第二部 国境なき正義 第七話
「来ると思って待っていたよ」
「そう?なんか嫌だな、そう言われると。」
「まあまあ、いいから入ってコーヒーでも飲みなさいよ。」
「・・わかったよ。」
「SB特製ブレンドだよ。何となく来そうな気がしてたから用意させた。」
「・・もしかして連絡あったのか?」
江橋は笑って、
「ロンドンの拠点をぶっ潰すって?向こうは珍しくビビっていたよ。」
そうか、そうきたか。何というか、さすがレディと言うべきか・・俺の行動が読まれている。まあ、事実なんだからしょうがないけど。俺は取りあえず江橋君のすすめに従ってソファに座りコーヒーに口を付けた。
「相変わらず美味いなあ、これ。で、誰から連絡あったんだ?」
「将軍だよ。直々にね。」
「そうか・・。決して表には出てこない、ってか。なんか気にいらないな。引きずり出してやろうか・・。」
「それも面白そうだけど、まずは将軍の憂いを払拭して上げた方がいいんじゃないか?」
「えーっ、なんで俺が?」
「SBしか出来ないからに決まっているだろ。向こうは仮にも世界最強のアメリア軍部のトップだ。このままだとまずいと思うんだがな。」
江橋が言うことも分からないではない。ただでさえレディが所属するあの連中に権力が集中し過ぎている。少なくとも軍部まで影響が広がるのはかなりまずい。パーティンや、特にムジェコフがどこまで操られているかは分からないが、好き放題やられ過ぎているような気もする。
「・・わかったよ。でもさ、ここに来る前、向こうに飛んでいったばかりなんだ。ちょっと疲れたし・・。」
「ハワイー辺りで会ったらどうだ?あそこなら将軍も視察という体裁が取れる。」
「そうだな・・。考えとくよ。向こうにはあんたから連絡入れておいてくれ。」
江橋が満足そうに頷いた。
「それと、アメリアの将軍ほどの人間が操られているんだ。それを解除するためには相応の対処が必要になってくる。そうなると恐らくだが一時的にダルが暴落するかもしれない。その辺は我慢して国内に所有しているダルはそのまま持っていてくれ。」
「分かっている。財政省や農林省、総務省には俺の方から釘を刺しておく。」
「うん、頼む。まあ、どうなるかは分かんないけどね・・なんだか色々動いたら腹が減ってきた。あ、そうだ、飯でも食いに行こうよ、なんか美味い肉を食いたくなってきた。」
「いいね。あ、そうだ。町田嬢も呼ぶかい?」
「・・それ、ハラスメントにならない?彼女には苦労掛けっぱなしだからさ。」
「なんだ、分かっているんだ。じゃあ、ちょっとは労ってあげなよ。」
「わかったよ。でも、彼女が拒否したら、無理に誘うなよ。」
そんな訳で、官公庁御用達のステーキハウスに3人で出かけた。
町田嬢は、アルコールが入ると性格が変わる。俺に対する遠慮がなくなり話していて楽しいのだ。
「やーっぱり、なんかあったんですね-、え・ば・しさあん。なにがあったんですかあ?ねえねえ。」
町田さんが江橋に絡み出した。
「俺に聞くなよ、SBに聞きゃあいいじゃない。」
江橋が顔をしかめ、面倒臭そうに返す。
「え~、SBさん、怖いんですもん。聞けないですよー。」
「あーあ、せっかく教えて上げようと思ったのに、そんなこと言うんなら教えない。」
と、俺が笑いながら言うと、
「ほらー。すぐ、そんなイジワル言うー。ねえ、江橋さん、江橋さんから言ってくださいよー。私の言うことなんか全然聞かないんですよ、この人。」
堪えきれずに江橋が声に出して笑い出した。
「あのなあ、世界広しといえど、SBに向かってそんな事言えるの、町田さんだけだよ、分かってる?」
「えー、そんな事ないですよー。それに私、なんか失礼なこと言いましたっけ?SBさんに」
「いや、失礼なことなんか言ってないよ。町田さんはいつも俺に優しいしね。」
「え・・今、なんか私、褒められた?ねえ、江橋さん、SBさんが私のこと、優しいって・・・。」
と、町田嬢、今度はそのまましくしくと泣き出した。
本当にこの子は飽きないし、ずっとこうやって見ていたい。
まあ、酔っている時だけね。
しばらくして、町田嬢がテーブルに突っ伏して寝入ったころ、
「で、どうするの?ロンドン。」
江橋が町田嬢に自分の背広を掛けながら聞いてきた。
「うーん、頼まれたんでしょ?止めてくれって。」
「まあな。でも、そんなこと気にするあんたじゃないだろ。好きにすればいいさ。」
と言ってグラスを空け、お代わりを頼んだ。
