第二部 国境なき正義 第十二話

そう言えば、SBの宿主だった小林・・健吾さん、くんはどうしたのだろう?SBが宇宙の藻屑となってしまったと言うことは当然、彼もこの世には存在し得ないということになる。

えっと、何処だったっけ?確か○○市立青山高等学校だっけ?

そうだ、そうだ。ちょっと確かめてみようかな・・念のため、念のためね。

私は午前中で官邸の仕事を終えて、一人で青山高校に向かった。

今の学校法人は生徒の親でさえ身分証明書が必要であり、且つアポイントメントがないとまず校舎の中には入れない。まあ、こんな危ない世の中だ、当然と言えば当然である。ただ、私が持つパスは総理官邸のもの、それも内閣調査室のもので何処であろうがこのパスを無視することは出来ない。これさえあれば、何処にだって潜り込める。

私は門扉の横にある守衛所のおじさんに声をかけ、2年生の学年主任との面会を依頼した。守衛のおじさんはかなり戸惑っていたようだが、そう待たせられることもなく、中に入れてくれた。校舎に入り、教えられたとおり下駄箱のある場所を左に進むと職員室があった。そしてその奥に応接室があり、私が指定されたのはC応接室だった。A,B,Cで何か違いでもあるのかな、と思っていたが、C応接室はごく普通の部屋だったので、少し安心してソファに腰掛けた。このパスを見せると、たまに特別な人しか入れない豪華な部屋に案内されることがある。そういうのは、私は苦手だ。

しばらく待つと、中肉中背の目に険のある40代半ばくらいの男性が入ってきた。

「お待たせしました。2年学年主任の若林と言います。町田さんとおっしゃいましたか、まずはご用件をお伺いしても?」

あー、嫌いなタイプだわー、こいつ。

よく見ると、そのくらいの年にしてはかなり頭が薄くなっている。あと、膝の上に置いた手の甲には毛がみっしり生えていた。性欲、めちゃくちゃ強そう。苦手だわー、ほんと。

「内閣調査室の町田です。お忙しいようですから手短に。こちらに小林健吾さんという生徒さんが在籍していると思いますが、今日は出席されていますか?」

「ああ、小林君。ええ、出席していますよ。それがなにか?」

「これまでに長いお休みとかはなかったですか?」

「・・・先に理由を教えて頂けませんか?本人のプライバシーに関わることでもありますしね。」

「今は理由は申し上げられません。」

「そうですか・・。それならもうお話することはありません。お引き取りを。」

「分かりました。それではまた改めて参ることに致します、若林さん。」

私が素直に席を立つと、若林は少し慌てたように

「も、もうお帰りですか?」

「ええ。帰れと言われましたので。しかし、若林先生は内閣の名前を出しても全く怯まず、情報提供を頑なに拒絶された、調査室にはそう報告させて頂きます。それでは失礼。」

私が応接室を出て行こうとすると、

「ちょ、ちょっと待ってください。今の最後の言葉は脅迫のように聞こえたのですが?」

「脅迫?何をおっしゃられているのか分かりませんね。その内ポケットにある小型録音機を再生して確かめてみてください。私は、私の仕事をし、それを忠実に私が属する部署に報告する。それがどうして脅迫になるのでしょう?」

「あ、あなた方、官僚はいつもそうだ。そうやって他人の意見など聞かずに独善的に物事を進めていく。特に総理が今の江橋になってからは一層酷くなっている。だいたい・・」

「あ、言い忘れていましたが、私もこの会話は録音しています。一応、お伝えしておきますね。今度こそ失礼します。」

若林はまだ何か言っていたが無視して退出し、守衛所まで戻った。

「申し訳ありません。さきほどの町田ですが・・」

人の良さそうな守衛さんは、

「あ、はい。どうしました?」

「若林先生にお会いしたのですが、帰れと言われてしまいまして・・さすがにこのまま帰ると総理に叱られますので教頭先生か校長先生にお会いできるか聞いて頂けますか?」

私が情けなさそうな声でお願いすると

「え?帰れ、だって?あんた、あの人を怒らせちゃったのかい?」

「いえ、こちらはそんなつもりは全くなかったのですが・・でも、私がいけないんでしょうね・・・。わかりました、帰ります・・どうしよう、総理や大臣に怒られる・・」

守衛のおじさんは、少しだけ考えるようにしていたが、

「・・聞いてあげようか?良かったら・・教頭先生の方がいいかな・・ちょっと待ってて。」

いや、別に、この人の良さそうなおじさんを籠絡しようと画策したのでは決してない。ただ、自分が置かれた立場をそれとなく伝えただけである。とにかく、そういうことにしておく。

