第二部 国境なき正義 第二話

・・しんどい・・

これって思ったよりかなり面倒なんじゃないか・・?

俺はメルドシアのドミコフスキーとやらに憑依した上でメルドシアに出向いたんだけどね。

まずは連絡をくれたムジェコフ氏と会って詳しい話を聞いた。

それを踏まえた上で、今度はラバトアの大統領と会って、こちらでも詳しく話を聞いた。まあ、戦時中に当事国の大統領にすぐ会わせろと言っても、なかなか難しいかもな、なんて考えてたんだけど、これも一悶着あって。仲介した、軍事顧問の若い奴がふざけた事を言ってきて、おまけにその取り巻きが銃まで向けてきたので、一暴れするしかなかったんだ。銃って、相手を確実に殺せる武器で、それは取りも直さず完全な殺意を俺に向けてきたってことだからね。そりゃ全員、返り討ちにしちゃうよね。騒ぎが大きくなってきたので、もう面倒になってラバトアの軍事施設とか国会議事堂とか全部壊しちゃおうかな、と思って動き出したら、慌てふためいた大統領補佐官という人が出てきて。地面に百人近くが倒れている場面を見て真っ青になって、すぐ大統領につないでくれた。

最初からそうしろよ、と殺気を込めてその補佐官に言ったら気絶しそうになったので、それ以上はやめておいたけどね。

その代わり全体放送で、俺と3秒以上目が合ったら死ぬよ、って流してもらった。それでも俺はかなり頭にきていたので、こちらを睨んだり、害意や殺気を向けてきた奴等は全員始末していった。このままだと、大統領でさえ始末しかねないと、もう俺自身制御が効かなくなりそうな時に、タイミングよく町田嬢から連絡があった。

懐かしい日本語の聞き慣れた声に、俺はすうっと憑き物がとれたみたいに心が安定して、優しく応じることができた。

たいした用ではなかったが、町田嬢はしきりに恐縮していた。

でもね、町田嬢、君はもしかするとラバトアを、ラバトアという国家を救ったのかもしれないよ。言わなかったけどね。言うと、また町田嬢の胃薬の量が増えることは自明だし。

あとでCIBとNSBからも連絡があると言われたときは、ちょっとムッとしたけどちゃんと我慢した。まあ、ケインもトレッドも悪い奴ではない。あいつらも町田嬢と同じく頑張ってくれているしね。

そういうわけで、俺はなんとかラバトアのパーティン大統領との面談にこぎ着けることができた。


ラバトアとメルドシアは、元々サラン連邦国の一地域だった。

サラン連邦は、広大なエリアに点在する多数の周辺国家を併合した統一国家だったのだ。

そのサラン連邦が崩壊したのち、10カ国以上の独立した国家として分割されたのだが、メルドシアもラバトアもその中の一つだった。

そもそも同じ国家といっても、民族や宗教、宗派、気候や風土、それに国民性や気質まで異なるバラバラな国家の寄せ集めである。

それを首都マスコワ主導で思想と暴力と厳しい規律とでまとめ上げてきたのだ。

サラン連邦崩壊とともにそのくびきも失われ、そこにヨーロップ諸国やアメリヤと言った先進国が口を出してきて、1年以上、混迷が続いた。

その後、ようやくそれらを乗り越えて何とか国境線も決まってきたのだが、それぞれの国にはずっと不満が燻っていた。

そりゃそうだろう。どの国にも欲がある。

化石燃料や鉱石、農業に適した土地に水産物が豊富な海洋域等、今後の大きな利権や国家の趨勢そのものに繋がる重要な事柄をさっさと決めてしまったのだ。お互いに腹に一物抱えながら生きてきたのも無理からぬこと。

ラバトアとメルドシアは隣り合っているから余計にそうなる。しかもラバトアはサラン連邦健在時のマスコワという首都を擁しているため必然、国力もありサラン時代に溜め込んだ膨大な軍事力もある。それにメルドシアの国民は、サラン時代にマスコワ主導で何度か地域全体が滅びそうな憂き目に合わされたことを決して忘れていない。

