第4話 さらなる高みを目指して!

 燃え盛るロシュフォール家の屋敷前に無造作に転がる死体の山。


 「ついにやったぞ! 憎きロシュフォールを討伐した!」


 死屍累々の状況で、革命軍のリーダー、黒髪の精強な男が勝鬨をあげる。


 「この首を持って民衆に知らせろ、新しい我らの時代の幕開けだ!」


 両腕をあげた黒髪の男は顔中傷だらけで左目は潰れて眼帯をしていた。


 彼の手にはギヨームお父様とソフィーお母様の首が掲げられる。血涙を流す両親の表情からは、どれほどむごたらしい目にあったのか想像もつかない。


「いやぁぁぁ、お父様ぁ、お母様ぁ!」


 両親を殺した男が、わたしの体を地面に転がして足で押さえつける。


「次は貴様だヴィオレッド。この醜い豚が。俺達平民が苦しんでいるというのに、よくもここまでぶくぶくと太りやがって!」


「放してくださいましぃぃぃ!」


「ブヒブヒうるせぇ! お前はただじゃ殺さない。大衆の面前で犯して、最後は野ざらしにしてやる! 俺の妹と母さんがそうされたようにな!」


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!」



 ◇


 「嫌ぁぁぁぁぁぁぁですわ!」


 目を覚ますと、ベッドの天蓋がうつる。また、悪夢で目覚めてしまった。


 「はあ、はあ、なんでや!」


 前世の記憶を取り戻して以来、時々ゲームのワンシーンを夢で見る。

 なんなの、世界はわたしをストレスで殺すきなの? 


 ドキン、ドキンと鳴りやまない心臓の動悸が収まるのを待つ。ベッドのシーツに触れれば、悪寒で噴出した汗でしっとりと生暖かい。


「もうこんな夢見たくないっ」


 どれだけ運命から逃れようと努力しても、未来というシナリオはいつだってわたくしをおいかけてくるのだ!


 これじゃあだめだ。もっと強くならくちゃ全然安心できない。

 そのためならわたくしはなんだってやりますわー!


 ◇



 精霊魔術の鍛錬がスタートして3か月が過ぎた。

 あれだけ積もっていた雪は建物や樹木の影に残雪があるのみで、ほとんどが溶けかかっている。


 この日も、わたしは焼け焦げた雑木林で特訓をしていた。 


 ≪精霊さん、姿をお見せになって≫


 祈ると精霊が次々と集合する。

 ウィン先生が感嘆するようにこぼす。


「相変わらず、すさまじい精霊の数ですね、貴女をみていると自信を失いそうです」


「……まだまだですわ。精霊を呼び出せても使いこなせなければ意味がありませんもの」


「そうですね。でも、今日はそろそろ終わりにしましょうか。空も暗くなってきましたし」


「……もう少しお願いします。まだ続けますわ」


「そんなに焦らなくてもゆっくり覚えればいいのでは?」


「時間がないのですわ。悠長にしてる暇はありませんの」


 あの悪夢から逃れるために、一刻も早く強くなりたい。

 そのためにいますぐにでも精霊魔術をマスターしなくちゃ。


「時間が足りないですか」


「ええ、一刻もはやく強くなりたい、いや、ならなきゃいけないんですっ!」


「……前から気になっていました。一体なにがあなたをそこまで駆り立てるのですか?」


「守りたいもの(わたしの処女!)があるからですわ!」


「……守りたい者」


 ウィン先生がなにやらぶつくさと神妙な面持ちでつぶやいている。


「先生、こうなったらわたし、最終手段をとりますわ。できれば、絶対にやりたくなかったんですけど」


「……なにをするつもりですか?」


 それは口に出すのも躊躇われるおぞましい修行だ。

 ゲームの主人公が精霊魔術の極致にいたるためにやっていたイベント。


 


 ———100日間の断食瞑想!



 ◇


 自然界の魔力を自由自在に操るには、深い瞑想に入り精神を自然と一体化する必要がある。100日間飲まず食わずで精神統一をして、それを成す。最後までやりきってやりますわ! ぐう。


「うっ」


 苦痛を訴える胃が、秋の鈴虫のように延々と鳴り続ける。

 もう、断食開始から3日目。


 本当に100日も耐えられるのか不安だ。ゲームの設定だと、ある瞬間から自然魔力を経口摂取できるようになり、喉も乾かずお腹も減らないってあったけど本当かな? 


「お願いだ、ヴィオレッドちゃん。一口でいいから食べてくれ」


「このままじゃ死んじゃうわ」


「い、嫌ですわ!」


 雑木林の修練場で座禅を組んでいると、ずるずると号泣するお父様とお母様が豪勢な料理を盛ったお皿を差しだしてくる。


「ほら、俺がわざわざ畜産農家から取り寄せた最高の肉だよ? 美味しいよ?」


 農家直送の最高級のお肉!

 香ばしいジューシーな匂い。皿の底には肉汁がたっぷりと滴っている。

 はあ、はあ、素晴らしい焼き加減。肉汁でいいから、一口啜りたい!


「こっちのデザートは有名パティシエを呼んで作らせたケーキよ!」


 有名パティシエのケーキ!

 純白のふわっとしたやわらかそうなクリームが魅了をかけてくる。

 ひい、ひい、蠱惑的ななめらかさ。ちょっと顔をうずめるくらいならいいかな?


 「って駄目ですわーーーーー!」


 あぶない、危なすぎる!