「教頭が会ってくれるってさ。えっとね、さっきの応接Cは嫌だろうからBにしようか。予約入れとくよ。」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

私が満面の笑みで感謝すると、

「・・若林先生ねえ・・。ここだけの話だけどね、あの人、評判悪いんだよね。なんて言ったっけ・・あ、そうそう、日師組だ。あの人、日師組の結構偉い人みたいでね、なんか色んなことに食ってかかるんだよねえ・・。生徒からも親からも評判があんまり良くないんだけど、なんせ日師組がバックにいるからさ。下手なことしようもんなら、大勢で詰めかけてきてそりゃ大騒ぎになるんだよ。やれ日の丸はダメだとか国歌は歌わせないとか・・その癖、華国やハングル国のことは褒めちぎるしね。どうなってんだか・・」

なるほどね、まあ、そうじゃないかなとは思っていたけど、やっぱりね。そりゃ江橋さんを嫌うわけだ。安心してください江橋さんも日師組のことは大嫌いですよーだ。

私は守衛のおじさんに何度もお礼を言ってから応接室Bに向かった。

橋爪という教頭は、なんだか一癖も二癖もありそうな、何を考えているか分からないような男だったが、きちんと対応してくれた。

教頭によると、小林君は以前、一月ほど病欠したらしい。しばらく意識がなかったとのこと。ただ、驚いたのは、その連絡が彼の親ではなく自衛局の須山さんからだったそうだ。

何故、須山さん?というか小林君って、宇宙に飛ばされたんじゃなかったのか?

うー、分からない。今から須山さんに会いに行くか。どっちみちこのままだとイライラが募ってどこかで爆発しそうだし。

うん、決めた。航空自衛局というと所沢かな?それとも本部?

あ、そう言えば私、須山さんの携帯番号聞いていたわ。

さっそく須山さんに電話して、アポを取ろうと思ったが繋がらない。どうしよう・・江橋総理に聞いてみるか・・なんか嫌だな、未練がましいと思われちゃうかも・・。ま、いっか。実際未練がましいしね。

翌日、私は江橋総理に会いに行った。

「お、町田君、もう元気になった?」

「あ、はい、おかげさまで・・」

「面白いことを言うね、誰のお陰で元気になったの?」

「・・えっと、今日はそんな面倒な言い合いは遠慮しておきます。」

「なんだ、つまらんな。それで、どうした?」

「SBさんが寄生していた小林君なんですが、しばらく休養したあと、今は復帰しているそうなんです。これって、どういうことなんでしょう?彼はSBさんと一緒に宇宙に飛ばされたのではなかったのでしょうか?」

江橋総理は少しだけ考えるようにしていたが、

「そうか、小林君はもう登校しているんだね。それは良かった。」

「はい。いや、そこじゃなくて・・。それで須山さんに連絡してみようかと思ったのですが、以前の番号には繋がらなくて、」

「それで私に彼の連絡先を聞こうと思って来たの?」

「はい。それに、小林君、復帰するまで一月病院にいたそうなんですが、その病院というのが自衛局と契約していて、学校への連絡も須山さんからだったそうなんです。それで私・・」

「SBは死んだ。もうそれでいいじゃないか。」

総理が私の話を遮って言ってきた。ちょっとカチンときた。

「いい訳ないじゃないですか?私は中途半端なことが大嫌いなんです。SBさんに、もう会えないのは分かっています。それでも私はきちんとケジメをつけたい。」

すると総理は苦笑を浮かべながら、

「と、言ってるぞ。どうするんだ?」

は?なんだ、この人。これ以上私を怒らすなよ、とそのとき

部屋の奥にあるパーティションの裏から笑顔の須山さんが出てきた。

はあ!?どういうこと!?

「だから言っただろ?彼女がそう簡単に諦めるはずがないって。」

「江橋君の予想が当たったね。ごめんね、町田嬢。」

声は須山さんのそれだったが、すぐにわかった、SBだ。

やばい、感情がもうめちゃくちゃだ。怒り、喜び、悲しみ、苦しみ、様々な感情が一気に吹き出してきて、気付いたら私は須山さんに思い切り抱きついていた。表面は須山さんなのに、私はその中のSBを抱きしめるように離れることが出来なかった。

須山さんは、もういいや、SBは珍しく文句を言うわけでも皮肉っぽいことを言うこともなく黙って私を抱きしめてくれ、おまけに頭まで撫でてくれた。私は段々悔しくなってきたので、流れ出る涙と鼻水をSBの服で拭いてやった。SBは、一瞬、あっと呟いたがそのままでいてくれた。

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