第三部 地の果てと空の深淵 第十三話
地球軍は善戦した。正に総力戦であり、多くの死者も出たし幾つかの都市も壊滅した。だが、なんとか宇宙人の襲撃を阻止することが出来たのだ。
地球上のあちこちで巨大な大破した敵艦が炎と黒煙を上げていた。
この戦いで亡くなった者、音波砲の残滓を浴びて記憶を喪失した者、宇宙人と戦い身体の一部を損傷した者、そして身内や友人や伴侶を亡くして呆然としている者。それぞれの感情が渦巻いていた。
だが、ヨーロップもユーラシアも、アブリカも中東も、そしてアジア各国も勝利に沸き、胸を撫で下ろしつつも復興に向けた力強い動きが散見されるようになった。
すぐに動き出したのはイングリッドとシャーリー率いるゲイングループだった。グループの莫大な資産を被害に応じて各国に振り分け、行政と協力しながら残骸の撤去から始まり、避難所の設置、食料や飲料の補給、必要雑貨の調達、住宅の設営まで、速やかに効率良く進められた。それに呼応するように政治もまた大きく動き出した。世界中が為政者の元、被害の精算と復興に向けての動きが加速されていった。
だが、為政者達にはどうしても頭から離れない懸念があった。
SBがいない。
日本国から3千キロ離れた海上で、宇宙航行用の脱出カプセルが見つかってから既に1ヶ月が経つ。中にいた日本国の男性はすぐにNASEに引き取られアメリアの病院で手厚い治療を受けて命を取り留めることが出来た。彼は数日後に目を覚ましたが、SBではなかった。SBが彼の身体に寄生し、彼の身体を使って宇宙人を撃破したのは事実だったが、肝心のSBの気配はなかった。
彼、須山祐介は1週間で復帰すると、アメリア空軍機で日本国まで輸送された。
須山が羽田空港に降り立つと、そこには数万の人々が集まっていた。地球を救った英雄を一目見ようと、そして歓喜と感謝を彼に直接伝えるために集まっていたのだ。
タラップを降りた須山は、しばらくの間、何が起こっているのか分からずしばし呆然としていたが、眼前に目を移すと、そこに笑顔の江橋総理と町田嬢がいた。
「おかえり、祐介。ほら・・」
江橋に押されて町田嬢が前に出てきた。
「おかえりなさい、須山さん。」
「あれ、SBの時みたいに抱きついてはくれないんですね?」
須山の言葉に江橋も町田嬢も驚いたようにしているが、もっと驚いたのは須山自身だった。
それに気付いた江橋が笑い出した。
「どうやらSBの残り香みたいなものがあるみたいだな。」
なるほど、そういうことか。こんな軽口を叩いてしまうとか、確かに以前の俺なら考えもつかない。
「さ、帰るぞ。あ、その前に周りの人達に手を振って応えてあげなさい。」
え?と、須山は思わず周りを見回す。すると須山に向かって再度歓声が上がった。ありがとう!おかえりなさい!かっこいいぞ!