メルドシア内にはその住民が殆どラバトア人である地域がいくつかあった。場所によっては90%以上がラバトア人というところもあるくらいだ。その地域にはラバトアに帰属したいと切望している人達も多数存在していたが、メルドシアとしたらそんな事を許せるわけがない。メルドシアの過激なメンバーがその地域まで出向き、住民を虐げたり、時によっては殺害したりする事件も多発していたため、メルドシアに住むラバトア人は常に恐怖と隣り合わせにいた。

そこで立ち上がったのがラバトアだ。メルドシアに住む同胞を救うためにその地域に侵攻し、且つそこをラバトア領とするべく宣言したのだ。

だが、メルドシアからしてみたらとんでもない話である。

あれだけ過去にメルドシアを苦しめてきたラバトアが、今また昔と同じような事をしてきたのだ。ああ、そうですかと、どうぞどうぞ、と引き下がることなんか出来るはずもない。

それにラバトアはその地域にとどまらず、勢いに任せて更に占領域を拡大しようとさえしている。

純粋な武力であればラバトアの方が圧倒的である。なにせサラン時代から蓄積されてきた様々な兵器や高いレベルの軍事技術がある。

それに、なにより戦争慣れしている。

そうなるとすぐにでもメルドシアが白旗を揚げそうだが、そこにはまたアメリヤとヨーロップ諸国の思惑が介入する。

両陣営は無尽蔵とも思える武器と兵器をメルドシアに供与したのである。ご丁寧にそれらの武器の使用方法や戦略の提供まで、まさに微に入り細に入り深く介入してきたのだ。

百歩譲ってヨーロップの気持ちも分からないではない。

ラバトアは何より大国であり、強い。

もしメルドシアがラバトアに併合されてしまえば、その強国ラバトアとヨーロップは隣り合うことになり、それは常にラバトアの脅威に晒されるということになるのだから。


はあ・・そこまで全体像が分かって、俺は嘆息する。

これ、どうすればいいんだ。まあ、局所的に言えば、イジメから始まったことには違いないが、規模がなあ・・。

サジ、投げちゃおうかなあ・・。

メルドシアのムジェコフ、ラバトアのパーティン、他数名で俺も含めて話し合いをしたのだが、もうね、埒があかない。言葉のやり取りこそさすがに穏やかだが、内では激しい火花を散らし合っている。

「パーティン氏は、一つはアメリヤやヨーロップがメルドシアを手助けしていることが気に入らないんだよね?」

「それは、もちろんです。これは完全な内政干渉であり、我々ラバトアに対する敵対行為にもなります。」

「だけどムジェコフ氏とすれば、ここでヨーロップやアメリヤが手を引いたらラバトアに攻め込まれ国が消えてしまうと。」

「そのとおりです。そもそもラバトアの今回の侵略行為は絶対に許されるべきではありません。」

そうか・・。

まあ、でもなあ、もっと話を単純にしないとなあ。まずは、アメリヤとヨーロップには手を引かせよう。あいつらが絡んでくるとロクなことにならないしね。

さて、その上で、どうするか・・。

「ちょっと待っててもらえる?電話1本掛けたいからさ」

ムジェコフ氏もパーティン氏も、訝しげに俺を見ている。

こんな状況でいったい何処に電話するのだと。

俺はCIBのケインに電話をした。

「あ、ケイン。悪いけどこの電話、大統領につなげてもらえる?そう、今すぐね。え?そりゃ緊急且つ重大な用事に決まってるじゃん」

電話の向こうでケインがすぐに動いてくれているのが分かった。

なぜなら、ほんの数十秒で彼が大統領と話しているのが聞こえてきたからだが、彼は絶対に私との電話を保留にしない。もちろん、電話の相手が誰であろうと、俺が聞いていることを暗に知らせるためだが、これって、結構いい方法かもしれない。

