第21話 暗闇で目覚める
風邪上がりのようなけだるさで目が覚める。
じっとりと汗で張り付く服の気持ち悪さが、不快な目覚めを押し付けている。今は、何時だろうか。
起き上がり周りを見渡しても、何もない。暗闇だけがそこにある。あそこで倒れて、今の今までずぅっと眠っていたのだ。
「ソフィー?どこ?」
呼びかけても返事はない。
二度三度繰り返しても音の反響すら返ってこない。私は一体どこにいるのだろうか。もしや地獄にでも落ちてしまったのだろうか。いや、それはない。私の身体を支える地面の柔らかさは、間違いなくソフィーの家のベッドだ。だったら、なぜソフィーがいない?
もしかして、大丈夫大丈夫と虚勢を張る中の、ソフィーへの怯えに気づかれたのだろうか。それでソフィーが傷ついて、私の下を去ろうという決意を固めてしまったのではないか。
あり得ることだ。ソフィーは優しいのだから、私を傷つけないがために遠ざかることだって、考え着くだろう。
この時の私は、冷静になれば気づくであろうソフィーが出かけているかもしれないということすら気づいていなかった。
「ソフィー、どこなの?返事をして!」
あり得ることで、覚悟はしていたというのに、恐怖と不安を混ぜて出来上がった液体が私の心の器からこぼれ出て、涙に変わる。
ソフィーがいない、それは、あの温かさも、二度と味わえないと同義で。
それを認識してしまうと、まるでこの世界が極寒にさらされているかのように体の熱が消えていく。
「ソフィー、いやだよ。一緒にいてよ」
呼びかけても、何の反応もないというのに、あきらめきれずにいる。
呼びかけ続けていたら、奥の方で何かが動くのが見えた。ソフィー、そこにいるの。
ベッドからずり落ちて、這いながら動いたものの方へ向かう。一歩、二歩、進む度期待に反比例して不安が増していく。
本当に何かが動いていたのだろうか、私の見た幻覚ではないのだろうか。まだ何も決まっていないのに、私の心が奈落へと落ちていく。
ようやく何かが見えたところにたどり着いた。必死に近くにあるものすべてに触れる。たとえ怪我したってかまわない。あの暖かさに触れたいの!
だが私の希望を裏切るように、何もそれらしきものがない。
「ううぅぅぅうぅ......ソフィー、わたしのことすてちゃったの......?」
涙があふれて止まらない。あれだけソフィーのために離れなきゃいけないなんて言っていたくせに、この様だ。余計に涙が出てくる。こんな女だからソフィーにも、見捨てられるんだ。
暗く深い部屋の中で、私はすすり泣いていた。
突如、ドアが開く音がしたと思うと、世界に光が差す。
その正体は、開いた扉から手を差し伸べる、月の光だった。
「ノルン、泣いてるの?」
ソフィーだ、ソフィーがいる。幻じゃないよね、本物だよね。
ふらふらと立ち上がってソフィーの身体に触れる。間違いない、ソフィーだ。
「よかった......!」
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
ソフィーが慌てているけど、無視してぎゅっと抱きしめる。今は、この暖かさがただ欲しい。私の様子を見かねてか、ソフィーも私のことをぎゅっと抱きしめて、二人の間に光すらなくなる。
「はぁ、仕方ないわね。何があったの?」
「ぐすん、うん。実は......」
私は事情を話した。
目覚めた時にソフィーがいなくて怖かったこと、ソフィーに捨てられたのかと思ったこと。全部を包み隠さずに。
ソフィーは何も言わず私の言うことを聞いてくれる。時々、うんうんとうなずいて、私が話し終わるまでずっと抱きしめていてくれた。
「ノルン、何度でも言うわ。貴女は私の半身よ、絶対に離さないって言ったじゃない。私があなたと離れるなんて、あり得ないんだから」
「ほんとだよね......しんじてもいいよね......?」
「今から証明してみせるわ」
ソフィーが私の顎を支えて、真正面から見つめあう。月の逆光で少し顔が隠れているけど、一切の恐怖を感じない。だって目の前の人はソフィーだから。
ソフィーの顔が近づいてくる。心臓が早鐘をついて、痛いぐらいだ。
私が何も言わず、目をつぶった刹那、唇に柔らかい感触と、甘い味を感じた。
初めてのキス、しかも大好きで、大好きだからこそあきらめようと思っていた人と。
一度息を吸いなおして、もう一度唇を重ね合う。今度は自然と舌を絡めあった。ソフィーの口の中を感じる。私はなんだかよくわからないが、気持ちいいというのだけが今の私に残るすべてだった。
ソフィーがそのまま前へとつんのめって、私の身体をベッドへと押し付ける。
「ノルン......いい?」
心臓が痛いほどなっているというのに、目の前にいるソフィー以外のすべてを感じない。
月夜に照らされて、ソフィーの顔がはっきりと見える。愛と欲に染められていて、いつもの余裕なんてなかった。多分私も同じ顔。
「うん、ソフィー......いっぱい愛して......」
その日は、とても長い夜だった。
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