中には、結婚してー、と言った黄色い声まで混じっていた。
須山は何だか恥ずかしくなり、小さく手を振りながら江橋総理に先導されて公用車に乗り込んだ。
「祐介、これからしばらくは忙しくなるぞ。記者会見にテレビ出演、講演会まで予定が入っている。啓治の分まで国民に全てを伝えてやってくれ。」
「え・・は?記者会見にテレビ?・・」
「大丈夫よ。全部、覚えているんでしょう?私達も聞きたいもの。貴方とSBがどうやって宇宙人達を倒しまくったか、皆に話して上げて。」
思わず町田嬢を見ると、こちらを見て目をキラキラさせている。
綺麗だなあ、いや、そんな事を考えている場合じゃない。どうしよう?大勢の前で話すとか苦手だし・・・。
「心配するな。まずはうちの係官がおまえの話を聞く。あとはそいつの指示どおりに話せばいい。いいか、おまえはこの世界の救世主なんだ。例えおまえの中にSBがいたとしても実際に戦ったのはおまえなんだ。自信を持て。いいな。」
江橋の力強い言葉に少しだけ救われたような気がした。
「そうですよ、須山さん。みんなが待ってますよ。もちろん、私もね。」
そうか・・俺はやり遂げたのか・・。半ば死ぬつもりでいたんだけどな。そうか、世界を救ったか。
須山は大きく息を吸い込みゆっくりと吐いた。
SB、ありがとう。
「ほんとにいなくなっちゃったわねえ・・・。約束したのにな。」
「・・約束?」
イングリッドの呟きにミスターが応える。ずっと華国に詰めっぱなしのマダムを気遣って、先週からミスターも華国に来ている。
「うん?なんでもない。シャーリーは元気かしら?」
「しばらく休養すると言っていた。」
「休養?まさか。たぶん、今頃は被害が大きかったオースタラリアの復興のために血眼になっているわよ。」
「え?そうなのか?でも確かに休養したいって。」
「まあ、お金にはならないからね。せめてもの彼女の矜持よ。わかってあげて。」
それでもミスターは納得がいかないようだったが、賢い彼はそれ以上の言葉を封じた。
マダムはそんなミスターに微笑み、
「これからどうなるのでしょうね?この世界は。」
答えを求めていない問いには応えないに限る。長年のマダムとの付き合いで分かっていたが、思わず
「そうだな・・どうなるんだろうな・・。もう少し生きて見ておかないとな。」
ミスターがぽつりと漏らした。
マダムはそれには応えず、眼鏡をかけてパソコンの画面を開いた。
「さ、仕事しましょ」
渋面のスタンリー議長が更に表情を険しくしている。彼の前には宿敵といってもいいパーティン大統領が座っている。
間を取り持ったインガランドのトリフト首相は二人に挟まれて顔色が悪い。
「前もって伝えておいたが、しばらくはメルドシア及びその周辺国家には手を出さない。」
「しばらく、とは?」
パーティンの話にスタンリーが即座に応じる。
そばで通訳がおろおろしているが、パーティンは気にせずに流暢な英語で続ける。
「5年なら確実に約束できる。それ以上だと、たぶん私は退任している。次の者がどう考えるかまでは分からないからな。」
スタンリーは少しだけ渋面を崩し、小さく溜め息を吐いた。
そして今度はスタンリーが流暢なラバトア語で話し始める。
「あんたもSBに影響されたか?」
パーティンはさきほどまでの表情を崩し、ゆっくりと微笑んだ。
「あれで影響されない奴は為政者でいる資格はない。そう思うだろう?あんたも。」
「そうだな・・。11年前から思っていたが、今回のことはそれを遙かに上回る。」
スタンリーは姿勢を正し、パーティンに握手を求めた。
パーティンもそれに応えながら
「力だけの化け物だと思っていたんだがな・・・。」
「分かるよ、あんたの気持ち。さて、さっそく書面に残して発表しますか?」
「うむ、そうしよう。ところで貴方はロシア語が上手いな。」
「貴方こそ、本当は英語はネイティブなんだろう?話せるのに敢えて話さない。そのくらい知っているよ。」
スタンリーとパーティンが意味ありげに互いに笑い合った。
トリフトも通訳も訳が分からず、二人を交互に見ながら呆然としていた。
「SBはまだ出てこないのか?」
ヘキサゴン司令官室ではジェイカル将軍と各軍の司令官が葉巻をくゆらしていた。手元には年代もののスコッチがストレートで置いてある。
「ええ。あちこち手を尽くしてはいるのですが・・残念ながら。」
「・・そうか。またしばらく出てこないのかもしれないな。」
ジェイカル将軍の言葉に応じるように海軍最高司令官が
「それか、本当に消滅してしまったか。」
それが、歓迎すべきことなのか、惜しむべきことなのか、その場にいる全員が悶々としていた。
「神の采配なのかもしれませんね。彼は人類が真の危機に陥ったときにだけ現れる使徒・・・」
科学の時代に、それも常に最先端のAIや兵器や武器を扱っている我々が、さきほどの発言に反論できないでいる。いやむしろ、そう考えてしまう方が楽なのかもしれない。
神の采配。妙な説得力を持って、それ以上に的確な言葉は出てこなかった。ただ、
「もう一度、会いたかった。」
葉巻の紫煙と香りが漂う部屋にジェイカル将軍の言葉が静かに響き渡った。
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