第二部 国境なき正義 第一話
対策室への電話やメールは目に見えて減ってきた。
楠木親子及び彼らがいた市と楠木の建設会社の癒着はSNSで日本中にオープンにされた。それと、市長の依頼を受けて馬鹿な指示をした本川という警察庁の本部長は、職をなくした。いろいろ考えたが、こいつには社会的な制裁が最も効果的だろうと思ったからだ。それに、こいつには他に余罪はなかったので痛めつけるのは止めにしたのだ。
そんなことがあって、単なるイジメの解決が少し拡大され過ぎたかもしれない。単純なイジメではない、もっと構造的な問題が出てきたのだ。まあ、お陰で件数は減ってきたが処理内容が少々複雑になってきてしまった。
もちろん、俺、SBとしては途中で投げ出すつもりは毛頭なかったが、これはちょっと効果がありすぎたかな。
まあ、いいや。俺は俺で粛々と事に当たればいいだけのこと。
というか、なんか件数が減った分、急に暇になった。次のこと考えなきゃ、な。
そんなふうにダラダラとメールを見ていると、ピンと受信音がした。どれどれ、今度はどこのどいつがイジメられているんだ?と思いつつメールを開くと
「SB様
以下のようなメールが来て少々困惑しています。
いかが致しましょう?
の一文のあとに
【我がメルドシア国は、隣国であるラバトアにイジメられています。もう既に何百人も殺され、捕虜になった者達は残酷な拷問を受けています。ラバトアはある日突然、我が国に戦車数十台で乗り込み、建物や畑を滅茶苦茶にしたのです。挙げ句の果てに、ここはラバトアの領地だと言って国境線を勝手に変えてしまいました。これは完全な、一方的なイジメではないでしょうか。是非とも解決頂きたくご検討下されば幸いです。】
・・・え?
なにこれ?
えっと、ラバトアとメルドシアね。ううむ、この2国、確か俺が眠りに着く前からドンパチやってたような気がする。
はあ・・まだやってるんだ?
うーん・・・というか、こんなこと、わざわざイジメ対策室に連絡してくるか?
まあ、百歩譲ってこれがイジメだったとしてもだよ。何故俺が解決しなきゃいけないんだ?個人の問題じゃなくて、これ、国と国の問題だよ?こんなの然るべき組織なり仲裁国家なりがやるんじゃないのか?
うん、断ろう。
そう思って、断りのメールを返信しようとしたが、なにげに指が動かない。まあねえ、拡大解釈すればこれもイジメと言えないこともない。なにせ強い奴が一方的に弱い国に攻め入ったのだ。で、その弱い国の民衆を、イジメを通り越して大量に殺しちゃった、と。
うーむ・・そっか・・イジメになる、かあ。
俺は思い直して、取りあえず話を聞くことにした。まあ、話聞いちゃったら、そりゃ解決すべく動きますけどねー。
俺は心を決めて、メールに記載されているメルドシアの担当官であるムジェコフ氏に連絡を入れることにした。メルドシアの公用語を知らないので、メルドシア語とラバトア語の両方をネイティブに話せる被憑依者を選任してもらわなければならない。
(一度意識が戻ると、俺は他の人間にも恣意的に憑依できる。これは最近知ったので町田嬢にはまだ伝えていない。)
俺は、その旨をGAGLEの翻訳機能を使ってムジェコフ氏に返信した。
しばらくすると、ムジェコフ氏からの返信があり、外交官のドミコフスキーではどうか、と聞いてきた。
聞かれても、そのドミなんとかって奴知らんし、こうなったら是非もなし。すぐにOKの返事を出した。その代わり、そいつに日本に来てもらわないといけない。繊細な制御が必要となるので、できるだけ近くにいないと確実性が薄れるのだ。日本とメルドシアの国交がどうなっているのかは知らないが、面倒なことは町田嬢に任せようっと。
アメリヤのCIBとNSBから矢継ぎ早に町田宛に連絡が入った。
CIBはアメリヤの独立した諜報機関でNSBはアメリヤ国防省の情報機関である。特に反目し合っているというわけでもないが、相互間における情報の共有はなされていない、らしい。
