全に光が消えたその場所には、影の姿は見当たらなかった。


                 ☨


 翌日、午前七時過ぎ。

 ヒスイは、誰もいない教室で一人、ぽつんと座って瞑想をしていた。

 すると、またまた背後から声が掛けられる。


「おっはよー、ヒスイくん!!」


 バシンッ!


「痛ッ!…おはようルナトリアさん」


 唐突に背中を叩かれ、驚きながら挨拶を返すヒスイ。


「あ~、ルナトリアさんって呼んだ~」


 ルナトリアは不満そうに頬を膨らませている。


「……ルナ。何か用?」

「用がなきゃ話しかけちゃいけないワケ~?ヒスイくんってば真面目だねぇ~」


 こいつダルいな。いっぺんシバき倒したろうかな。

 そんなことを考えていると、


「随分楽しそうですね、兄さん」


 妹のヒナが背後に立っていた。


「ヒナ!?いつの間に...」

「割と最初の方からですよ。あ、ルナトリア様、おはようございます」

「おはよ~」


 昨日ルナトリアからかしこまらなくていいと言われたからかなりマシにはなったが、それでもしっかりと会釈はするヒナ。

 一方のルナトリアは、軽く手をあげて砕けた感じで返す。


「それより、なんでルナトリアさんにはおはようって言ったのに、私には開口一番「いつの間に...」なんですか?私のこと化け物か何かだと思ってませんか?」


 こちらも不満そうに頬を膨らませている。


「はいはい、おはよー」


 面倒になって適当に返すヒスイ。

 まったく、どうしてこうも自分の周りには面倒くさい女ばかり集まってくるのだろう。と、朝からちょっと憂鬱な気分になるヒスイだった。


「お兄ちゃ...兄さん、今なんか失礼なこと考えてませんか?」


 うっかりお兄ちゃんと呼んでしまいそうになりながらも、ヒスイを睨んで圧をかけるヒナ。

 だがヒスイは気付いていた。ヒナの頬が、少し朱差していることに。


「そ、そんなことないよっ...おはよう、ヒナ...っ」


 こみ上げてくる笑いを必死に抑えながらなんとか否定するヒスイ。


「えー、ヒナちゃんって、家ではヒスイくんのこと、"お兄ちゃん"って呼んでるんだ。かわいー」


 と、これまで大人しくしていたルナトリアが横から口を挟む。

 恐らく本人にその自覚は無くただ純粋に可愛いと思っただけなのだろうが、ヒナにとってはクリティカルヒットだった。


「...いえ、これは、昔の癖が出てしまっただけで、別に普段から兄のことを"お兄ちゃん"と呼んでいるわけではないので勘違いしないでください」


 苦し紛れの言い訳と共に、より頬を紅潮させている。

 まるで殺してやると言わんばかりの怒りと、傷を抉られたことにより最高潮に達した恥辱が表情で、涙目になりながらヒスイを睨む。


「...なにニヤニヤ笑ってるんですか、兄さん。気持ち悪い」


 おっといけない、つい笑いを堪えきれなくなっていた。

 せめてもの反抗として嫌味を言ってくるが、それすらももはや可愛く見えてくる。


「痛ッ!なんで叩くんだよ」


 突然ヒスイの背中を思い切り叩いたヒナ。


「別に、なんとなくイラっとしただけです」


 そろそろやめないと本当に殺されそうだな。と己の身の危険を感じ取ったヒスイは、気を取り直して話題を変える。


「それで、ヒナはなんでここに?」


 教室が違ううえに人が少ないこの時間帯にわざわざ会いに来たってことは、なにか連絡があるのだろう。


「はぁ、全く兄さんは...用がないと会いに来てはいけないんですか?」


 ルナトリアと全く同じことを言ってくるヒナ。

 最初の挨拶のくだりといい、すぐ叩くところろいい、今の言葉といい、ルナトリアとヒナからは同じようなものを感じる。

 いうなれば性格ドッペルゲンガー、だろうか。


「いや、別にそういう訳じゃないけどさ...」

「………私が来ないと、お兄ちゃんがルナトリア様と二人きりになっちゃうじゃん…」

「...?なんか言った?」

「なんでもない!」


 そのままヒナは教室を出て行ってしまった。


「結局なんだったんだろう...」

「ヒスイくんは鈍感だねぇ~。ラブコメ主人公か何かかな?」

 終始ほぼ傍観ぼうかんを貫いていたルナトリアがニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべてそう呟く。

「ラブコメ...?なにそれ」

「ヒスイくんには一生わからないことだよ~」

 こいつ、やっぱなんか癪に障るな。

 だけど、こんな朝も悪くない。と、ほんの少しだけ思ってなくもないヒスイだった。

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