Episode 02「妹×笑顔=死」
入学式を終え、教室に戻ったヒスイは、隣の席のルナトリアと話していた。
「あ、そうだ、そのルナトリアさんっての、やめない?気軽に"ルナ"って呼んでよ」
「わかったよ、ルナトリアさn…」
ルナトリアさんと言いかけて睨まれるヒスイ。
「…よろしく、ルナ」
「よろしい。やればできるじゃん」
満足したように微笑むルナ。
その姿に、一瞬見惚れてしまうヒスイ。
その数秒、その気の緩みが、仇となった。
背後近づく邪悪な気配に、ヒスイは気が付くことができなかった。
「……兄さん?」
次の瞬間、ヒスイは自身の死を悟った。
覚悟を決めて振り返るとそこには、満面の笑みを浮かべ、体の前で手を組んで立っている妹、ヒナがいた。
口調は普段の家でのものとは異なり、敬語になっている(人前では基本的にこうだが、いつものそれよりもよそよそしさと軽蔑を感じる)。
口元は笑っているが、目は全然笑っていない。
端的に言えば、ブチギレている。
その怒りレベルはヒスイが過去に一度も見たことがないほど高まっていた。
つまり、お終いである。
「ヒ、ヒナ…?僕、何か気に障ることした…?」
心の中で神に全力で祈りを捧げながら、恐る恐る質問するヒスイ。
「何かした、ですか?そんなこともわからないなんて、兄さんは本当に最低な人ですね」
開始早々いきなり選択を誤るヒスイ。
「特別に教えてあげます。兄さん。まず一つ目。入学式が終わった後、時間があれば私のところにくる約束、してましたよね?」
(まっずい完っ全に忘れてた)
「しかも兄さん、入学式に遅刻したらしいじゃないですか。ならなおさら私のところに来るべきですよね」
「い、いや、ちょっといそがしくて…」
と言いながら横目にルナトリアを見るヒスイ。
「兄さんの都合なんて知りません。そして二つ目。やけに嬉しそうじゃないですかよかったですね可愛い女の子と知り合いになれて鼻の下伸ばしてニヤニヤして」
急に視線に軽蔑が籠り、同時に何かを誤魔化すように早口になるヒナ。
あぁ、これ、終わったわ。と、内心ヒスイが思っていると、
「お話し中ごめんね、妹ちゃん」
仕方ないな、と言いたそうな顔をしながら、ルナトリアが割って入ってきた。
「なんですかあなたは」
「私は、ルナトリア・アリスリーゼ。ヒスイくんは、私に話しかけられてあなたのところにいけなかったんだよ」
「アリスリーゼって、四大貴族の!?」
ルナトリアは気まずそうに眼を泳がせながら、肯定の意を示すようにゆっくりと頷いた。
すると、先ほどまでの態度から一変。ヒスイですら見たことがない程の凛とした佇まいになるヒナ。
「先ほどのご無礼、大変申し訳ありませんでした。ルナトリア皇女殿下であると気が付けなかった私の不覚、どうかお許しください。」
え、どゆこと?四大貴族ってなに?
