第40話 温かい抱擁
「え、わからない?」
「あぁごめんなさい、ノルンがどうしてそういう発想に至ったのかはなんとなくわかるわよ。私たちが親代わりになって育ててあげようっていうんでしょ?そうしたら、悲惨な過去も思い出さずに成長できるかもしれないから」
あれだけ理解不能だとでも言いたげな顔をしていたくせにソフィーは完璧といえるぐらい私の意図を理解していた。
まぁ私とソフィーの間なんだから、一心同体で当たり前だよね!さすがに私もソフィーがいなかったらこの案は実行しようなんて思わないし!両親役をできるぐらい仲のいい人なんてソフィーしかいないもん。
「やっぱりわかってるじゃんソフィーも!ね、いい案でしょ!」
「あのねぇ、あの子は!あなたを毒で殺そうとした挙句、反省も一切してなかったのよ!?いくら子供の情緒だからってそれぐらいわかることでしょう!」
それを言われるとどうも弱い。事実以外の何物でもない。
ソフィーの言うことは正しい。普通ならかかわらないようにするのが正解だ。
だがそれでも、あれだけ小さい子がそうなってしまった事実が私には悲しくて、とても耐えられない。アーサーと話したこともあって、より一層そういう気分になった。
「それでも、私はやりたいの。ねぇソフィー、お願い」
まっすぐに見つめる。これ以上の言葉はいらない、私の態度、言葉、この全てが覚悟を示しているし、ソフィーにはそれが伝わる。
それにソフィーがここまで怒っているのは被害を受けた当の本人が私だからだ、きっとほかの人だったらなんだかんだ言いつつ手伝ってくれただろう。だから私がこれだけ真剣ならきっと折れてくれる。
数十秒が経つ。ソフィーがあきらめて大きく息を吐く。
「ああもうわかったわよ!やるわよ!やればいいんでしょう!」
「やったー!!ありがとうソフィー!大好きだよー!」
歓喜のあまり抱き着くと、ソフィーが抱き返す。
「もう!ほんっと、ノルンはずるいわよ......」
キスを交わす。やわらかい唇の感触に脳みそがとろけそうな快感を感じる。
一分、二分、肺活量が増えた分キスの時間が長くなる、がさすがに五分もしていると息が足りなくなりそうになり離れる。
そしてまたキスをする。
「ぷはっ、ノルン、貴女の言うことをする意味は分かっているわよね」
「うん、二人の時間が取れなくなるのは、ちょっと寂しいよ」
「わかってるならいいわ、だから、その......今日の夜は期待してるから」
「と、いうわけでステラちゃんには今日から私たちと一緒に暮らしてもらいます!」
「提案を受け入れた側が言うのもなんだけど、本当に大丈夫かい?」
ステラちゃん、アーサー、私、ソフィー、あとマーガレットが私たちの部屋に集まっている。
アーサーはとりあえず見に来ただけだろうけど、マーガレットが来たのは意外だ。まぁマーガレットも心の底では気になっていたのだろう。
エルともう一人の寮生、メイベルは来ていなかった。
「全然おっけー!ね、ソフィー!」
「まぁ、そうね。大丈夫でしょう」
これからステラちゃんが一緒にいる関係上二人の時間が減るが、その分昨日たっぷり味わったのでソフィーは少し機嫌を取り戻している。
「聞いてたと思うけど、これからは私たちがステラちゃんの親代わりになるから!たっぷり甘えてもいいんだよー!」
ばっと腕を広げて誘ったが、意外なことにステラは乗ってこなかった。
不思議そうにしていると、ぼそぼそと話し始める。その言葉は、とても悲しい声色で、人の心を奥底から打つようなものだった。
「嬉しい、けど私お母さんもお父さんもいなかったから甘え方、わからない......どうしたらいい?」
そうだ、この子にはそこから教えてあげなきゃいけないんだ。
ソフィーにアイコンタクトを送り、一緒にステラを抱きしめてあげる。
「いいんだよ、それでも。これからたっくさん学んでいくんだから。まずは一つ教えてあげるね。辛いとき、嬉しいとき、感情があふれそうなときはこうやって抱きしめあうの。そしたら一人よりずっと幸せになれるんだから」
「本当?」
「うん本当、ほらステラちゃんも抱きしめてみて。きっとわかるよ」
ステラはおずおずと抱きしめ返す。
私の背中に小さくて暖かい手の感触を感じる。私の背中をつかむ力はとても軽くて、今にも消え去ってしまうのではないかと錯覚しそうになる。
だから愛を注いで、その重さでこの世界にとどまっていられるようにしてあげたい。
数分間抱きしめあうと、なれないことに心が疲れたのかステラが眠そうな顔をしていた。
「眠たい?」
「全然眠たく、ない、よ。だからもっと」
「眠ってる時も抱きしめてあげるから、ベッドに行こう?」
「それだった、ら、行く......」
ステラがベッドに寝転ぶと私たちも挟み込むようにベッドに横になる。
数分もするとすぅすぅとかわいい寝息が聞こえてきた。ステラに集中して忘れていたマーガレットが私に近づいて小瓶を渡してきた。
「これは?」
「こっちのは記憶を消す薬、こっちはステラの毒の効果を抑える薬よ。こっちの抑制剤はあんたたち二人で毎日飲みなさい。いつかは抗体ができると思うわ。それと、記憶の方はもし思い出してしまった時に飲ませなさい」
心配だったのだろう、こんな薬まで用意して。
横を向いているがその顔は赤らんでいる。
「ありがとう、マーガレット」
「ふん、私の研究にちょうど良かったのよ。もう帰るから、電気は消しといてあげるわ」
そうツンデレな態度で返し、マーガレットが部屋の電気を消す。
今私に見えるのは近くにいるステラとソフィーだけ。三人だけの世界だ。
「まぁ、せいぜい頑張りなさい」
そう言い残すと今度は本当に去っていった。
「優しいね、マーガレット」
「そうね。ほら、ノルンも寝るわよ」
私たちも数分も立たずにして、眠りについた。
その日見た夢はもう覚えていないけど、起きた時なぜか心はぽかぽかしていた。
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