第二部 国境なき正義 第五話
「ク、クレミアをラバトア領ですって!?とんでもない。これは受け入れられません、ミスターSB。あそこは元々、我が領なんです。それを勝手にラバトアが・・」
翌日再開された打ち合わせでSBが概要を説明し始めると、すぐにムジェコが目をむいて反論してきた。
「うん、それは知ってる。でもさ、君んとこ、何もしなかったよね。クレミアをラバトアに奪われたあとさ。」
「な、なにを言ってるんです。数え切れないほどラバトアに特使を送り交渉を続けていましたし、ヨーロップ連合の皆さんからの支持も得ていました。」
「ふうん、で?」
「・・世界中の皆さんからも応援の声を頂いていましたし・・」
「だから、それで何とかなったの?何ともならなかったよね?」
「そ、それは・・・」
「もう12年、いや13年になるよね。ムジェコフさん。その間、君は何をしていたの?メルドシアとしてラバトアに、クレミアに何か具体的な働きかけをしたの?」
「・・わ、我々の国だけではラバトアに適うはずもないので・・」
「それでヨーロップに応援を依頼した。それで君は何をしたの?軍の先頭に立ってクレミアに行ったの?クレミアに常駐しているラバトア軍の誰かと会って話したりしたの?それとも、そいつらに殴り込みをかけたりした?」
「そんな事、出来るはずがないじゃないですか!?」
「うん?なんで?君が先頭に立ってさ、それでラバトア軍に突っ込んで行ってさ、半死半生の状態にでもなれば、或いは殺されれば状況は大きく変わったんじゃないの?そうすれば、さすがに腰が重いヨーロップも、そしてアメリアももっと堂々と動けたんじゃない?なにせ一国の国家元首がラバトアに殺されたんだ。おそらくラバトアは今より更に世界中の非難を浴びるだろうし、その余波は支援国にまで広がったんじゃないかな?」
ムジェコフは何か言いたげにしていたが、結局何も言えずに下を向いていた。
「政治家って、特にその中のトップってさ、それが最大の役割だよね、まあ、その調子なら分かっているみたいだけどさ。」
ムジェコフは、もちろん分かっていた。今更、何を話そうが、この人にとっては単なる詭弁にすぎなくなることを。たった一人で無数の敵に立ち向かい、たった一人でそれを殲滅し地球にいる70億の人々やもっと多くの生命を救った。相手が強いとか、こちらに武器がないとか関係ない。このSBという人はたった一人でそれをやり遂げたのだ。何かを言い返せる訳がない。
「それとさ、パーティンさん。」
パーティンはいきなりSBが向きを変えたので思わず身構えてしまった。
「メルドシアにいる同胞を助けるために侵攻したって言ってたよね?ハルキオとかさ、ドネツコとかなら分かるんだけどね、何故ケーウを攻撃したの?俺に、ウソを吐いたってこと?」
「は?いや、それは・・ケーウにいるロシア人からも救助の依頼があって・・。」
「それ、見せてくれる?その救助要請のメールとか手紙。もし電話なら録音しているだろうから、それ、聞かせて?」
パーティンが黙っていると、
「そこの人、そう、あんた、だよ。俺が今、大統領に話したこと聞いてた?さっさと持ってきてよ、それ」
「いえ、その、我々ラバトアの人間がケーウに行ったときに、現地のラバトア人から内々に依頼されまして・・。その、証拠となり得るものが、殆どない状態でして・・」
SBがパーティンの後ろに立っていた政務官をじっと見ている。しばらくすると部屋の温度が徐々に下がってきた。特にパーティンと政務官がいる場所が一気に冷たくなる。
「ま、待ってほしい、ミスターSB。彼が言ったことは本当なんだ。確かに、それだけじゃなく、単にメルドシアの首都であるケーウを叩けば早期に決着するだろうとの計算があったことも確かだ。それは認める・・・」
「・・俺が調べたところ、ケーウにおけるラバトア人の比率は16~17%くらいだと思う。にも関わらず、ラバトアはケーウを攻撃し、ケーウにいるメルドシア人を多数殺傷した。まあ、それが今回の戦争におけるそちらの戦略だってことは分かるが、少しやり過ぎたみたいだね。」
凍り付くほどの温度だった周辺が徐々に熱を取り戻してくる。
「メルドシアへの軍事支援及び補給は止めた。さっきスタンリーさんから連絡があってね。そう決まった。だから、メルドシアは今ある武器でラバトアと心ゆくまで戦えばいい。それと、ラバトア。華国との交易と補給なども全て俺の方で止める。もちろん北ハングルも同様だ。それとラバトアが行った、今回の戦争の目的から外れたケーウ攻撃を相殺するために、俺がマスコアにケーウと同等の攻撃をする。」
