第二部 国境なき正義 第九話
「え・・SBを・・確保したですって・・?」
レディの問いにオズワルド事務次官が答える
「ええ。もちろん公には出来ませんが、確かです。」
レディは真剣に何かを考えるようにしていたが、オズワルドを見て
「確保、って言ったわよね、いったいどうやって?」
「長年の研究の成果です。彼は精神生命体で誰にでも転移できます。ですが、今現在彼が寄生している宿主は実体のある普通の人間です。その人間ごと確保しました。」
「・・分からないわ。そんな方法があるのかしら?その宿主を拘束しても、彼はその体から抜け出せるんじゃないの?」
「NASEの先端技術を用いた特殊な金属のみで監禁室を作りました。そしてその周りを高速で回転する粒子で囲っています。精神生命体といえどもミクロ的には素粒子の塊に過ぎません。」
そう言うと、オズワルドはにやりと笑い、
「彼はあそこから永遠に出ることはできません。」と断言した。
だが、自信に満ちた言葉を発し満足げな表情のオズワルドを見ても、レディは不信と不安が頭をもたげてくる。
オズワルドは、言わばゲインチャイルド家の番頭のような存在である。トップにいる一族は公の場には一切顔を出さないため、グループにおける揉め事や厄介事は全て彼の方で対処している。ケンブリッドを首席で卒業してすぐにアメリアに渡り、ウォール街で5年間研鑽したあとにまたこの家に戻ってきた。IQ170の天才であり、経済学者でありながら物理学者でもある、正にこの家にはなくてはならない存在である。年齢は30歳。いつも自信に満ちあふれ、それでいて思慮深く慎重でもある。その彼がこれだけ自信を持ってSB捕獲について話している。
だが、それでも、あのSBである。
そんな簡単に事を進めて本当に良かったのだろうか。もし、オズワルドの言うことが正しかったとしても、SBなら我々では考え付かないような方法で、どんな苦境でも脱してしまうのではないだろうか。もし、もしそうなったら、今度こそ私は終わる。
ゲインチャイルド家の組織は巨大だ。例え私がいなくなったとしても、全体からすればたかが知れている。
ひょっとすると私は、今回、グループの人身御供にされたのかもしれない。アメリアのジュディスが殺されてから嫌な予感はしていた。SBが出てきた時点で私たちはメルドシアから手を引くべきだったのだ。そうすればジュディスを失わなくて済んだし、マーケットとの繋がりも健全なままでいられた。それにアメリア議会での重要な発言権をも失ってしまったのだ。オズワルドのようなグループの若手は才能に溢れた逸材ばかりだが、その分、本当の恐怖というものを知らない。
私は、11年前、この目で実際にSBと宇宙船隊との戦いを見ていた。凄まじい戦いだった。彼は一人で堂々と正面から向かって行き、手や足を失ってもその都度再生して、一切怯むことなく敵にぶつかっていったのだ。普通の人間が、たとえそれがスーパーマンのようなとんでもないパワーを持っているとは言え、一人で巨大な戦艦を破壊し、大量のイナゴが空を真っ黒に染め上げてしまうような無数の戦闘艇を次々と破壊し尽くしていった。私が見ていたのは宇宙人とのヨーロップ戦線だけだったが、彼はその戦いを最低でも十数カ所で行っている。
現代は、驚くほどのスピードで変化している。技術も文化も次々と塗り替えられている。これを進歩というのか、進化というべきなのかは分からない。だが、我々ゲインチャイルド家が常にその中心にいることは間違いない。SBはそれを分かった上で、我々の世界に対する影響力を知った上で、体制にそれほど悪影響を及ぼさない範囲で我々にちょっかいを出してくる。
いわば馴れ合いのような趣もあったのだが、今回、我々はやり過ぎた。しかもあのSBを拘束しているとか、この家はどうなってしまうのだろう。
さきほど感じてしまった不安がどんどん大きくなっていく。やはり、あの戦いを実際に見た者とそうではない者とではSBに対する思いが全く違う。その証拠として一家のトップにいる連中は絶対に表には出てこない。彼らの全員かは分からないが、少なくとも私と接触があるマダムとミスターはSBのことを知っているし、その怖さも理解している。だからあの戦争以来、彼らは表には出てこず、オズワルドのような若手に殆どの業務において、全体の統治を任せているのだ。それとも、今回の件、SBの拘束に関してもトップの誰かが関与しているのだろうか。もしそうだったとしても私には知る由もないが・・。
そろそろ私も引き際なのだろうか。これまで好き放題やらせてもらった。多くの敵を潰してきたし、怨まれてもいるだろう。
どうもSBのことを考えると、悪い方向ばかりに向いてしまう。
「ねえ・・オズ。」
「なんでしょう、レディ。」
「SBなんだけど・・本当に大丈夫なのね?」
「はは、レディともあろうお方が何を心配されているのですか?私達、SB対策室のメンバーを信じてください。10年の歳月をかけ、我々の総力を挙げた計画だったのです。ゲインチャイルド家の威信をかけたプロジェクトと言ってもいい。失敗はあり得ません。」
「そうね・・。いえ、ちょっと弱気になっていたかもしれないわね。」
「それは・・わかります。ジュディス様のことがありましたからね。でも、彼女の無念を晴らすためにも今回のことは必要だったのです。」
レディはそれ以上の言葉を出せなかった。ただ、さきほど感じた不安は既にどうしようもない程大きくなっていた。
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