16 青い春と悲鳴

「おー、遅かったな?」


 4人揃って職員棟の生徒指導室に入ると、そこには飄々とした笑みを浮かべた布目先生が待ち構えていた。先生はキャスター付きのくるくる回る椅子に足を組んで座っている。


 昼休みが始まってからもう10分は過ぎているけど、特に怒っている様子はない。他の先生だったら少しくらいはお小言を食らうパターンなんだけど。さすが、布目先生だ。


 座れと促され、私たちは、薄く埃を被った長机を囲んで席に着く。職員棟の端っこにあるこの立地といい、窓を開けてもまだ残る溜まった空気の匂いといい、教室くらいの広さはあるにも関わらず物が詰められている状態といい……。長い間使われてなくて物置にされていたのは間違いない。


「せんせー、ここそんなに使われてなかったんですか?」

「まあな。基本的に各学年の校舎にある生徒指導室で事足りてるんだ。何分今回は人数が多いだろ?」


 確かにまとめて4人を呼び出すことは少ないのかもしれない。でも、指導する生徒がいないわけはなかったのか。生徒指導室自体は普通に使われているらしい。……クセ者、多いもんな。


 布目先生に聞いた汐梨ちゃんも納得したように頷いた。


「さて、本題に入るぞー。最初に聞くんだが、十川。一昨日の夕方から流れ始めて、急速になりを潜めている怪奇現象の噂の正体は……お前で間違いないんだな?」

「あ、はは……。間違いないです、ボクがやりました。だいぶパニックになってて、早く『見つけ』てほしくて」

「そうか。……ところでその『見つけ』るってのは一体どういうことだったんだ?」


 昨日は確か、私が「見つけた」って言っただけだったと思うけど、それだけで異能が解けるとは考えにくい。もう少し、スイッチとなるような何かがあったはず。


「『見つけた、汐梨ちゃん』」


 困惑の声が上がる。

 昨夜、汐梨ちゃんを「見つけ」た時、私が口に出したセリフだ。今わざわざ言ったってことはそれが鍵になってるの……?


 そう思いながら視線を送ると、何かの感情を俯瞰するかのような凪いだ瞳と目が合った。


「スイちゃんはそう言ってくれたよね」

「……う、ん。そうだね?」

「ボクの異能が解ける条件は、ボクがいるところに向けて、ボクの名前と『見つけた』という言葉を声に出すこと。昨日はスイちゃんが無意識にだと思うけど、声に出してくれて、異能が解けたっていうのが真相です」


 「案外簡単な仕組みでしょ?」と笑った汐梨ちゃんは、とても苦しそうだった。どうして、何に、そこまで苦しんでるの? 私の方を見て、無理して笑わないでよ。……もしかして私が何かやってしまった? 何かを言わなければ、何かを聞かなければ。


「汐梨ちゃん……あの——」

「ごめん、スイちゃん」


 言葉を被せるように、汐梨ちゃんは私に頭を下げた。どうして謝るの……? 汐梨ちゃんは何か謝るようなことをしたの? そんな覚えはないよ?


「ボクのせいで、傷つけさせちゃってごめん。……痛かった、よね。ごめんね、ボクのせいで」

「それは違うよ」


 考える前に、言葉が出ていた。汐梨ちゃんはこちらへと中途半端に手を伸ばしている。


「確かに痛かったのは……痛かったけど、汐梨ちゃんのせいじゃない。私がやりたくてやったことだからね?」


 待って、最後まで聞いて? 何か言おうとしたの、遮っちゃってごめんね。でも、伝えさせてほしい。


「それに、もしまた今回みたいなことになったら、私は絶対に同じことをすると思う。また、『見つけ』ると思う」


 ——……だって、友達、でしょ?


 汐梨ちゃんは私にとって初めてで唯一の友達なんだから。助けるのは当たり前だ。……もしもこれで「友達じゃない」だなんて言われたら、しばらくは立ち直れないだろうけど、……でも、汐梨ちゃんならきっとそんなことは言わない。


「……そうだね」


 ほら、やっぱり肯定してくれた。涙を浮かべているけど、それは悲しみからくるものじゃないはず。だって、その笑顔には驚きと嬉しさが見えるから。


「……さっすが、ボクの親友は言うことが違うなぁ」


 親友……? そっか、親友か。友達を超えて親友なのかぁ。汐梨ちゃんに釣られて、私まで笑い泣きしてしまいそうだ。


「ねぇ、スイちゃん」

「うん」

「ボクのこと、見つけてくれてありがとうね」


 こちらこそありがとうだよ、汐梨ちゃん。私のこの気味の悪い異能も無駄じゃなかった。この異能を使って、ありがとうって言われちゃった。


「……どういたしまして」


 手を取って、私たちは笑い合った。


 今更ながら、側から見ているであろう3人のことを思い出す。ちらりと視線を動かしてみると、三者三様の反応を見せていた。


 綾世先輩は、相変わらずのにこにこ笑顔を浮かべていて、どこか寂しさを漂わせている。私の視線に気づいた宇治先輩はくいっとメガネを上げて視線を逸らした。


 布目先生は……なぜかハンカチを目元に当てている。器用に目隠しをずらして、その隙間から涙を拭っているようだ。


「どうして泣いてるんですかせんせー……」


 驚きを超えて呆れた様子で汐梨ちゃんが尋ねる。確かに泣く要素なんてなかったはずだ。


「す、すまん。お前たちがいかにもな青春してて、こう……懐かしいな、と。……やっぱり若いと眩しいな」


 そう言った布目先生は、どこか遠くを見ているようだった。でもそっか、私、汐梨ちゃんと青春っぽいことできたんだ。ドラマの中みたいな青春なんて私には無縁のものだと思っていたけど、案外ここは居心地がいい。これも全部、黒の異能者の私に声をかけてくれた汐梨ちゃんのおかげ。


「……せんせー、発言がおじさんですよ」

「……32歳っておじさんか?」

「ボクに聞かないでくださいよ」


 じとっとした目で布目先生を見ている汐梨ちゃんは、もうすっかりいつもの調子だ。それにしても、話が脱線しているけどいいのかな。


 先輩2人に視線を向けると、綾世先輩は苦笑して、宇治先輩はあからさまにため息を吐いていた。なるほど、よくはないということですね。

 お笑いのような応酬を繰り広げる2人を止めたのは、メガネをくいっと上げた宇治先輩だ。


「昼休みの時間は限られていますよ。他に話す必要のあることはないんですね?」

「……そう、だな」


 絶対忘れてましたよね、先生。部屋に備え付けられている時計は、昼休み終了まで残り25分もないことを示している。


「あー、一応聞くんだがお前たち、昼飯食べたか?」

「まだですね」


 私たちを代表して綾世先輩がそう答える。お昼ご飯の存在を思い出してしまったからか、急に空腹が気になり出した。


「やっぱりそうだよな。まあ、オレもまだなんだが。よし、言うこと言ったら食堂に行くかー」


 宇治先輩と汐梨ちゃんのペア行動が言い渡された後、5人で生徒指導室から歩き出す。職員棟を出て食堂へと繋がる渡り廊下に来ると、何かを囲むように人が集まっているのが見えた。


「何だろうな? 少し確認してくるから、お前たちは先に行ってくれ」


 私たちの了承の返事を聞いた後、布目先生は人垣の中心部へと進んでいった。また異能の暴走……? 布目先生が行ったなら、きっと大丈夫だよね?


「じゃあ、行こうか」


 綾世先輩の言葉に頷こうとした時——突如、布目先生が向かった方向から悲鳴が聞こえた。

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