さすがに、これにはムジェコフさえも目をむいた。ましてやパーティンとその政務官は口角泡飛ばす勢いで何かを叫ぶようにしていたが俺は一切聞かない。
「俺がこの戦争を預かる、と言ったんだ。このくらいのこと、智略に長けたパーティンさんなら予想出来たんじゃないの?」
「ミ、ミスターSB・・さすがにそれは・・・」
「昔から言うよね。喧嘩両成敗って。あとは両国で好きに戦えばいい。ヨーロップもアメリアも、華国も、そしてもちろん俺も、もう一切両国には関知しない。好きなだけ殺し合ってくれ。それじゃあ、俺はちょっとマスコワをぶっ壊してくるよ。」
俺が席を立とうとすると、まずパーティンが先に動いた。
「マスコワにはどれだけの人間が住んでいると思う?あんたは罪もないその人達を殺そうと言うのか・・。」
パーティンの言葉にSBが冷たく笑った。
「俺ね、何カ所か戦場に視察に行ってきたんだよ。そこで何が行われていたか話してあげようか?」
やっぱり・・この男は行ったんだ、戦場に。私はそれを懸念して攻撃中止だけではなく、一部に撤退命令まで出した。
いったい、何を見てきたというのだ、SBは。もしかすると・・
「罪もない人達、ね・・・。まあ、いいや、それは聞かなかったことにして上げるよ。実は俺も罪のない人達が無為に死んでいくのは望んでいない。どうする?ケーウは既に攻撃されてしまって、もう取り返しがつかないけど、マスコワの方はこれからだ。」
SBはそれだけ言うと、じっとパーティンを見ている。
おそらく、何処かの馬鹿がとんでもない事をやっていたんだろう。そしてSBはその現場を見た。まずい・・これは本当にまずい。
パーティンが絞り出すように
「・・交渉・・の余地はある、ということか・・?」
「そうだね。24時間以内に、ラバトア軍がメルドシア全域から兵を撤去させたらね。で、それをもってこの戦争は終わる。あ、もちろん、クレミアとハルキオはラバトア領になるよ。まさか、この期に及んでムジェコフさん、あんた反対しないよね?」
「・・ドネツコはどうなる・・?」
「そこは少し時間をもらう。あんた達の言葉はもう信用できないんでね。俺が直接調べて判断するからさ。それまで俺預かりのエリア、とでもしといて。わかるよね?この意味。」
パーティンもムジェコフも、渋々といった体で承諾する。
「・・ミスターSB、アメリアも本当に大丈夫なんだね?」
「うーん・・・大統領にはちゃんと約束してもらったんだけどね。そうだね。パーティンさんの心配もわかる。あそこの軍部も結構わがままだしね。あ、それと、経済制裁解除は、そうだな、先に侵攻したラバトアに対してのペナルティだからさ、すぐに、という訳にはいかないかな。でも、そうだな、半年ってとこかな?それでいい?」
「・・分かった。」
「あ、さっきも言ったけど、華国はアテにしないでね。あの国はどうも信用できなくてさ。これが終わったら向こうに行って、ちょっと厳しめの躾けをしてくるつもり。」
パーティンはSBの言葉に眉をひそめて少し考えるようにしていたが、しっかりとSBの目を見て話し出した。
「・・ああ見えて、我々にとっては大切な友好国だ。お手柔らかに頼む。」
最後の最後でパーティンさんが男気を見せてくれた。元々は、肝の据わったいい男なんだけどね・・。ま、しょうがない。
「さて、じゃあ、今ここで戦争終結宣言をしてもらおうか。」
ムジェコフさんは、もう俺とは目を合わさなかった。いや、おそらく合わせられなかったのだ。彼も俺のヒントでちゃんと理解したのだろう。何故、俺が昨日、席を立つときにあんな事を言ったのか。
そして、あの後、ムジェコフが死ねば俺がラバトアを潰していたであろうことが。そうすればメルドシアは失った領土を完全に取り戻し今後一切ラバトアの脅威に怯えることがなかっただろうということが・・。まあ、今さらなので俺も敢えて言わないでいたが、彼はそれさえも理解したのだろう。これを機に、より為政者として頑張ってくれたら、俺はそれで構わない。
ビデオ撮影を準備する間、その場には各人の複雑な思いが複雑に絡み合い、そして複雑な溜め息が満ちていった。
ああ、国ってのは、本当に面倒臭い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます