第20話 襲撃、そして疲労

 目をつぶって数秒経つ。背中に何の衝撃も来ない。

 恐る恐る目を開けてみると、目の前には首から上が無くなったゴブリンの死体があった。下手人はソフィーで、その目は怒りと焦りで染まっている。


「ひっ」


 あまりの恐怖映像に腰が抜けて地面に腰を打つ。

 

 今のを、ソフィーがやったのだ。

 

 血にまみれた姿でなければ、ソフィーがそんなことをしたなんて誰も想像できないに違いない。私だって私の眼の方を疑っている。

 私が動けずにいると、ソフィーは剣の血をぬぐって私に手を差し出した。


「ノルン、大丈夫?」


 その手は真っ赤な血で染まっているけど、ソフィーは何とも思っていないようで、血にまみれている以外はいつもの姿だ。


 怖い。


 自分の半身だったはずのソフィーを遠くに感じる。

 助けてもらったのだから、感謝こそすれ怖がることはないはずなのに。

 私の身体はぶるぶると震えていた。


「ソフィーあ、ありがとわっ!」


「よかった......!」


 私の身体をソフィーが強く抱きしめる。少し痛いぐらいの力で。

 私はおかしくなったのだろうか。震える体はソフィーが原因なのに、抱きしめられた瞬間体の震えが収まっていく。

 私の服にソフィーの涙が落ちた。


「よかった......!ノルン、あなたを、失ってしまうところだった......!」


「私も、ソフィーを守れてよかった、よ」


 しばらくの間抱きしめあう。私の震えが完全に止まったのを確認して、ソフィーが名残惜しそうに離れる。

 ソフィーがくれる温かさが無くなって、私も少し寂しく感じた。

 

 「今日は、もう帰りましょう。こんなに汚れてしまったし、ノルンももう限界みたいだから」


「うん......私もそうしたいかな、なんだか、今日は疲れ」


 目の前がぐわんと揺れる。

 立っていたいのに足元がしっかりとしない。

 目の前に大地が立っている、いや違う。私が倒れてるんだ。

 遅れて鋭い痛みがやってくる。アドレナリンが切れたのかもしれない、足をくじいていたし不思議なことじゃない。


「ノルン!?ノルン!?」


 ソフィーの声が聞こえる。わたしを心配している声だ。

 

「しっかりして!ノルン!?聞こえてるなら何か反応をして!」


 ああ、私のことそんなに心配してくれて、嬉しいなぁ。

 大丈夫だよ、私は大丈夫だから。

 意識が朦朧とする中、ゆっくりとソフィーの頬に手を添える。


「だいじょう、ぶだよ。ちょっと疲れただけ、だから。」


「本当に疲れただけなのよね!?大丈夫なのよね!」


 ソフィーが大泣きしている。

 だめだよ、きれいな顔が台無しになっちゃうじゃん。

 

「今日もありがとうね、ソフィー」


「もうしゃべらないで!私が運ぶからじっとしていなさい!」


 ソフィーが私のことを抱える。

 もう半分意識はないようなものだけど感じる、ソフィーのぬくもりを。これ、大好き。

 

「ソフィー、大好きだよ」


「嬉しいのだけれど!今だけは大人しくして頂戴!」


 もっとソフィーのことをほめてあげたかったけど、そんなに言われたら仕方ないなぁ。

 これ以上は意識が持たないみたいで、目の前が真っ暗になる。

 真っ暗な世界だけど、温かいソフィーの背中の感触が、ぬくもりが最後まで残っていた。

 きっと死ぬときも、こんな感じなんだと思う。

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