第4話 罪を犯した者
人を殺した。
それが、俺の過去だ。
飲酒運転だった。
仕事で嫌なことがあって、同僚に誘われて酒を飲んで、車を運転して――
信号のない横断歩道にいた母娘を、はねた。
少女は即死。
母親は下半身不随になった。
俺は執行猶予のついた判決を受けた。
謝罪をした。賠償金も払った。
でも、あの夜、少女の命を奪ったという事実は、どこにも消えなかった。
どんなに普通に生きようとしても、
どんなに善人を演じても、
世界のどこかに、あの「私の娘を殺した男だ」という目がある気がしていた。
それでも、生きていた。
腐ったように、ただ呼吸していた。
夜中、眠れずにネットをさまよっていたとき、ひとつのアプリを見つけた。
《死合わせマッチング
あなたに最もふさわしい死を提案します》
ふさわしい死。
俺にそんなものがあるのか?
でも気づけば、インストールしていた。
起動すると、画面に表示された。
「こんにちは、ユーザーID・564。
あなたは、贖罪を望みますか?」
「……できるならな。」
「了解しました。
あなたの死に方は、“身代死儀式(ミカワリノギシキ)”です。」
意味がわからなかった。
案内人が説明する。
「これは、重大加害者が選択できる唯一の“他者の記憶再構成型死後処理”です。
あなたの死後、あなたは“少女の視点”として記憶に移され、
一生涯、彼女としての人生を追体験します。」
「……それって、あの子になるってことか?」
「はい。
彼女の目であなたを見て、彼女の痛みを感じ、彼女の愛情を知って、
最後、あなたに殺されるところまで、生きることになります。」
俺は息を呑んだ。
怖かった。
怖くて仕方がなかった。
でも、それは――俺が味わうべきものだった。
「この死に方により、あなたは許しを乞う資格を得ます。
ただし、彼女の視点を終えた後も、贖罪が与えられる保証はありません。」
「……それでも、やりたい。」
このまま何もせず死ぬより、
彼女の人生に、ほんの一秒でも近づきたいと思った。
死後。
目を開けると、小さな手が見えた。
母の声が聞こえた。
小学校の教室の匂い。
お父さんがくれたぬいぐるみ。
初恋。
制服のリボン。
友達との放課後。
――全部、愛しかった。
心が、泣きながら笑っていた。
そして、最後の夜。
あの道。
あの車の音。
あの光。
――私は、殺された。
でも、不思議だった。
殺されたその瞬間、わたしはこう思っていた。
「こんなにも、生きたかった」と。
それを、知れただけで。
俺は、ようやく「ごめんなさい」を言えた気がした。
許されなくていい。
けれど――俺は彼女を忘れない。
一生、忘れない。
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