第17話
ギルドから連絡をもらった翌日、俺はリゼリア・フィンデルの工房へ向かった。事前に伝えられていた《幻光草》は腰袋に入れてある。
扉の前に立ち、少しだけ胸がざわつく。どんな人物なんだろうか。本当に契約してもらえるんだろうか。
工房の重厚な扉を開けると、ツンと鼻を刺す薬草の匂いと、金属を熱する独特な匂いが混じり合う。部屋の中は、奇妙なガラス瓶や、見たこともない錬金術の素材が所狭しと並べられていた。
その光景に圧倒されながらも、奥にいる人物に声をかける。
「こんにちは、リゼリア様。連絡をいただいたユリウスです」
奥にいたのは、黒いローブに身を包んだ若い女性だった。彼女は作業台から顔を上げ、俺を一瞥すると、少しだけ目を見開いた。
「こんにちは。お待ちしていました、どうぞ中へ」
とても気のいい感じの挨拶が返ってきて俺はほっとした。
「そうだ、頼まれていた《幻光草》です」
俺が《幻光草》を差し出すと、彼女の目が一気にキラキラと輝いた。
「ふぁぁぁぁ!!これです!魔力が乱れてない!完璧な状態です!!……あ、どうぞ座ってください。ってあぁ、座ってる場合じゃない! どうしたらこんな風に採取できるんですか!?」
彼女はそう叫びながら、俺の手に持たれた《幻光草》を、まるで宝石を見るかのように目を輝かせた。
「え、えっと……どうしたらといわれても……」
俺は思わず一歩後ずさった。初対面でいきなりこんなハイテンションな人に会うとは……。
「見せてよ、ユリウス! 実際に採っているところを! お願い!」
彼女の視線は完全に《幻光草》に釘付けになっている。
「今からですか……?」
「そう、今からです!」
「《幻光草》は森にしか生えてませんが……」
俺が戸惑いながら尋ねると、彼女は当たり前だと言わんばかりに頷いた。
「えぇ、森に行きましょう! 今すぐ!」
押し切られる形で、俺たちは工房の裏手から繋がる森へ向かった。木漏れ日と鳥の声に包まれ、少し落ち着く。俺は深呼吸し、森の空気を肺いっぱいに吸い込む。
――《魔力探知》――
声には出さず、意識だけを魔力に向ける。周囲の木々一本一本、草一本一本の魔力を視覚化する。幻光草特有の輝きが、視界に浮かんだ。
(……見つけた。《幻光草》)
「行きましょう、あっちです」
俺はリゼリアに軽く手で示すと、彼女は目を丸くしてついてくる。
「えぇぇ!? なんでわかるの!?」
「……まあ、俺にも色々あって」
俺は小さく笑いながらも、慎重に進む。足元の苔や小石を踏まないように気を配り、リゼリアが転ばないようにチラチラと視線を送る。
彼女は後ろを振り返りながら、時折歓声に近い声を漏らす。
次に《魔力干渉制御》を使い、魔力の乱れを最小限に抑えつつ、そっと抜き取る。
俺の動作をじっと見つめるリゼリアは、息を飲み、瞳を輝かせた。
「うわぁ……すごい……見て、この乱れがない感じ!?天才じゃないか、ユリウス!」
「いやいや、天才とかじゃなくて……ただ魔力を乱さないように抜くだけですよ」
リゼリアは俺のほうに近づき、手元を覗き込みながら身を乗り出す。
「いやいやいや、そんな簡単そうに言われても、私には全然わからないよ! 見せて、もう一回、お願い!」
リゼリアはテンションが高くなりすぎて、まだ生えている幻光草に手を伸ばしそうになる。
「ちょ、勝手に摘むな!」
「くっ、だって可愛いじゃないか、葉っぱも光ってるし……!」
俺は深いため息をつきつつもう一度採集するところを見せる。
深呼吸、魔力干渉制御で魔力の乱れを抑え、慎重に抜き取る――。
リゼリアは目を見開き、時折小さく声を漏らす。
「もう……どうしてこんなことができるの、ユリウス! 何者!? 超能力者!?」
「いえ、俺は――」
無詠唱スキルを使っていることを伝えようとしたが、リゼリアによって遮られた。
「あっ、言わなくて大丈夫!……だから、もう1回採集をお願い!」
俺は乾いた笑いを漏らし、どうしたものかと頭を抱えた。リゼリアの目が、獲物を狙う鷹のように俺に注がれている。
このまま「はい、わかりました」と続ける以外の選択肢がなかった。
「ユリウスの実力は十分にわかった。今すぐ専属契約をお願いします!!」
リゼリアは森の香りを深呼吸しながらも、興奮冷めやらぬ様子で、まっすぐに俺を見つめてきた。
その瞳には、さっきまでの探究心に加えて、獲物を見つけた商人のような鋭い光が宿っている。
「わかりました。では工房に戻ろう、リゼリア」
そう呼びかけると、リゼリアは残念そうな顔になった。
「そう、戻らないと契約できないもんね……」
後ろ髪を引かれているリゼリアを半ば強引に引っ張り、俺たちは工房に戻った。
そこで契約書に署名を交わす。これで正式に、俺はリゼリアの専属契約冒険者になった。
「これからどうぞよろしく、ユリウス!」
「ああ、よろしく、リゼリア」
彼女の差し出した手は、さっきまでの勢いとは打って変わって、しっかりとした握手だった。
今後も彼女の奇行に付き合うのは大変そうだが、金銭的な不安は消え去った。
それに、何より……俺の人生は、この変人錬金術師に振り回されながら、きっともっと面白くなる。
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