第二部 国境なき正義 第十話
感傷に浸るってのは、はっきり言って苦手だし俺にとっては不要なことだと思っている。だが、レディの憂鬱は何となく理解できるような気もする。諸行無常・・ね。彼女ももう高齢になりつつある。少しずつ人間として変化してきているのかもしれない。
ま、変わらないヤツも大勢いるけどね。
それはそうと、さっきの通信はレディが通話回線を開いてくれていた。回線が開くということは音波だけではなく、全ての信号が漏れ出るということだ。俺は話をしながら開かれた回線を通して俺のパワーを少しだけ放出した。ほんの少しだけ。これで誰かさんが反応してくれるかもしれない。まあ、無理だったら次の手を考えればいい。あのレディがせっかく機会を作ってくれたのだ、無駄にする訳にはいかない。
取りあえず、しばらく待つとするか。
「出ました!」
武島が叫んだ。私は慌てて武島のヘッドフォンを外して場所を聞いた。
「テキサス州ですね・・ヒューストンかな?ちょっと待っててください。一瞬だったので・・。」
目の前では武島が必死で制御パネルを操作している。なんだかんだ言っても、武島もSBが好きなんだな、と何となく嬉しくなってくる。あ、好き、というのは言い過ぎだった。気になっている・・。
なんてアホな事を考えて気恥ずかしく思っていると。
「確定できました。やはりヒューストンです。宇宙センターの近くにある・・これはなんだろう?何かの施設かな?」
「場所まで特定できたのか?えっと、行けば分かるんだな?」
「分かります。・・え?俺も行くんですか?」
「当たり前だろ、なに言っているんだ!?」
「えーっと・・え、でも、ここでの監視、誰がやるんですか?3ヶ月前からこのシステムを本当に理解できるのは俺しかいないっすよ。」
「前の担当・・部署替えになったヤツは何処にいるんだっけ?そいつをおまえの代わりに置く。」
「え・・そんなこと出来る・・」
「今は非常事態だ。なんでも出来る。総理のお墨付きだ。」
「あ、なるほど。じゃあ、総務局の樺山さんと井沼さん、すぐに呼んでください。そんなに時間はかかりません。ざっと引き継ぎします。」
私はすぐに総理に連絡し、さっきの二人をこちらに向かってもらうよう依頼した。
「町田君、防戦省の第三情報部隊にいる須山という人間を訪ねてくれ。それと、CIBのケインにも連絡しておきなさい。分かっていると思うが、これはあくまでも外部へ漏らしてはいけない秘匿行動だ。それをケインにも説明しろ。いいな。」
「総理は・・?」
「俺が動くと、いろんな組織が嗅ぎつける。須山はSBに恩義を感じているヤツだ。武器の取り扱いにも習熟している。町田君と武島君を守るには最も適した奴だと思う。あと、俺はヘキサゴンのジェイカル将軍に連絡しておく。」
私は、話している最中にふと思いついた。
「総理、大山さんを連れて行ってはどうでしょうか?」
「大山さん?・・・なるほど、もしSBが自ら抜け出せないというのなら引っ張り出すということか?」
「ええ。万が一を考えると、その方がいいかと。」
「わかった。そうしてくれ。部長には俺から話しておく。じゃあ、すぐに動いてくれ。」
それからの私は、正に疾駆の如く動き回った。日本の官邸に防戦省、それにアメリアのCIBに同国防局が共同で動くのだ。我知らず昂揚してくる自分がいた。同時に、なんとしてでもSBを救い出す、そんな決意にも似た思いで全身に力が漲ってきたのだった。
須山さんに連絡すると、話は聞いている、3時間後に所沢の航空自衛局まで来られたし、ということだったので、簡単な準備をして、めちゃくちゃ渋る大山さんを追い立てて、武島君も一緒に官庁の車両に乗り込んだ。
自衛局に着くと、話が通っていたみたいですぐに須山さん以下、いかつそうな男女達6名が待機しており、そのまま滑走路に準備されていた自衛局の飛行機に乗せられた。直接ヒューストンの空港に乗り込み、そこでアメリアの国防局と合流するらしい。
なんかハリウッドの大作スパイ映画みたい・・なんて思ってしまったのは誰にも言えなかったが。
さっきのレディとの電話で、この金属檻の周りにある物質の構造が何となくわかった。素粒子まではいかないが、無数の陽子と電子を超高速で回転させているようだ。おそらく水素ガスをプラズマ化し電子と陽子を分離させた状態なのだろう。それが高速でこの鉄の檻の周りを隈なく回転している。
なるほどなあ・・・大したもんだ。
だが、と、さっきの電話のことを考える。音声は音波だ。音波というのは通常は空気の振動によるものだが、この場合は電気信号を使っている。導線がないのなら、それは当然電磁波ということになり、それは波動であり粒子であり光子というエネルギーでもある。
光子か・・俺の精神生命体としての存在を光子に乗せることが出来るのだろうか?それとも電磁波の波に乗せる方が確実か。
レディが使った電話がどういう仕組みなのかは分からないが、回線が繋がったときのみ、俺のエネルギーをこの部屋から放出できた。
待てよ。波動なら、飛び回る粒子に阻害されることなくここを出られないか?もちろん高速でぶつかってくる粒子にバラバラにされる可能性もあるが、それでも出てしまったら修復すればいいのでは?
いや、それを陽子や電子レベルまで微細化することが本当に出来るのか・・。うーん、難しいなあ・・。粒子をコントロールするとか、それだけで莫大なエネルギーを使うしね。
しかし、あの電話の回線、どうやっているんだろう?たかが電話にそこまで知恵を使うものなのかねえ?何も考えていないとすると、やっぱり波動かな。俺、波動でも移動できるしね。彼らがそれを知らなかったとしたら・・・。リスク高いなあ・・止めとこ。
部屋の中を見回す。あれ?そう言えば小林君の体ってどうするんだろう?部屋の隅に酸素ボンベが幾つも置かれている。これで小林君が必要とする酸素は賄われるのだろうが、これでどのくらい保つんだろう?それに水分とか栄養分は・・あ、この点滴か。
そうか、敵さんが俺を捕縛したままにするには、この宿主である小林君を生かしておく必要があると考えているのかもしれない。そうでなければこんな面倒なことをする訳がない。
なんて事を考えていたら、突然、部屋が動き出した。
うん?いったい何処に移動しようと言うのだろう。分からんなあ。
まあ、慌ててもしょうがない。ここは寝て待つとするか・・。
「大山さん!お願いします!あの中にSB様がいるんです。なんとか引っ張り出してください!」
私が必死の思いで耳元で叫ぶと、ようやく大山さんが本腰を入れてくれた。目を閉じて顔をぶるぶる震わせながら懸命に集中している。
数百メートル先では、既に発射台からロケットが爆音を立てて、今まさに飛び立とうとしている。凄まじい炎が周りの温度を一気に上昇させる。
周りを見渡すと、武島君や須山さん達、防戦局のメンバー、それに武装したヘキサゴンのメンバー、それにケインやトレッドまで緊張の面持ちで眼前で展開される状況に見入っている。
やがてロケットの速度が増し、少しだけ軌道を曲げながら大空を突き進んで行く。冷や汗がじわっとシャツを濡らす。徐々に小さくなるロケットを凝視していると、悔しさと悲しさで涙が浮かんできた。思い切って横を見ると大山さんは変わらず目を閉じて集中していたが、そのうち、一言、すまん、と言ってそのまま倒れ込んだ。
私は、大山さんを抱きしめながら泣いた。
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