第二部 国境なき正義 第六話

このまま華国に入ろうと思っていたが、少しだけ気になったのでCIBのケインに電話をしてみることにした。

「あ、ケイン?SBだ。」

『は、はいっ。ケインです。ミスターSB、あの、なにか?』

「うん、メルドシアとラバトアの件、片付いたから。」

『・・えっ?片付いた・・って、あの・・どういうこと・・』

「終わった、ってことに決まってるじゃん。もう戦争は終結した、そういうこと。」

『本当ですか?え・・本当に終結したと・・いや、ミスターSBが嘘でも冗談でもそんな事をおっしゃらないのは分かっていますが・・。』

「うーん、気持ちは分からなくもないけどさ、もう終わったから、それでね・・」

『あ、はい』

「そっちの方、大丈夫だよね、せっかく上手くまとまったのに、余計な横やりとか入れてこないかな、と思ってさ。」

『・・えっと・・・』

「・・ふうん、やっぱり何かあるんだね?」

『いえ、その、なにかあるとかではなくて』

「なに?はっきり言ってくれないと俺、怒っちゃうよ、これでも苦労したんだからさ。」

『・・・』

「わかった。じゃあさ、俺が話すから、イエスなら沈黙、ノーならノーって言葉に出して、いい?」

『・・・』

「ヘキサゴン(アメリア国防省)だよね、そうだな、あそこのジェイカル将軍か・・」

『・・・』

「大統領もそのこと、知っているんだよね」

『いいえ、大統領はご存じありません』

「へえ、知らないんだ。ケインのところは?知ってるの?」

『・・・』

「そうか・・CIBは知ってるんだ。ということは当然だけど、NSBも知っているということね」

『ごく、上層部だけです。トレッドはおそらく知りません。』

なるほど・・。アメリア大統領でさえハブられ、CIBの上層部とヘキサゴンの、それも上層部しか知らない企みがある。こりゃあれだな。ブラ・・ホワイト・・だな。

うーん、かなり面倒なことになりそうだなあ。

シャーリー・ガリントス、通り名は“レディ”。

まあ、簡単に言うと国際金融組織の大ボスってやつ。尊大で傲慢で自信に満ちた、恐ろしく頭の切れる女。議論では俺でも勝てそうにない。

「そうか、わかった。レディだな、後ろにいるのは」

『・・・分かりません』

そりゃそうだろう、一介のCIB職員がレディの存在など知るはずがないし、例え知っていたとしても口に出せるわけがない。

俺にしたって、もうこれ以上の面倒事はごめんだ。戦うにしても、こちらにも相応の準備ってものが必要だ。まあ、特にあくどいことをしているわけでも・・・うーん、そこは何とも言えないか。

「ケイン、いろいろありがとう。この借りはそのうち返すよ。」

『いえ、お役に立てたのなら良かったです。それでは』

取りあえず、俺はジェイカル将軍に電話を・・と思ったが、やっぱり直接話すことにした。

俺は一旦、日本に帰って町田嬢にことの顛末を伝えなければならない。まあ、町田嬢のことだ。快く些事含めて承諾してくれるだろう。



「・・そうか、終わったのか、本当に」

江橋首相が溜め息交じりに言った。

「はい。SB様がそう首相に伝えてほしいと、おっしゃっていましたので間違いないかと・・」

「そうだね。彼が言うのなら間違いない。だが、どうやったのかは興味がある。彼のことだから、マスコワが半分くらいは崩壊するのかと、かなり心配していたのだが・・。そういうこともなかったみたいだしね。」

「はい。しごく穏便に終わったようです。ただ・・」

「ただ?なんだ、気になるじゃないか。」

「いえ、終わらせる際の条件と申しますか・・。クレミアとハルキオはロシア領になったようです。まあ最後は、さきほど首相が言われたように、24時間以内に全軍をメルドシアから撤退させないとマスコワを半壊させると。」

江橋は、ぎょっとしたが、少したって笑い出した。

「・・すまん、すまん。SBらしいなあと思ってね。だが、よくそれでラバトアもメルドシアも引いたな。」

「それはSB様ですから・・。ヨーロップ連合のスタンリー事務総長が動いて、連合国全ての国がメルドシアへの支援を断ち、華国もラバトアとの全ての取引や支援を断つようにしたようです。」

「なるほどねえ・・。やるな、SB。まあ、クレミアはもうずっとラバトアが支配していたしハルキオも住民は殆どがラバトア人だからな。落ち着くべきところに落ち着いた、そう考えてもバチは当たらないんじゃないか?」

「はい。おっしゃるとおりかと。これで私もぐっすり寝れそうです。」

「そうだな。ご苦労だった。まあ、私はもう少し本件を見守ることにするよ。まだ完全には片が付いたとは言えないかもしれないからね。」

「え・・」

「はは、大丈夫だよ。ここからは、もし必要になるなら私の仕事だ。君は安心して休んでももらって構わない。」

町田は、ふと江橋を見る。この人だけだ、私が心から信頼し頼ることが出来るのは。総理は言った。ここからは私の仕事だ、と。

あの部長とか、他の大臣達にも是非、首相の爪の垢を飲んでほしい。国家の責任者はこうあるべきだ。

あのSBが、この人を信頼しているのが分かったような気がした。



こういう時、瞬間移動とか出来たらなあ、とか思ってしまう。

俺は気流を操作して音速以上で飛ぶことが出来る。もちろん風圧を防ぐために体全体に強力な空気膜を張っているのだが、それでも結構時間がかかる。日本からバージニオ州までだと、休憩無しで5,6時間、遅いと8時間もかかる。

