第18話

 翌朝。

 ユリウスは、冒険者ギルドへと足を運んだ。


 重厚な石造りの建物は、朝から活気に満ちていた。掲示板の前には今日の依頼を選ぶ冒険者で賑わっている。

 ユリウスは人混みを抜け、受付へと向かった。そこには見慣れた受付嬢――マリエルの姿があった。


「おはようございます、ユリウスさん」


「おはよう、マリエル。専属契約の件、報告に来た」


「はい、リゼリア様からも正式なお話は伺っております。契約書の手続きも完了済みです」


 マリエルが手際よく書類を確認し、広げられた紙束をユリウスに見せる。


「――専属契約、おめでとうございます!」


 彼女の祝福の言葉が、周囲の喧騒をわずかに静まらせた。

 ユリウスの近くにいた冒険者たちが、ひそひそと囁き始める。


「おい聞いたか? ユリウスが専属契約だってよ」


「Cランクに戻ったってことか? 思ったより早かったな」


「……しかも相手はあの“錬金の魔女”リゼリアらしいぞ」


「まじかよ。誰とも専属契約しないって有名な人じゃねえか……」


「まさか、変人錬金術師のお眼鏡にかなったのが、ユリウスとはな……」


 訝しげな視線がユリウスに集まる。中には、あからさまに顔をしかめる者もいた。


「《鉄翼の星屑》、逃がした魚は思ったよりデカかったんじゃねえか……」


「最近、あそこのギルドでの評判、芳しくないって話だしな」


 ユリウスは気づかないふりをして、マリエルとの会話を続けた。


「……それで、これからの予定はお決まりですか?」


「そうだな、知人に会いにいこうかなって考えてる」


(リオンとサラに余計な心配をかけないためにも、まずセレネアの元へ行こう)


「そうですか。実は、ちょうど良さそうな護衛依頼があったのですが……」


 マリエルが心底残念そうな顔をする。その表情に、ユリウスは少し興味をそそられた。


「いや、別に約束しているわけじゃないんだ。詳しく聞かせてもらえるか?」


 マリエルは微笑み直し、一枚の依頼書をカウンターに置いた。


「とある商人を隣町『ルーシャ』まで護衛していただきたいのです。道中は比較的安全ですが、魔獣の出没も確認されています」


(ルーシャなら、セレネアのいる森の近くか……。少し遠回りにはなるが、全然違う方面というわけじゃない)


 急ぎの用ではないし、少しの寄り道はむしろ歓迎だった。


「ちょうどそっち方面に行こうと思ってたんだ。その依頼、引き受けよう」


 ユリウスは頷く。


「ありがとうございます! 手続きはこちらで進めておきますね」


 その時だった。


 ギルドの重い扉が開き、冷たい風が流れ込む。

 振り返ると、一人の少女が立っていた。

 肩まで届く、銀色の髪。淡い水色の瞳、透き通るような白い肌。その姿は、普通の冒険者にはない、どこか気品に満ちた雰囲気を纏っている。その隣には、騎士服に身を包んだ長身の青年が、従者のように静かに控えていた。


「失礼いたします」


 少女は静かで澄んだ声で、受付へと歩み寄る。


「私たちは――先日、街外れで魔物を退けてくださった方を探しております。

 おそらくBランク以上の冒険者かと……。ギルドにお心当たりの方はいらっしゃいませんか?」


 場の空気が一変した。

 ざわめきと、好奇心に満ちた視線が、少女に集まる。


「あれ?クラヴィスが助けたって話じゃなかったか?」


「あぁ、なんか実は違ったらしいぞ」


「うわー……あんな得意顔してたのに。恥ずかしいやつだな」


 ユリウスは呆れて息を吐いた。


(クラヴィスめ。見直したと思ったのに、嘘だったのか……)


 少女の視線が、ふと受付前のユリウスを捉えた。

 彼女の淡い水色の瞳がわずかに揺れ、何かを言おうと唇を開きかける。


 だが、周囲の雑音がそれを遮った。


「そいつは無能すぎてパーティーを追い出されたDランクの、いや、今はCランクの支援魔法士だ」


「話しかけるだけ無駄無駄ー!」


 冒険者たちの容赦ない声が、少女の言葉を飲み込ませる。


「……そう、なのですか」


 彼女の表情に、かすかな迷いと未練が浮かんだ。しかし、結局は何も言わず、ただ視線だけを残してユリウスから離れていく。


 受付前は再び喧騒に包まれた。ユリウスはその中で小さく息をつき、心の中でだけ呟いた。


(あの銀髪……どこかで会ったような気がするんだよな)


 背中に残る視線の余韻が、彼の心を妙に揺らし、そのまま静かに遠ざかっていった。

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