第二部 国境なき正義 第三話
俺が言うことに素直に従わないやつがこの世界に3人だけいるのだが、この男はその中の一人である。逆らう、ということではないのだが了承するまでに結構時間がかかる場合があるのだ。
元は傭兵で世界のあちこちを渡り歩いたらしく、宇宙人との戦いの時にも負けることが分かっていながら単身で敵の戦艦に戦闘機でぶつかっていった。まあ、何とも肝の据わった男なのである。
俺は気を取り直し、
「まあ、ヨーロップの方は俺が必ず説得するから、お二人ともそれでいいよね」
するとさっそくムジェコフ氏が、
「それは、我が国の切なる願いを聞き入れてくださると言う理解でよろしいですか?」
今度がパーティン氏が苦笑を浮かべながら
「ミスターSBは、ただ預かるとおっしゃっているだけですよ、ムジェコフさん。これからの事はまだ何一つ決まっていない。」
俺はこれからどうすべきか、考える。
「少し考えさせてもらえる?これからのこと。いい?」
二人は渋々といった体で首肯した。
「悪いけど、ムジェコフさん、明日までこっちにいてもらえる?
明日の午前中にはどうするか方向性を決めるし、それに行ってみたいところもあるからさ。それでね、お二人ともすぐに前線に連絡して攻撃するのを止めさせてもらえる?いい?今すぐだよ。」
パーティンが訝しげに尋ねてくる。
「行ってみたいところ・・何処に、ですか?」
「それは、いろいろだよ、調べておきたい事もあるしね。あ、それと、明日までに万が一ムジェコフさんに何かあったら、それはラバトアのせいだと俺は思うから。まあ、分かっているとは思うけど、念のためね。」
そう言い残してから俺は部屋を出て、秘書官に客室に案内してもらった。
ムジェコフ首相と秘書官を貴賓室に案内後、パーティンの執務室に戻りパーティン大統領と政務官が打ち合わせをしている。
「どうされるのですか?うちの兵士が次々に倒されたときにはさすがにゾッとしましたが、今の事務総長との会話を聞いている限り、そこまで恐れる必要はないのでは・・・。」
政務官の問いに、パーティンは少し考えて苦笑しながら
「そうだな・・。だが、怒らせるとやっかい極まりない相手であることは間違いない。ま、あの男がどんな提案をしてくるか分からんが、一旦は乗る必要があるだろな。」
パーティンの言葉に政務官も笑みを浮かべながら
「なるほど。あとはいかようにもなると。」
「アメリアも、ああは言ったがそう簡単には引き下がらないだろうし、ヨーロップは尚更だ。メルドシアが泣きつけばSBの提案など受け入れられるはずがない。そうなると、先に約束を違えたのは向こう、ということになる。」
「え、でも、それでは今までと何も変わらず我々もかなり苦戦するのでは・・」
パーティンは政務官をじっと見て、
「君はあの男の本当の力を知らないようだな。」
「え・・。一瞬で人を倒すところは見ましたが・・」
「そうか、君はあの10年、正確には11年前の戦争のことは知らないのか・・」
「いえ。知識としては知っていますが、実際に見ていたわけではありませんのでなんとも・・・」
「そうか。あのときは、宇宙人によって全ての通信機能が遮断されていたからね。」
「通信機能だけではありません。電子機器全てが動かなくなったのです。それだけははっきりと覚えています。」
「そうか、そうだったな。だから、あの男が実際にどう動いたのか、どうあの巨大戦艦の大隊を殲滅したのか、どういうふうに宇宙人を消滅させたのか・・映像を記録したものが一切ないから、君のように半信半疑の者が結構いる。」
「そうですね。見たことがないものは・・やはり100パーセント信用することは出来かねます。ましてや、普通の出来事ではないのですから」
パーティンはしばし遠くを見るようにして
「そうだな。まあそれはいい。さっきの話に戻ると、あの男は約束を守らなかったものに対しては非常に厳格だ。恐ろしいほどに、な」
政務官はこの、百戦錬磨の大統領が本気で恐怖を抱いていることがわかり慄然とした。
「・・先に、向こうに約束を破らせる、そうするとあの男がメルドシアやヨーロップ連合に、制裁を与えるという理解でよろしいですか?」
「うん・・まあそのとおりだ。だから俺はさっき、すぐに司令官に電話して攻撃を止めさせた。こちらはSBとの約束を遵守する。君のそのつもりでいてくれ。」
政務官は、この大統領の自信ありげな言葉に大きく頷いた。
だがパーティン大統領の頭の隅には、SBが言った、行ってみたいところがある、という言葉が引っかかっており、それが次第に警戒と不安という形に変わりつつあった。
急遽、ヨーロップ連合諸国の責任者によるリモートでの会議が開催された。
最初にスタンリー事務総長が口を開いた。
「既にお伝えしているとおり、皆様に今後のメルドシアへの対応についてご意見を頂きたいと思っております。まずはインガランドのトリフト首相、どうお考えになりますか?」
トリフト首相が不安げに話し始める。
「この会議、ミスターSBは聞いていない、ということで間違いありませんか?」
「ええ。それは私自身が彼と約束をしましたから間違いありません。」
ヨーロップ連合の殆どのメンバーにとっても、SBとの“約束”がどのような意味を持っているか熟知していたため、全員に安堵の表情が浮かぶ。