途中でハワイーに寄って大きめのバーガーを食い、それからまた目的地に向かった。ヘキサゴンの建屋が見えてきたときには、出発後既に7時間も経っていた。それから10分もしないうちに正面ゲートの前に降り立ち、衛兵に要件を伝える。

また大騒ぎになると面倒なので、NSBのトレッドを通じて面会の希望は出しておいたから大丈夫だと思う。ま、向こうの都合は聞いてないけど。

さすがにヘキサゴン。俺が上空から降りてきたのを見ていたのだろう、一切疑うことなく、すぐに施設内移動用のカートを用意してくれ、そのまま本館に向かってくれた。

悪戯心で運転してくれている兵士に

「君、俺のこと知ってる?」

と聞いてみたら、びくっとして、イエッサーという大声が返ってきた。

あ、これは世間話ができる雰囲気じゃないと思い、そのまま黙っていると、

「な、なにかご機嫌を損ねるようなことを申し上げましたでしょうか?」

と、また大声で聞いてきた。

まあ、若くても軍人だ。昔のことも伝え知っているだろうし、俺への処遇が徹底されているのだろう。ラバトアとはえらい違いだ。

「気にするな。ちょっと考え事をしていただけだ。気を遣わせたならすまん。」

運転手は何故かしきりに恐縮しながらも、運転はしっかりしており、よく訓練されていることが分かった。

そのまま本館の玄関まで案内してもらうと、そこには星をたくさんぶら下げ、きっちりとした軍服に身を包んだ中年の軍人が2名待機していた。

二人とも俺がカート車から降りて玄関に立つと、丁寧な挨拶をしてきたので俺も丁寧に返した。

「それで、将軍はどちらに?」

「はっ、それが緊急の打ち合わせがあり、現在は・・」

「俺は7時間かけて日本から飛んできた。将軍にはその前にNSBのトレッドを通じて知らせておいたはずだが。」

「は、はい。ミスターSBをお待たせするのは心苦しいと何度も口にしていましたが、どうしようもない事態になってしまいまして」

「それで、俺はどのくらい待たされるのかな?」

「・・そ、それは、私の口からはなんとも・・」

ジェイカル将軍が俺との約束を反故にするとか、あり得ないとは思う。だが、彼が唯一逆らえない人間がいるとするなら・・。

「そうか。電話の方が早かったのかもな・・。」

「は?いえ、本当に申し訳なく・・」

「・・まあ、貴方達に責任はない。だが、これは、許せない。」

途端に軍服二人が青ざめる。

「おそらく貴方達は口止めされているのだろうね。だが、将軍に連絡くらいは出来るでしょ?そうだな、こう伝えておいて。俺はこれから大統領に会ってくる。それが終わるまでに俺に連絡がなかったら、まず手始めにロンドンのとある場所とワシントンのとある場所を破壊する、と。それだけ伝えてくれればいい。わかった?」

二人は訳がわからず、それでも、分かりましたと言ってくれたので大丈夫だろう。

それだけ言うと、俺はホワイトハウスに向かって飛び立った。

うーん、あとでじっくりって思っていたけど、なんだかなあ、それにレディ一人潰してもなあ、あいつら懐が深いからね。それに一歩間違えると、世界の金融市場が総崩れになってしまう恐れだってある。そうなると世界中が不況に陥り大量の失業者と自殺者が溢れることになるだろう。だからこそ暴力だけで一気に叩き潰すことが出来ない。だが、それでもロンドンとワシントンの拠点を潰されれば、いろいろと困ることもあるだろうとは思う。それにそのくらいであれば恐らくすぐに修復できるだろう。

よし、決めた。取りあえず、この二カ所は潰そう。それも徹底的に。

飛んでいる最中に携帯が鳴った。ここ圏外じゃないのか、と思ったが、まあ向こうは軍だ。おそらく衛星を使って送信しているのだろう。

俺は速度を下げ、雑音を除去すると電話に出た。

「ジェイカルだ。」

だろうね。

「メルドシアとラバトアからは手を引く。」

「・・ほう。それで許されると・・俺は今、久しぶりに大いなる怒りを感じている。少なくともロンドンは潰す。ワシントンは見逃してやろう。」

「ま、待て、そんなことをすると」

「そんなことをすると、どうなる?」

将軍が、電話の向こうで沈黙する。

「あんた、将軍だろ?弱みを握られているのか、誰か人質にでも取られているのか知らんが、俺との約束を破ったらどうなるか分かっているだろう。それともレディはそれさえ分からないとでも言うのか?」

「え・・そ、それは」

「レディに伝えておけ。今度、影で何かしたら、問答無用で殺すと。レディとその家族や取り巻きも、何処に隠れようが、必ず見つけ出して全員殺すと。そのくらいのこと、俺なら簡単に出来ると分かっているだろう。そう伝えておけ。ロンドンは今回の償いだと思え。」

それだけ言うと、俺は返事も聞かずに電話を切り、電源も落とした。

正直言うと、将軍に言うだけ言ったので、だいぶ怒りは冷めてきている。どうしようかなあ・・・。江橋君、いるかな。もう大統領との話はいいや。

一旦、日本に帰ろうっと。

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