まあ、そんなこと特に知りたくもないけど、一緒に出来れば手間が減ってありがたいのだが・・町田はぶつぶつ言いながらも先に連絡があったCIBに対して真摯にお相手をする。
『そうですか。やはりメルドシアに行かれたのでしょうね、ミスターSBは。』
「はい。先日そちらにもお送りしたメールの内容から言っておそらく・・」
『彼と連絡はつきませんか?』
「え?携帯持っていますから。それに、SB様の了解を取った上で彼の携帯番号をそちらにもお知らせしていますよね?」
『え、あ、まあ、そうなんですが・・。出来れば町田さんから先に彼に連絡して頂けないかと。ほら、急に連絡してミスターSBがお忙しくしているときに邪魔をすることがあれば、それはもう、ねえ、大変ですから・・』
私はSBの専属秘書ではない!と、喉元まで出掛かったがかろうじて押さえ込んだ。総理や外務省にもお願いされているし、これも仕事だし。
「わかりました。ですが、もし、SB様がなんでそちらが直接連絡して来ないんだ、とお怒りになった場合、私はどうお答えすればいいか・・」
突然、向こうが電話の先で黙り込んだ。
わかるよー、わかる。悩ましいよねえ・・。でもね、ここを乗り越えないと先に進めないよー。
『・・何か、よいお考えはありませんか・・?』
はあ?おいおい、こっちに振ってきたよ、この人。勘弁してよ、もう。おたく、CIBの、それも偉い人じゃないの?そんなんじゃSB、マジで怒っちゃうかもよ。
「いえ、さすがにそれは・・そちらのご事情もこちらとしては分かりかねますし・・」
『で、ですよねえ・・わかりました・・』
たぶん、この人、泣きそうになってるんだろうなあ・・。なんだかなあ。この人もSBのせいで苦しんでるんだろうなあ・・。
とか思ったら、何とかしてあげたくなってきた。ったく、損な性格だわ、私ってば。
「こちらもSB様に聞きたいことがありますので、先に連絡してみますよ。それで、あとからCIBのケインさんが連絡するような事を話していましたよ、という感じでさりげなく伝えてみましょうか?」
『ほ、ほんとですか!?』
あ、この人、今、椅子から勢いよく立ち上がったな。ガタンと椅子が倒れる音もしたし。なんか憎めないんだよなあ、この人。
「でも、これ、貸しですよー。忘れないでくださいね」
『も、もちろんです。本当にありがとうございます!』
あ、忘れないうちに言っとかなきゃ
「あ、それで、同じことをNSBのトレッドさんにも伝えておいてもらえますか?ついで、なので」
一瞬、沈黙があったが、
『了解しました。それは私から連絡しておきます。』
なんの沈黙なのかなあ・・ちょっと気になるけど、もういいや。
段々、面倒くさくなってきた。
CIBのケインとの電話を切って、少し考える。
うーん、ここはやっぱりメールかなあ。ケインが言ってたように、万が一、SBの機嫌がめちゃめちゃ悪かったら最悪だし。
行ってる場所が場所だしね。
・・連絡がほしい旨を丁寧にメールしますか・・。
町田は椅子にもたれかかり、大きく溜め息を吐いた。
イジメ問題が一息ついたと思ったら、またSBから連絡があって、今度はイジメ問題の延長線上でメルドシアとラバトアに行くことになったと。
なにそれ?それってイジメって言う?国と国の問題だよ?しかも、これ、戦争だよね、国家間の。考えただけで頭が痛くなる。
しかも、SB、自由に他人に憑依できるようになった、とか。
どういうこと?そんなのありなの?ただまあ、また急に意識がお休みして何年も覚醒しないこともあり得るので、大山さんの存在はずっと必要とのこと。へえ、としか言えないわ、もう。
しかしなあ、大丈夫かなあ。
国と国だよ。今度こそ国際的な問題になりそうだし、そうなると、あの11年前のことを知らない奴等が好き勝手言いそうだし、下手をするとSBに手を出そうとするバカも出てくるかもしれない。
まあ、そんな奴等は別にどうなってもいいんだけど、後始末がなあ・・。
部署、変わりたいなあ・・。町田は思わず口に出してつぶやいた。
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