「そうだなあ、まずは将軍と話をしてからかな。あの人とあいつ等にどんなしがらみがあるか知らないが、それを先に片付けようかと。ロンドンはそれ次第にするよ。」
「その次第、によってはロンドンだけなくてワシントンも、ってこともあり得るのかい?」
「あるだろうな。もちろん、市場を疎かにすることはないし、出来るだけ影響が少ないようにはするつもりだけどね。」
「うん、そうだな。それにしてもあの組織は、大きくなり過ぎた。まあ、粛々と金儲けだけやっていれば特に大きな問題にはならなかったのだろうけど、いろいろ手を広げすぎたな。」
「江橋君も財政省には随分苦しめられたみたいだもんな。」
江橋は、自嘲気味に笑いながらグラスを傾けた。
「まあ、そもそも蔵省から変わるときに止められなかった我々内閣の責任だ。いつかは誰かが煮え湯を飲まなきゃならん。それがたまたま俺だった、ってだけのことだ。」
「ふ・・損な役回りだな・・」
「そりゃお互い様だ。」
目が覚めてから、結構慌ただしく動き回って疲れていたが、二人のお陰で随分と楽になったような気がする。
将軍のこと、華国のこと、北ハングルのこと、それに以前からの懸案事項であったアフリカの問題。
やること、結構あるなあ・・。
まあいいや。今日は楽しもう。町田嬢は寝ちゃったけど。
ジェイカル将軍とは3日後に予定どおりハワイーの基地内で会うことになった。
その前にふと思い出す。この小林君のからだ、メルドシアから帰ってからずっと使っているけど、大丈夫かな。なんかこの体、どんどん強靱になってきてるような気がする。それにわずかの期間で少し大きくなってるし。まあ、悪いことじゃないからいいか。俺もこの体、かなり慣れてきたからそのまま使わせてもらおう。
ポールハーバーの基地の前に降り立つと、すぐに警備兵が駆け寄ってきた。うん?と思っているとその2名の警備兵は俺の目の前で立ち止まり敬礼をしてきた。俺が同じように返すと
「ジェイカル将軍から伺っております。将軍は既に中でお待ちですので、ご案内しても宜しいでしょうか?」
俺は了承して警備兵に着いて基地の中に入っていった。
本館の応接室に入ると、警備兵が言ったとおり将軍がソファに腰掛けて待っていたが、俺が入室するとゆっくりと立ち上がった。
俺の姿、高校生の姿を見て少し戸惑ったようだが、恐らく江橋君に前もって聞いていだのだろう、すぐに姿勢を正し頭を下げた。
「先日は大変失礼した。謝罪する。」
「頭を上げてください、将軍。まずは座りましょう。」
「いや。ミスターSBとの約束を反故にしたのだ。普通ではあり得ない話だ。近日中に将軍職を辞するつもりでいる。どうかそれで許してほしい。」
「それは未だ駄目ですよ、将軍。仮に貴方が辞めたとしても次の人も恐らく貴方と同じような境遇に置かれる。ここである程度の決着をつけないとどうしようもない。それはおわかりでしょう?」
将軍はじっと俺を見ていたが、
「そうだな・・確かに君の言うとおりかもしれない。だが、どうすればいいのか、情けないが皆目見当が付かない。」
「ヘキサゴンに関わること、追加の修正予算案だね。それをあの人達に握られている。」
将軍は驚いて言葉が継げなくなった。
「民政党・・かな?ジュディス・フォード議員。」
「き、君はなぜそこまで・・。」
「繋がりが深いからねえ、あの人は。レディともブラックマーケットともさ。半分くらい減らされるって言われた?」
「いや、そこまでは・・30兆円減らすと。それだと我がアメリア軍は壊滅します。」
「30兆かあ・・。そりゃきついね。でも、それだけじゃないよね?」
「・・・」
「お孫さん、かな?」
「・・どうやら君に隠し事はできないようだな・・。」
「あんたのお孫さんの心臓移植の件だな。」
「・・そうだ。もう半年以上ドナーを待っている。」
「違法な手段もある、というのに、それを使わないのはあんたの誇りのためか?あんたの手前勝手な自己満足のためか?」
「もちろんそれはある。だが、ここで私が向こうのオファーを飲めば、これからずっと我がアメリア軍はあいつ等の傘下に下ってしまう。取り返しようのない、汚点を残してしまうのだ。」
ジェイカル将軍が苦しげに顔を歪める。
「・・・正直に言うと、まだ迷いはある。」
「そうか・・つらい立場だなあ、あんたも。」
だが、それでも必死の思いでアメリアを守ろうとしている、その気概は理解できる。さて、まずはジュディスとか言う腐った奴を何とかしないとな。まあ、当然だけど、裏にはレディがいる。
