第16話
翌朝、《冒険者ギルド》の重厚な扉を再び開けた。俺たちの足取りは、昨日と比べてずっと軽やかだった。
ギルド内は朝からざわめきに満ちていた。壁に貼り出された速報に、多くの冒険者が集まっている。俺たちもその中の一つに視線を向けた。
「《静寂の森の洞窟》のダンジョン変異、沈静化を確認。原因不明。安全のため、当面の間、ダンジョンを閉鎖する」
調査隊からの通達だった。まれに発生するダンジョン変異は、時に新たな強敵や貴重な資源をもたらすため、冒険者たちの好奇心をかき立てる。だが、その危険性も同時に意味している。
「やっぱり……本当に変異がおこってたんだな」
リオンが呟く。隣のサラも、昨日の戦いを思い出したのか、少し顔が強張っていた。
受付に向かうと、マリエルが迎えてくれた。
「おはようございます。調査隊の張り紙はご覧になりましたか?」
「うん、沈静化したんだね。よかった……」
「そうみたいです。こちらがダンジョン変異の報告料になります」
マリエルが差し出したのは、一枚の封筒だった。中には、それなりの金額が入っている。
「ありがとう」
俺は大事に封筒を受け取った。昨日の激戦を思えば、この重みは命の証のように感じられる。
マリエルが微笑みを浮かべ、確認するように尋ねる。
「護衛兼指導クエスト、継続ですよね?」
「あぁ、もちろんだ」
俺は即答した。マリエルとのやり取りを終え、立ち去ろうとしたとき、背後から声がかかった。
「……ユリウス? あなた《新人冒険者護衛兼指導クエスト》をやってるの……?」
振り返ると、かつての仲間、レイナが立っていた。
その琥珀色の瞳には、戸惑いと、わずかな痛みが混じっていた。
「何かあったとき、あなたじゃ対処できないでしょう。……辞退したほうがいいと思うわ。お二人のためにも」
レイナの言葉に、一瞬、空気が張り詰めた。リオンがむっとして口を開く。
「そんなことない! ユリウスは《静寂の森の洞窟》でグリュースを倒したんだ!」
「そうです! ユリウスさんはすごく頼りに――」
サラの言葉を遮るように、レイナは厳しい視線を投げかけた。
「……そんな話、ギルドの報告にはなかったわ。それに、あなたたち新人さんを教えられるような経験、彼にはないわ」
「は? あんた、何を知ってるってんだよ!」
リオンが食ってかかるが、レイナは顔色ひとつ変えない。その目は、以前の俺と同じように、リオンたちも「未熟な存在」として見下しているようだった。
「ユリウスは、私たちのパーティーにいた頃、稀に支援魔法を使っていたみたいだけれど、それ以外はただ私たちの後ろにいるだけの置物だったのよ」
「お前っ……!」
リオンの怒りが爆発しそうになっている。その瞬間、俺は静かにリオンの肩に手を置いた。
「いいんだ、リオン」
二人が俺のために真剣に怒ってくれたことで、俺の心は驚くほど凪いでいた。
俺はレイナの目を真っ直ぐに見据える。
「俺は、この二人のことをちゃんと守る。レイナがどう思っていようとも、俺は置物じゃない。俺が抜けた後の攻略、何か感じなかった?」
レイナの顔に、わずかな動揺が走る。《鉄翼の星屑》の攻略活動が上手くいっていないことはかなり噂になっている。
言い足りなさそうなリオンとサラの肩を押す。
「ここで言い争ってても時間の無駄だ。行こう」
俺たちはそのままギルドを後にした。
背後でレイナが何か言いかけていたが、その言葉はもう、俺たちには届かなかった。
◆
ギルドを後にし、俺たちはダンジョンへ向かった。《静寂の森の洞窟》は封鎖されてしまったが、《風凪ぎの渓谷》ならほぼ同じ相手だ。訓練には十分だろう。
「三十メートル先にゴブリンの群れ。リオン、いけるな」
「あぁ、問題ない!」
「危なくなったら助けを出すから、無理のない範囲でやってみるんだ」
「了解!」
リオンは剣を構え、サラは回復魔法の準備を整える。
以前のような無茶な突進はなかった。リオンがゴブリンの一体を確実に誘い出し、サラが後方から絶妙なタイミングで回復魔法を放つ。二人の連携は、短期間で見違えるほど向上していた。俺の出番はほとんどなく、彼らは安定して魔物を討伐していく。
訓練を無事に終え、ギルドに戻った俺たちは、そのまま報告を済ませた。
「おめでとうございます、リオンさんとサラさん。見習い期間を終え、正式な冒険者として登録が完了しました」
マリエルの言葉に、二人は顔を見合わせて喜びを分かち合う。
「ユリウスさんは《護衛兼指導クエスト》の完遂、そしてダンジョン変異の第一発見者としての功績が加味され、ランクアップ条件達成です」
マリエルが、水晶端末に映るデータを確認した後、笑顔で言った。
「Cランクへの復帰、おめでとうございます!」
《鉄翼の星屑》を追放される前と同じ冒険者ランクに戻っただけだが、以前よりもはるかに誇らしい気持ちだ。
「ユリウスさん、おめでとうございます!」
「やったな、もっと上いけるんじゃないか?」
リオンとサラが、自分のことのように喜んでくれる。
「ありがとう、二人とも」
俺は心から感謝の気持ちを込めて応えた。
「Cランクに戻られたので、以前お話した専属契約のお話、進められますね!」
マリエルがまるで自分のことのように嬉しそうに話す。
「ギルドから錬金術師リゼリア様に連絡しておきましょうか?」
「ああ、頼んでもいいかな」
「お任せください!」
マリエルは笑顔で引き受けてくれた。
◆
ギルドを出て、三人で石畳を歩く。夕陽が二人を明るく照らしていた。
「そうだ、報告の報酬……二人の分だ」
俺は封筒を開き、いくばくかの銀貨を取り出した。
リオンとサラは目を丸くして恐縮する。
「え、でも……」
「正式な冒険者になったお祝いもかねてだ。装備を整えるなり、有事に備えてためておくなり、二人で相談して、有意義に使ってくれ」
三人で軽く笑いながら、夕暮れの街を歩く。
その笑いの奥に、ほんの少しだけしんみりとした空気が混じった。
「なんだか、寂しくなりますね……」
サラがぽつりと呟く。正式な冒険者として独り立ちし、彼らは次のステージへ向かう。
「すぐに俺たちも追いついてやるからな!」
リオンは強がっているが、その声には少し寂しさが滲んでいた。
「焦るなよ」
俺は二人の頭を軽く叩いた。
「わかってるって!」
「二人とも、何かあればいつでも相談に乗るからな。困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれ」
「……あの力、無理に使うのはだめですからね!」
サラは真剣な眼差しで、念を押すように言った。その瞳は、俺を案じる気持ちに満ちている。
「あぁ、わかってるよ」
俺は笑って答える。すると、リオンが呆れたような口調で言った。
「どっちが先輩なんだか……」
三人の笑い声が、夕暮れの街に響いた。
俺の胸には、もう「お荷物」という言葉の痛みはない。
俺はもう、過去の俺じゃない。彼らが誇れるように、真の”魔導士”として、さらに高みを目指そう。
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