しばらく待っているとすぐに大統領が電話に出た。

「あ、クランプ大統領ですか?すいませんね、お忙しいところ。今ね、目の前にラバトアのパーティン大統領とメルドシアのムジェコフ首相がいるんですよ。あ、電話、オープンにしますね。」

電話の向こうで、え?とか。はい?とか呟く大統領の声が聞こえてきた。

『本当ですか?いま、そこに、ですか?』

「もちろん、本当です。それでね、大統領。」

『・・は、はい・・』

事態が全く飲み込めていない大統領が躊躇いがちに返事をする。

「実はさ、今日をもってアメリヤはメルドシアから手を引いて欲しいんだよね。」

突然の申し出に、ムジェコフ氏が席を立ちかけたが、目で抑える。

ムジェコフ氏の対面を見ると、パーティン氏の顔に笑みが浮かんできた。

電話の向こうの大統領はしばしの沈黙のあと

『ミスターSB、訳をお聞きしても』

「うん、これからはこの戦争、俺が預かることにしたから」

ムジェコフ氏の目が驚きで見開かれ、パーティン氏の笑みが凍る。

『・・・その、ミスターSBがこの戦争を決着させる、そういう理解でよろしいか?』

「うん、間違いないよ。それで、ヨーロップ連合の人達にも伝えといてもらえると有難いのだけど・・さすがにそれは無理か・・」

『ええ、申し訳ないがそれは無理でしょうね。ミスターSBから直接ご連絡頂ければと』

「そうだね、わかった。じゃあ、そっちはそれで構わないということでいいね」

『ええ。他ならぬミスターSBのお言葉ですから、こちらとしてはそれを信用するしかありません。』

なんか、少しだけ引っかかるけど、まあいいか。

俺と大統領は、またの再会を約束して電話を切った。

その途端、それでまでじっと耐えていたムジェコフ氏とパーティン氏が堰を切ったように同時に話し出したが、俺はそれを制してまた電話をする。

相手はヨーロップ連合のスタンリー事務総長である。

『これはこれは。ミスターSB、お久しぶりですねえ』

「そうだね、随分とご無沙汰してしまって悪いね」

『いいえ、とんでもない。あなたの近況が聞こえてこない、ということはそれだけ世界が安定しているということですからね。むしろ大歓迎ですな』

「そう?なら、近々、そっちに遊びに行こうかな」

『いいですね。インガランドのトリフト首相が会いたがっていましたよ』

日本人に憑依する前、俺の宿主はインガランド人だったのもあり、トリフトさんとは結構懇意にしていた。

だが、どうも言い方が気に入らない。こいつとはお互い、思うところがあって心のうちではバチバチだ。

それに、この男はなかなかのくせ者だし、アメリヤの大統領さえ苦手としている。

「ああ、それでね。ちょっとお願いがあって連絡したんだけど、いいかな?」

『ほう、あのミスターSBからのお願いですか・・よろしい。伺いましょう』

「今、この場にムジェコフ氏とパーティン氏がいるんだけどさ、今日を持って俺がこの戦争を預かることにした」

『・・・』さすがに無言である。

「さっきアメリヤにも連絡してね。向こうの大統領も快く了承してくれたんだ。だからそっちもメルドシアから手を引いてくれないかな?」

『・・いやあ、さすがはミスターSB。知らないうちに見ず知らずの国にまで首を突っ込もうとなさっている。』

「悪い?」

『いえ、とんでもない。ですが、こちらはアメリヤと違って27もの国家からなる連合ですからね、私の一存ではなんとも・・』

「ほう。それはおかしな事を。それ故にあなたが存在しているのでは?」

『はは。それは表向きのこと。内実は、けんけんガクガクの話し合い、貶し会い、言い争いの毎日ですよ。そういうわけで少しお時間を頂きたい。よろしいですな?』

今回は向こうに花を持たせることにして、俺は了承し電話を切った。

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