第三部 地の果てと空の深淵 第十四話
「ミセス、少々宜しいでしょうか?」
執事が遠慮がちにシャーリーの部屋に入ってきた。
「あら、どうしたの?」
「ええ。庭に犬が・・」
シャーリーは訳が分からず、問いたげに執事を見るが、彼は微動だにしないままシャーリーを見ている。
彼女はパソコンを閉じ、眼鏡を外して椅子から立ち上がり執事に従って部屋を出た。この執事は超がつくほど優秀である。その彼がこれだけ戸惑っている姿は初めて見たかもしれない。
階段を降りてエントランスを抜けると執事がドアを開けた。
犬・・いや、確かに犬はいるが、3頭ともうちで飼っている番犬のドーベルマンだ。
いや、違う。3頭は何かを囲むように芝生の上に座っている。3頭とも、吠えるでもなく威嚇するでもなく、大人しく座ってこちらを見ている。そしてその真ん中には小さな小型犬、あれは確かヨークシャーデリアがちょこんと座っている。その小さな動物はシャーリーを認めると、立ち上がってトコトコと彼女の方に向かって歩いてきた。ドーベルマンはそれをじっと見守っている。
不思議な光景だった。
シャーリーは、思わず屈み込んで子犬を優しく抱き上げる。
「うちの子になる?」
彼女が尋ねると、子犬は小さくワンと吠えた。
シャーリーが子犬を抱いて屋敷に入り、執事がドアを閉めるときにふと見ると、3頭のドーベルマンが役目は終わったとばかりに、それぞれの持ち場に静かに戻っていた。
何処かで見た光景だと思い出し、執事はゆっくりと微笑んだ。
「それで?また潜るのか?」
「潜る、とはなんだか人聞きが悪いな。まあ、間違っているとは言えないが・・。迷惑だろ?私達だって、とりわけあんた等と交流を持ちたい、といわけでもないしね。今まで通り、でいいんじゃないのかな?」
ここはホワイトハウスの大統領執務室。
クランプ大統領とナイトレイが今後のことについて話し合いをしている。
「聞かなかった、見なかったことにする、と言うのか・・。できるのかねえ・・。君たちがいたから、このくらいの被害で終わることができた。それは確かな事実だ・・・何か私達に出来ることはないか?」
「うん、考えたんだがね、それが特に無いんだよね。まあ、重力制御に関しては我々の技術メンバーとそちらで協力体制を取ることは決まったし、他はなあ・・。」
大統領はしばらく考えるようにしていたが、
「ネバダ州にニューメキシコ州、それにカリフォルニア州だっけ?君たちの出入り口は?」
「うん。まあ、滅多に近づくことはないがね。我々も外の空気は必要だからな。安全のため、換気口の周辺を進入禁止にしてくれるのはありがたい。」
「いや、どうということはない。元々、あの辺りは人が住める場所ではないからな。それはそうと・・。」
「なんだ?」
「何故、カリフルニアなんだ?あそこは発見されやすいだろう?」
「・・まあ、我々の方が先だった、とだけ言っておこう。それがどうしたんだ?」
「いや、UFOの目撃情報が、あそこだけ異常なほど頻繁にあってな。まさか・・・。」
「さあ、もういいだろう?私達は今までどおり大人しく地底で楽しく暮らす。そして、地表人と地底人はお互いに干渉しない。そうなるように努力してくれ。特にマスコミには気を付けておいてくれ。」
「・・・わかった。一応、私と君のダイレクトコールは可能にしておいた。何かあったら連絡を取り合おう。」
「うん、こちらこそ宜しくたのむ。あ、あとオズワルドはしばらくこちらで預かることになった。至って元気だから心配には及ばない。あのグループにもそう伝えておいてくれ。」
「・・・SBから逃げているつもりか?」
「いや、どう足掻いてもSBと彼とじゃ格が違い過ぎる。今回のことで、それが身に染みたんじゃないのかな。自分を見つめ直したい、とか殊勝なことを言っていたぞ。」
「格・・ね。まあ、比べること自体がどうかしているけど、まあいい。わかった。彼らには私の方から伝えておく。」
「ありがとう。それじゃあ、また。」
ナイトレイは最後に大統領と固く握手をして執務室を出て行った。
ナイトレイが出て行くと、クランプは少し疲れたように大統領専用デスクの椅子に座り溜め息を吐いた。
「まったく、私の年を考えてくれ。生きている間にまた帰って来いよ、SB。」
大統領は静かに目を閉じた。
それから半年後
シャーリーの庭に紛れ込んだ子犬は、あれから正式に彼女に飼われることになり、ビーと名付けられた。
ビーはすぐに彼女や執事、それにメイド達にも慣れ、可愛がられる存在となった。シャーリー自らビーを外に散歩に連れ出すこともあったが、ビーが外に出ると、必ずと言っていいほど3頭のドーベルマンも着いていこうとする。用心のため1頭だけ連れて行こうとするが、ビーがやんわりと断った。そうするとドーベルマンは寂しそうに尻尾を下げ、うなだれた様子で引き下がった。
あるとき、執事がビーを散歩に連れて行くと、何かを思いついたように自宅から2キロも離れている場所に執事を連れて行ったことがある。執事は何事かと思ったが、何かあるような気がして黙って着いていったが、行き着いた先は町の花屋だった。
ビーは店先に並んだ鮮やかに咲いている花の匂いを順に嗅いでいく。しばらくそうしていると、珍しい青いバラの前で止まったビーが、そのまま執事を振り返った。
ほんの数秒、これはどういうことだろうと考えた執事は、今日がシャーリーの誕生日だということを思い出した。
彼は迷うことなくその青いバラを買い、満足そうに頷くビーと共に家路に着いた。
オースタラリアの復興もようやく軌道に乗り、執務室で紅茶を楽しみながらネットニュースを見ていると、
『世界の英雄 須山氏が結婚。お相手は日本国内閣調査室の町田涼子氏。既に30カ国以上の国家主席より祝辞が届く。式の予定は・・・』
映像では須山と、その横に幸せそうな表情で並んでいる女性がいた。
ふと気付くと、さきほどまでシャーリーの膝の上でまどろんでいたビーがじっとパソコンの画面を見ている。
シャーリーが優しく問いかける。
「・・ビー、本当にこれで良かったの?」
すると、ビーは画面から目を離し彼女の方を振り返った。
ビーはじっと彼女を見ていたが、そのうち彼女のおなかに潜り込むようにして寝息を立て始めた。
シャーリーはそんなビーの背中を優しく撫でた。
――――― 完 ――――――
腫れ物の英雄 NAKA @nakako1025
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます