第39話 明かされる過去
パーティー会場の端でアーサー、私の二人が対面している。
これから、ろくでもない過去が明かされるのは間違いないから、心を決める。
いつもやる心の落ち着け方、深呼吸二回をしてソフィーのことを考える。それだけで私は無敵になれる。儀式も終了したところで、真正面のアーサーとの会話が始まる。
「じゃあ、教えてアーサー。何から何まで、知っていること全部を」
「そうだね、まずは......ステラが普通じゃないのはノルンも感じてると思う。そして、異様に幼いということも、ああもちろん年齢が、じゃなくて精神がという意味で」
アーサーの言うように、最初から違和感はあった。いくらステラが小さいとはいえ少なく見積もって中学生ぐらいの年齢だろう。なのにあの幼稚な反応はいささか不思議だ。
「それは、正直感じてた」
「それで、ああこの話をするのはやっぱりつらいな」
アーサーが耐えきれないとばかりに椅子に腰かけ深くため息をつき、うつむく。
早くしろと急かすなんてできるわけがない。だってアーサーは真面目で、優しくて、いい人だ。きっと思い出すだけでも辛いし、今から私に説明することに心をひどく痛めているだろう。それがわかるから、あえて急かしたりはしない。
それに時間はたっぷりある、ゆっくり話したっていいだろう。
「ゆっくりでいいから、焦らないで」
「......ありがとう、よし最初から説明しよう」
「彼女はこの国の出身じゃなくてね、北方のルイナ帝国の出なんだ」
ルイナ帝国、ドルート=セルク二重帝国からみて北東に位置する国。圧倒的な国土と国民によってもたらされるマンパワーが驚異的だ。将来起こる戦争でも対峙し、とある戦線でこの国相手に大敗北を喫したことがこの国の敗北につながることになる。
そんな宿敵予定の国で、どんな目に合ってきたのだろうか。
「彼女は親がいなくて、施設にあずけられていたんだ。その当時は可愛らしく、普通の子供だった」
「転機が訪れたのは彼女が七歳になったころ、錬金術に興味を持った彼女が当時では考えられないほど強力な毒を作り出したんだ。何とか死者は出なかったがうっかり触れた同級生は今も通院中さ」
ステラの毒の才能は生来のものだった。ああ、そういうことか、なんとなく、この後の展開が見えた。きっとルイナ帝国がその才能に目を付けたのだろう。
若い才能が誰かのために利用され、消費される。シリアスな物語で耳に蛸ができるほど聞くような出来事。でもこれはフィクションではなくて、実際に起こったもの。想像するだけでは足りないほど嫌なことばかりだっただろう。
「まぁここからはわかるだろう?その圧倒的な才能に目を付けたルイナ帝国が彼女を有効活用しようとした」
「そこからは地獄の日々さ。確かに錬金術は好きだったんだろう、だが日が経つにつれ彼女も成長し、自分の好きが他人を傷つけるという事実に気づき、耐えられなくなる。その結果は、お察しさ。彼女は自己矛盾を起こして壊れた」
その結果が幼児退行というわけか。
なるほど、あれだけ幼い言動な理由もようやく得心がいった。
「壊れる直前はもっと酷かった。無理やりやる気を出させるために薬物に虐待、暴力、あらゆる方法で無理やり働かされたのさ。それらと幼児退行が混ざり合わさった結果、彼女の価値観はおかしくなってしまった。毒を作ることでしか褒められなかった彼女はそれを学習してしまったんだね」
話し終わったアーサーが「喉を潤すためにコーヒーを一杯用意したいから、少し席を外すね」といったのでついでに私の分の紅茶も頼んで私一人の時間が訪れた。
「さて、どうしたものかなぁ」
つまりは先ほどの事件にステラの非は一切ない。あえて言うなら才能だとして、どうするべきなんだろうか。
ここから暮らしていくうえでステラとの交流は避けられないものだろう。それに、なによりステラを放っておきたくない。傲慢な考えだが救ってあげたいのだ。
「ただいま、紅茶は入れたことなかったけど、ひどい味じゃないはずだよ」
アーサーがカップを二つ持って戻ってきた。
配られたカップの中身を除くと深紅の液体がたっぷり注がれて輝いている。匂いも、私好みだ。昔は紅茶なんて好きでもなかったけど、ソフィーと暮らすうちにいつの間にか好物になっていた。好きな相手に染められるってこういうことを言うのだろうな。
「ありがとう、いい感じ。それで、話を戻すんだけど、どうしてステラはここにやってきた、いややってこれたの?」
「彼女のいた実験場が戦争に巻き込まれたのさ。それで、たまたま生き残った彼女は回収されてここで研究をしている。ルイナ帝国にいた時と同じように」
「思うことはないの?」
「あるさ、国に対して思うことはあるし、なによりそれを受け入れている自分に腹が立つ」
アーサーやソフィーと話す度に思う、優しいというのは損だ。どうしようもないことでもこうやって悲しめてしまう、怒りを感じてしまう。
いつだって厳しい世界を生き抜くうえで、それは大きな荷物だ。後悔の方が多いだろう。
だが、それでも残り続ける優しさは人を動かすことができる。ちょうど今の私のように。
「だったらさ、変えようよ。この場所だけでも、ステラのいていい場所にしてあげるんだよ」
驚いた顔でアーサーが私を見る。きっと今まではそう思ったことのある人はいなかったのだろう。天才は、きっと感情に振り回されないから。
だから私がやるんだ。それに、普通の人である私が天才を救うなんて、最高の成長じゃないか。
「いいのかい、きっと、大変な道だと思うんだけど」
「うん、それにいい方法はもう思いついてるんだ」
ステラを救う方法、この場所にいていいと思う方法、それは......
「私たちがステラの親になればいいんだよ!」
「.......どういう、こと?」
ソフィーが心の底からわからないという表情をした。
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