 ここで負けたら最悪な未来が待っているんですもの。絶対に負けるもんですか。

 あまりに無神経な両親にプチンときてしまう。


「お父様、お母様! そんなものは要りませんわ。ひっこんでいてくださいまし!」


「だ、だがな」


「このままじゃ、ヴィオレッドちゃんが」


「うっさいっですわ! 取り寄せた最高級のお肉ぅ? 凄腕のパティシエだぁ~ぁ? そんなことにお金を使うぐらいなら、もっとするべきことがあるんじゃありませんの!?」


「「!?」」


「いま、この瞬間も貧困で苦しむ人達がいるのです! すこしは我が身を鑑みて生活態度を改めてくださいまし!」


 ふう、つい感情に任せて叫んでしまったぜえ。

 でも、しょうがないよね。こっちが苦しんでるのに贅沢なごはんを自分達だけがたべてるんだもん。あ~あ、この修行が終わったら絶対に贅沢なごはんをいっぱいたべてやるんですから。



 ◇ sideギヨーム


 修練場から追い出された俺は妻のソフィーとともにで屋敷へと戻ってきた。目元に影を落とす妻を見て、俺の気分も沈んでいく。


 100日間も絶食するなんて、娘は正気を失っている。それを10歳の子供がやろうだなんて…理解できない。いや、心当たりなら一つあるか。


「これは、俺達に対する抗議なのかもしれない」


「……そうですわね」


 ソフィーが苦しそうにうなずく。


「ねえ貴方。まえにあの子がいったことを覚えてらっしゃる?」


「ああ、汚職のことだな」


「それだけじゃないわ。貴族の心得についても熱く語っていたことがあったわ」


 ついさっきも、ヴィオレッドにお金の使い道で責められたばかりだ。



「この瞬間も貧困で苦しむ人達がいるか……」


 あの発言、あの表情。あれらは本気で怒りを抱いている者の態度であった。上辺ではなく、高潔な娘は本気で民を憂いている。


 「もう俺達の汚職はバレているようだな」


 「そうね。間違いなく」


 昨今のヴェルサイム王国の情勢は非常に不安定だ。原因は隣国の超大国ハイルベルン帝国の存在。帝国の支配の手は長い。数年前からヴェルサイム王国の内部に忍び込んで、実効支配を目論んでいる。


 集めた情報によれば王国貴族の少なくない人数が帝国に内通している。いずれ王国侵攻が起きた時に強い側に回ろうという魂胆だ。そして、ロシュフォール家は帝国と領土が隣接する土地柄、戦争になれば王国内の貴族と、敵国の貴族に挟まれる。


 「滅亡を避けるなら王国を裏切ってでも勝馬に乗るしかないんだ」


 俺が領地経営を引き継いだのは父上が亡くなった、今から数か月前の頃だ。

 父上は、言葉を選ばずに言えば王国貴族らしい人だった。

 民が野垂れ死のうと我関せずで、保身と贅沢をすることだけを考えている人物。

 

 お世辞にも人格者とは言えない。

 そんな父上から引き継いだ領土の政策は杜撰の一言。


 父上は帝国と内通しており、いまさら俺が裏切るようなら、完全に帝国を敵に回してしまう。破滅を回避するには戦争に備えて軍事費を接収し、帝国陣営との協力関係を築くための賄賂も大量に必要。


「帝国は属国には厳しい態度をとると聞くわ。もし、帝国に飲み込まれたら王国民は奴隷のように扱われるでしょうね」


「あの子は、それをさせないと言いたいのだな。100日間の絶食も、俺達への抗議を含めた意思表示か。 この一年の間であの子は人が変わったように随分と賢くなった。あり得なくはない話だ」


「間違いなくそうでしょうね。私はあの子の母親。考えが全てわかりますのよ?」

 


 母性を感じさせる温かさでソフィーが微笑む。

 ふっ、たよりになる女だ。


 そこへ、精霊魔術の講師を任せているウィン・ベッカーが部屋に入ってきた。


「ヴィオレッドからの伝言です。修行が終わるまで、今後一切雑木林にある修練場には近づくなと。修行が終わるまで屋敷に帰る気もないようです」


「……そうか」


「ねえ、ウィン先生。娘はなにか言ってなかったかしら?」


「なにかというと?」


「たとえば……どうして強くなりたいのかとか、ロシュフォール家についてとか」


「ふむ」


 顎に手を添えて、緑のおさげ髪をしたウィンが考え込む。


「気になることはあります。ヴィオレッド様は、うわごとのように『このままでは未来が~』『革命が起きてしまったら~』などと呟いてますね」


「未来」


「革命」


「それに、修行を決意した時に言ってました。どうしても守りたい者がいると」


「「守りたい者」」


 間違いなくそれはロシュフォールの領民、いや器のデカイあの子のことだ、全王国民を守るつもりか。


 くっ、なんて高潔な娘なのだろう!

 彼女こそ、まさしく清廉潔白な真の貴族。

 ウィン先生が力強い瞳で俺を見つめながら口をひらく。


「部外者の私には分かりませんが、あれほどの精霊を呼び出せる者に、汚れた精神は宿らない」


「……そうか」


 娘を褒められて思わず口角があがる。妻も嬉しそうに微笑んでいる。

 正直、王国の情勢を覆すのは厳しい。それこそ、おとぎ話にでてくるような英傑達の力が必要だ。それも、数年以内に。そんな都合の良い話があるわけがない。だから、王国派閥につくのは自殺に等しい愚行だ。


 ———だが


「子供の進む道を信じるのも親の務めか」


「……そうね」


「勝ち目の薄い賭けではあるがな」


 すべてを決断するのはこの修行が終わってからでも遅くはない。

 たとえどんな結末になろうとも俺は娘を守ってみせる。



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