第二部 国境なき正義 第十一話

「大統領、どうかしましたか?今の電話、ですか?」

政務官が問いかけた。

「・・君は、またメルドシアに攻め込むべき、と考えるか?」

「は?まさか、大統領ご自身が宣言なさったではないですか?それにSBが黙っていませんよ。」

「そのSBが消滅させられたらしい。」

珍しく、パーティンが立ち上がって事務机の引き出しからタバコを取り出した。1本抜き取って口にくわえテーブルに座り直し、卓上ライターで火を付ける。ゆっくり吸い込んで、またゆっくり煙を吐き出す。その間、政務官は何も言えずにじっと大統領を見ていた。

「あの連中が嘘を言うとは思えん。」

「で、ですが、いったいどうやって・・?」

「宇宙に宿主ごとロケットで飛ばしたそうだ。今頃はひたすら太陽に向かって飛んでいるそうだ。」

「う、宇宙ですか・・・あ、でも、SBって以前に馬鹿な連中を月に連れて行ったって・・結構有名な話ですよね。」

「そうだな。あれは彼が持っている宇宙艇を使ったんだ。あれの性能は、SBが我々にも公開してくれたので、あと10年、いや20年もすれば我々も作ることが出来るだろうな。」

「あ!あの宇宙人が乗ってきたと言う、宇宙艇ですか!?」

政務官は驚きのあまり持っていたタブレットを落としそうになってしまった。

「そうだ。SBはあれを幾つか所有しているんだ。何処に隠しているのかは誰も知らないが。だが、我々も近い将来にはあの優れた飛行機能を持った宇宙艇を持つことができるようになる。今はまだあの技術の裏付けとなる理論構築の段階だが、いずれ、な。」

「え・・ということは今回もSBは」

「今回彼等が使ったのは民間のロケット会社が作った旧式のものだ。だから重力制御は出来ないし、機体に使われている鋼板も全く異なるものだ。それに彼らが言うには、SBが絶対に外に出ることができない檻に入れたままロケットに乗せたらしい。」

政務官は、自分の思考の範囲を完全に外れてしまっている話の内容について行けず、しばし呆然としていた。だが、そのうち、おずおずと

「・・それならもう、SBの影響はない、と信じても良いのでは」

「隊を再編成して、もう一度メルドシアに侵攻するか?あそこまでするのに、いったい幾らかかったか・・それに何より、例え万分の一の確率であっても、SBが戻ってきてそれを確認したら、今度こそ問答無用でマスコワは全壊される。いいか、半壊ではない全壊だ。それでも彼の怒りが収まらないとすると、サンペテロまでやられてしまうかもしれん。」

「費用対効果・・それと失敗した場合のペナルティが大きすぎる。・・」

政務官が呟くように言った言葉に

「そうだ。もし動くとしても、少なくとも今ではない。早くとも2,3年後、もしくは4,5年後といったところか。」

パーティン大統領が再度タバコを咥えると、政務官がそれをじっと見ていたので1本勧めた。政務官は大統領からタバコを受け取り火をつけた。

政務室がタバコの紫煙で燻ってきた。



「どこも動きませんねえ・・。」

オズワルドの言葉に苦笑を浮かべながら老齢の男性が応える。

「だろうな。SBが死んだと言っても、そう簡単には信じられんだろう。それが真実だったとしてもな。目に見えない恐怖に怯えることはよくあること。だが、むしろ見えないからこそ恐怖の度合いも上がってくる。まあ、あと数年はかかるだろう。」

「いいんですか?実際、もうSBはいないんです。散々、我々の邪魔をしてきた障害がなくなったと言うのに・・」

「納得できないか?まあ、おまえはまだ若い。少し待つことを覚えた方がいい。人の気持ちは、そう簡単には変えられない。」

はあ・・オズワルドはどうしても納得できないような表情で生返事をした。

「ところでレディはどうした?」

途端にオズワルドは表情を歪め、皮肉まじりに答える。

「疲れた、とおっしゃってましたよ。実際、お顔に極度の疲れが浮かんでいましたから本当なのでしょう。これからだ、と言うときに腰が引けるとか、考えられないんですけどね。」

「まあ、そう言うな。少し休めば・・・うん?違うのか?」

「そうですね。はっきり申し上げて、もう無理かと。」

「・・そうか・・。あの女が、な・・。今後の身の振り方とか、何か言っていたのか?」

「卿に会いに行く、とかおっしゃってました。」

「そうか、わかった。レディの件はわしが預かる。おまえは自分の仕事を全うしろ。」

オズワルドが退室すると、老卿はテーブルに置いてあった年代もののスコッチをグラスに注ぎ、ゆっくりと飲み干した。



SBの消息が不明となって3ヶ月。

まず動き出したのは華国とCIBだった。ケインは一線から外され外部委託会社への出向扱いとなった。また華国からの特使が目に見えるほど増え、日本国の江橋総理以外の閣僚達がこぞって親密度を増していった。CIBの意志を尊重する他のメンバーの動きも活発化していった。もはや、日本国の政治は今正に華国とCIB主導のアメリアに牛耳られようとしていた。

私、町田はSBの喪失感甚だしく、いっそのこと役人を辞そうとも考えたが、江橋総理の強い勧めで内閣調査室所属という形に収まった。

もちろんSB対策室は閉鎖、大山さんは退任、武島君やその他のメンバーも各自バラバラになってしまった。

SBかあ・・。本当に死んじゃったのかなあ・・。

今までSBに苦しめられた過去が走馬灯のように次々と頭に浮かんでくる。何故だか、その一つ一つが懐かしさを伴って私を憂鬱にさせてしまう。私は決してマゾではない。断言は出来ないが、多分そう思う。あれだけSBを面倒に思い、畏怖し嫌がっていたくせに、何を今更とも思う。だが、自分の感情に嘘はつけない。認めたくない。認めたくはないが、私はSBを好き、なのかもしれない。

・・・もう遅いんだけどね。

さあ、せっかく江橋総理側近の調査室になれたのだ。私に出来ることを精一杯やろう。

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