「ですが、彼に対して一線を越えるような非難や暴言があった場合は、私から彼に伝えるという約束もしております。」
続けて言ったスタンリーの言葉に声が上がった。
「ほう、スタンリー事務総長は、そんな約束までSBと交わし、なお且つ、それを彼に伝えると。」
連合への加盟が最も遅かったクロアデアのボルゾア元首が言った。
「そうですよ、ボルゾアさん。それがどうかしましたか?」
スタンリーが返すと、ボルゾアが嘲笑するように
「どうかしましたか、ですって?こんな各国の責任者を集めておいて、得体の知れない男にここでの内容を貴方は密告する、とそうおっしゃっているんですよ。事務総長ともあろうお方が少々臆病・・失礼、慎重に過ぎるのではないですか?確かに我がクロアデアはメルドシアに大した支援は行っておりません。ですが、それでも我々全員が彼の国への支援を怠れば、次は我々なんですよ、ラバトアの脅威に晒されるのは。皆さんも分かっておられるのですよね?」
ボルゾアの熱弁に、誰一人として答えようとしない。
さすがにボルゾアも全体に流れる妙な雰囲気に口を噤んだ。
「ボルゾアさん、それは貴方個人の意見ですか?それともクロアデアという国家としてのお考えか、どちらでしょう?」
「え・・それは国としての・・。いや、私が言いたいのは何故、我々の問題にSBが口を出してくるのか、ということです。」
「口を出す?ミスターSBにはメルドシアとラバトアの戦争を収束させるためにご足労頂いている。それに対して、貴方は口を出すな、とおっしゃるのですか?」
「我々とは、もちろんメルドシアやラバトアにとっても無関係な男でしょう?それが、あたかもSBの監視下にあるような口ぶりをされている。」
「本件は、そもそもメルドシアのムジェコフ国家元首からミスターSBに打診されたものですよ。その結果、ミスターSBが動いておられる。それでも無関係だと?」
ボルゾアは一瞬、言葉に詰まったが、思い直したようにより激しい口調で続けた。
「ムジェコフ氏も何故、SBとか言うふざけた奴に頼ったか頭を疑いますね。我々がこれだけ支援している事実を忘れているんじゃないですか?」
「ボルゾアさん、残念ですが、貴方が言われた『ふざけた奴』という部分はミスターSBに報告させて頂く。しかも国家主席のムジェコフ氏まで貶めたのです。私も命は惜しいのでね。国のためなら喜んで死ねるが、誰かの失言によって死ぬのは出来れば遠慮したい。」
スタンリー総長が冷たく言い放った。
「な、なんだと!?あんたは何を言ってるんだ。なあ、皆さん、聞いていましたか?今、この男は私をSBに売るって言ったんですよ、こんなこと許してもいいんですか?」
ボルゾアが全員に同意を求めるが、誰も何も言わない。むしろ全員の目が徐々に冷たくなってくる。
「な、なんなんですか、いったい・・あんたら、それでも国家主席なのか?たった一人の男に振り回されて恥ずかしいとは思わないのか?」
「残念です。ボルゾアさん。貴方にはこの会議から今すぐ外れて頂きます。そしてミスターSBには本件を報告致します。それでは・・」
「ボルゾア元首、いやボルゾア!謝れ!おまえは何故ミスターSBのことを知らないんだ?それでも国家元首か?下手をすると、明日、クロアデアは消滅するかもしれんのだぞ。それでもおまえは持論を曲げないというつもりか!?何の罪もないクロアデアの300万人の命をこんな事で投げ出すつもりなのか!?」
フランセ大統領のサルコゼが画面の向こうからボルゾアを怒鳴りつける。
サルコゼは、ボルゾアがフランセの大学に留学中、政治のいろはを教わった唯一頭の上がらない人間であった。
「え・・・。」
ボルゾアは呆然として何も言えないでいる。
「それでは回線を切りますよ・・」とスタンリーが言うと、
「少し待ってください。Mr.スタンリー。彼には私の方から厳しく言っておきます。彼はまだ若い。おそらく彼にとってミスターSBは単なる”噂”としての存在でしかなかったのだろう。それに、クロアデアの政治家連中も彼にその事を詳しく話していなかったのではないかと思う。回線を切るのはやむを得ないとしても、ミスターSBへの報告はしばらく待ってほしい。」
スタンリーは少し考えるようにしていたが、
「ほう。それは私にミスターSBとの約束を破れ、とそうおっしゃっているという認識でよろしいか?」
「い、いや、決してそうではない。伝えるのを1日だけ待って欲しいと言っている。頼む。」
スタンリーはにやりと笑い、
「一つ、貸しですよ、ミスターサルコゼ。分かりました。報告は明日以降と致しましょう。ですが、ボルゾア元首にはこの会議から外れて頂く。それは譲れません。」
何が起こっているのか分からないボルゾアがしきりに目を瞬いている。そして、ようやく自分がとんでもないミスを犯してしまったのかもしれない、ということに気付いたようだ。
だが、それと同時にボルゾアの顔が画面から消えた。
「さて、会議を続けましょう。それではインガランドのトリフト首相、お考えを伺っても?」
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