面白い。おまえは完全に俺を怒らせた。待ってろよ。
「将軍、この件、俺が預かる。手術を予定している病院は分かるか?」
「いや、向こうはそれさえも教えてはくれなかった。」
まあ、当然と言えば当然か。病院が分かれば、担当医もわかる。もちろん肝心の心臓がどこから来るか、という問題は残るがそれでもある程度は推測ができるだろう。
ま、何とかしよう。俺は精神生命体なので、いや、なのに、かな?とにかく何故か世界中のネットワークに侵入できる。それがどれだけセキュリティが厳しかろうと、痕跡を一切残さずにそれが出来る。
まあ、ここはあまり突っ込まないでほしい。出来るものは出来るんだからしょうがない。知ってるのは江橋君とスタンリーさん、それとインダのメヒデアさんくらいだけどね。
「手術は、いつを予定している?」
「来月だ。来月の10日に手術の予定だ。」
「わかった。あんたは何もするな。あいつ等が何か言ってきたら素直に従え。いいか、絶対に嘘を吐いたり誤魔化したりするな。あいつ等はあんたの下手な演技なんか一発で見破る。例え無理難題を言われても、渋々でもいいから従うんだ。」
将軍は戸惑っていたようだが、俺の顔を見るとゆっくりと頷いた。
「そうだ。あんたがここに来ることはあいつ等は知っているんだよな。」
「いや、一応、本当に視察が必要だったからな。特に何も言ってきていない。」
「そうか・・それでもあいつ等の情報網を甘く見ない方がいい。
いいか、俺と会ったことは、最初は言うな。それで更に突っ込まれたら話してもいい。そうだな・・予算のことは言わずに孫のことだけを言えばいい。向こうにしたって病院名も分からないのだ、いくら俺でもどうしようもない、と思うだろう。メルドシアのことは片が付いたし、レディへの警告もやった、もうこれ以上俺に迷惑をかけることはない、と話した。そう言えばいい。それでロンドンのことを頼んだら一つ貸し、ということで納得してもらったと。」
将軍はしばらく考えていたが、納得したのだろう、ようやく了承した。
「じゃあ、俺はまず病院を当たって、あと心臓も何とかする。お孫さんの名前は?」
「ヴィック・・ヴィクトル・クランキーだ。11歳になる。」
「わかった。いろいろ困らせて悪かった。」
「い、いや、とんでもない。こちらこそ手数をかけて申し訳ない。」
「いや。それと最後に言っておくが、俺はアメリアの今のあり方に不満はないし、あんた方アメリアの軍部に対してもこれまでと同じでいいと思っている。ただし、膿は出し切らないとダメだし、その汚れ仕事をするために俺がいる。頼れるときは頼れ。いいな。」
俺はそれだけ言い残して席を立った。なんか思わずかっこいい事言っちゃったけど、実際には頼ってこないでね、と願ってしまったのは誰にも言えない。
病院は何とか突き止めた。そうなると担当医も分かったし、ドナーのルートも掴んだ。もっともそちらの方はそこの理事に優しく聞いたら教えてくれたのだが。
メルドシアからだった。おそらくだが、これはムジェコフが知らないところで動いている。兵器ビジネスにラバトアの国力減退とパーティンの退場、副産物として臓器か・・。もちろん、あいつ等の得意な株価変動によるキャピタルゲインも膨大な額になるだろう。
戦争ビジネスねえ・・確かにその全てをコントロール出来るとすれば、これは笑いが止まらないのだろうな。戦死者がドナー登録をしていれば、臓器提供は合法だし誰かに文句を言われる筋合いもない。
だが、それを独占することで更に制御できる人間が増え、あいつ等に逆らえない人間が増えるということに繋がる。
なかなかえげつない事をやっているな、と思う。戦死者の臓器とそれを提供する便宜、グレーなのだろうが違法とは言いがたい。
取りあえず、ヴィクトルの移植手術は明日には敢行されることになった。既にドナーからの心臓は届いていたからね。
さて、ヴィクトルの手術が無事に終わったら次のステップにいきますか。まずはジュディスだな。女性に暴力は・・とも思うが今回ばかりはしょうがない。それに彼女には見せしめという大事な役割も担ってもらわなければならない。
一旦日本に帰ろうかとも思ったが、先日会えなかった大統領に会いに行くことにした。まあ、たいした話はないんだけどね。
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