「申し遅れました。
"ゴミ"の部分を強調するヒナ。
「そんなに畏まらないでいいよ。こっちが気まずいじゃん。あと皇女殿下って呼び方嫌いだから、ルナトリアでいいよ」
そんなヒナに対し軽く返すルナトリア。
「それで、ヒナちゃんってさ、ヒスイくんのこと、大好きなんだね」
「なっ…!!」
瞬間、急に頬を紅潮させ、顔を伏せてプルプルと肩を震わせるヒナ。
ルナトリアはなおも続ける。
「だって、私にヒスイくんを取られちゃうかもって、嫉妬して怒ってるんでしょ?」
さらに追い打ちをかけるルナトリア。
「っ…!今回は許してあげますけど、次はないですからねっ!!あと、お兄ちゃんのことは別に大好きなんかじゃない!!」
「お、おう…」
逃げるように教室から出ていくヒナを、ヒスイは呆然と眺める。
「ほんっとうにありがとう!!!」
次の瞬間、ヒスイはルナトリアの前で土下座をしていた。
「どう?少しは私のこと見直した?」
「はい、それはもちろん!この御恩は一生忘れません!!」
思わず敬語になるヒスイ。
ふと、先ほどの会話で気になったことを思い出し、ルナトリアに聴いてみることにした。
「そういえば、四大貴族ってなんですか?」
「知らないの?はぁ…あんまり自分の家のこと語るの好きじゃないんだけどなぁ…」
溜息をつきながらも説明を始めてくれるルナトリア。
「四大貴族っていうのは…」
四大貴族。それは、この国で最も高い権威を持つ四家の貴族の総称。
その昔、このルーヴェリア皇国が創られた時、初代
本来多胎児は忌み子と呼ばれる不吉の象徴。
だが天帝陛下は四人を忌避せず大切に育て上げた。
その結果、四人は成長してからそれぞれ多大な功績を残し、二つ名とともにそれぞれ"賢者"と呼ばれるようになった。
その功績を讃え、天帝陛下は四人にそれぞれ家名を与え、そしてこう言った。
「お前たち四人とその子孫には皇位継承権を与える。天帝が代替わりするたびに四家の中から新しい天帝を選ぶことで、互いに切磋琢磨しこの国を繫栄させよ」と。
こうしてルーヴェリア皇国は、四大貴族が互いに高めあうことで繫栄してきた。
「まぁ、皇女殿下っていっても、私は下っ端のほうだから、ほとんど関係ないんだけどね」
「へぇ~…って、僕の今までの態度、すごく失礼じゃなかった!?別の国では王族に無礼を働いたら即刻処刑なんてとこもあったけど…」
急に思い返して青ざめるヒスイ。
「そんなことしないよ…」
心外だ、という様子でルナトリアは否定する。
その後十数分間雑談に花を咲かせていると、教室の扉が開いてアスナ先生が戻ってきた。
「遅くなってごめんなさ~い」
心なしか先ほどに比べ気怠さが増しているような気がする。
「今から~、明日皆さんにやってもらうことを説明します~。はぁ~…」
溜息と共にそう呟くアスナ先生。
「皆さんには明日、学園等級試験を受けてもらいます~」
学園等…なんだって?
すると先程のルクスが、アスナ先生に向かって質問を投げる。
「先生、いくらなんでも早すぎませんか?」
「えぇ、例年なら~、入学してひと月位の時期に行われるんですが~、今年から来た新しい理事長が「生徒各々に合った教育を施すにはまず実力を知る必要があります」とか言いやがって~、急遽試験が決まったんですよ~。(ほんっと、現場の負担も知らないクセに…チッ)」
最後なんか小さく零していたが、聞いてはいけないやつな気がしたヒスイは、そっと考えることをやめた。
「なので~、皆さんにはいきなりで申し訳ないですけど~、試験受けてもらいま~
す。今日はもう寮に帰って~、明日の試験に備えてゆっくり休んでくださ~い」
そう言い残すと教室から出て行ってしまう先生。
あまりに唐突な報せに、動揺を隠しきれない生徒たち。
「入学二日目で試験なんて、いくらなんでも急すぎだよねルナ」
とりあえず隣にいたルナトリアに話しかけるヒスイ。
だが、ルナトリアはどこか暗い様子で俯いていた。
「えっ?あ、ごめん…どうしたの?」
四度目の呼びかけでやっと気が付いたルナトリア。
「どうしたのって、ルナこそどうしたの?そんな思いつめた顔して…」
「私そんな顔してた?多分気のせいだよ。ごめん、疲れたから私帰るね。また明日」
はぐらかすようにそう答えた後、足早に教室を出て行ってしまうルナトリア。
教室には、ヒスイの疑念だけが残された。
(ルナのことは気になるけれど、とりあえず僕も帰ろう…)
教室の喧騒を背に、ヒスイも帰路へとついた。
☨
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