第3話 試合終了の笛がなるまで、全力で!

 いやー、ちょっと楽しくなって魔術をぶっ放したら雑木林が半分以上が焼け焦げちゃった☆

 

 周囲一帯の雪はとけてもうもうと白い湯気が上がっている。

 爆風の熱波でわたしの魅惑のぷにぷにボディーも焼かれかけたけど、ウィン先生の防御魔術でなんとか生き延びることができました。イヤ、マジ、がちで反省中。


 そのせいで、彼女の綺麗な緑のおさげ髪がチリチリと焦げてしまった。


 「ごごご、ごめんなさぁぁぁぃ! 毎日お手入れ手伝うから許して!?」

 「髪のことはいいんです。また生えますから……あの、これでパンツ一丁の件は帳消しでお願いします」


 なにを言ってるんだこの人?


「それよりもヴィオレッドっ、あなたは天才ですか!? これほどの精霊魔術は私にも不可能です!」

「あわわわ!」


 両肩を掴んでくるウィン先生の力が強すぎて痛いんですけど。すすで服が汚れたのも気にもせずに彼女が抱きついてくる。はあ、やっぱり先生いい匂い。興奮して真っ赤に火照る顔がお可愛らしい。


「私達の出会いは運命です! これから精霊魔術を極めていきましょう、貴方なら絶対に強くなれますよ!」

「はいですわ!」


 これは最強のモブへの第一歩。もちろん、ここで油断して手を抜いたりするほど、甘くありませんよ? わたしはカカオ50%のチョコも食べられるビターな女なのだ。


 それに、前世で所属していた我がバレー部のモットーは『試合終了の笛がなるまで、全力で!』


 やたらと熱血系だった顧問の先生と部長のカヨちゃん、見てますか!

 貴方達の教えと根性は異世界でもわたしの魂に刻まれてますよ!

 ちなみに、我がバレー部は全国常連の強豪校だったのだ。

 そして、わたしは3年目でギリギリ、ベンチメンバーになれた努力の出来るナイスガール。

 

 さあ、もっともっと努力して強くならなくちゃ!



 ◇


 「俺のヴィオレッドちゃんはいつもかわいいでしゅね~」

 「……はぁいですわぁ」


 ギヨームお父様が櫛でわたしの髪を梳きながら甘ったるい声をだす。

 修行の後はいつもこうして膝の上に座らされる。

 子供とはいえ、こんな太っちょを乗せて重くないんだろうか?

 ちらりと振り返りギヨームお父様のお顔を拝見すると、目を細めて屈託のない笑みを浮かべていた。


「どうしたんだい?」

「……なんでもありませんわ」


 そのゆるんだ表情だけで愛されていると実感する。


「オーッホッホ! 可愛いのに魔術も天才なんてウチの娘は満天の星よりも輝いておりますわー!」


 ミュージカルの看板女優みたいな動きで、ソフィーお母様が扇をピンっと斜め上に掲げる。


「先祖代々の雑木林でしたけど、ヴィオレッドちゃんに焼かれたなら、ご祖先も草葉の陰で喜んでおりますわ!」

「うんうん、その通りだとも! しかし、女の子ならこれ以上強くなる必要はないだろう?」

「お肌に傷がついたら大変ですものね」


 隙あらば修行をやめさせようとしてくる二人。

 すると、緑のおさげ髪の師匠、ウィン先生が眉を吊り上げて二人に注意した。


「なにをおっしゃるのですか。お二人は娘に甘すぎます!」


 おおー、やっとまともなことを言ってくる大人がここに。


「たしかに、ヴィオレッドはぷにぷに可愛くて天才なのは確定です」


 いや、確定なんかーい。


「で・す・が! いくら才気にあふれていても、真剣に修行に取り組まなければ凡庸な魔術師どまりです。私は弟子にそんな道を歩ませるつもりはありません。ヴィオレッドは歴史に名を残す大魔術師になるのですから!」


 いや、なりませんからね!?

 私はあくまでモブとして、この世界を生きるつもりですよ。


「ふっふっふ、この子についていけば精霊魔術の研究も捗り、お給料も貰える。私は一生安泰。絶対に終身雇用契約を勝ち取ります!」


 ぐっと拳を握り、輝く瞳で天井を眺めるウィン先生。

 心の声がだだ漏れてるー。

 うさんくさい眼差しでウィンクしてくる彼女に、わたしの周りには駄目な大人しかいないと悟った。

 

「お父様、お母様! 修行は絶対にやめませんわ。たとえ。大怪我を負ってでも完遂する所存ですの!」

「んー、貴族の女の子はお菓子とお茶を優雅に嗜んでいればいいんだぞ」

「平民とは違うのよ。頑張らなくても全部人に任せればいいの。大貴族の跡継ぎと結婚して一生愛されるのが女の幸せよぉ!」


 そんな選民思想だからヴィオレッドが凌辱エンドになるんでしょうが!


 「ねえ、お父様、お母様。まさか汚職なんてやってないよね?」

 「お、汚職だなんて、まさかそんことはしてないじょ!」

 「そ、そうよ! にゃにを言いだすのかにゃん!」


 いや汚職に過剰反応しすぎ。自白してるようなもんじゃん。クーデターを起こされたら、貴方達の可愛い娘が悲惨な最後を迎えるんだよ?

 

 カチンときたわたしは、貴族の心得的なの(ラノベ知識)をこんこんと語り、娘に叱られて根をあげた二人はしぶしぶ精霊魔術の修行の継続を認めてくれた。



 ◇


 「最近のヴィオレッドちゃんには困ったものだな」


 ライトブラウンヘアの男、ギヨームは大きな溜息をついた。

 引き締まった肉体からは力が抜けて、だるそうにソファーに腰を沈める。

 桃色縦ロールの美女、ソフィーも旦那の隣に落ち着かせて物憂げにつぶやく。


 「急に魔術の修行だなんて……」


 二人の共通認識には、いつもボロボロになるまで訓練する娘への心配と不安があった。きっかけも不明で、ヴィオレッドは異常なほど魔術に執着している。


 「怪我をして欲しくないですわ」

 「さきほどの訓練ではあやうく死にかけたらしい。本当に心配だよ」


 ヴィオレッドは二人にとって初めての子供だ。

 ソフィーは体質のせいか、中々子宝に恵まれなかった。跡継ぎのために側室か養子を迎えるか迫られたギヨームは、愛するソフィーのためにその選択は取らなかった。ソフィーが23歳の時、ヴィオレッドの妊娠が発覚した。


 二人は神に感謝し、我が子の誕生を喜んだ。そして、決意した。どんな卑怯な手段を用いても娘を守るのだと。


「汚職か……痛いところをつかれたよ」

「……子供のいうことですもの。きっと意味なんて理解しておりませんわ」

「そう、だといいのだがな」


 不安と罪悪感の入り混じった溜息が部屋を満たす。


 波乱の時が近づいている。






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