第26話 文化祭②
「似合う似合う。似合うから機嫌直しなさい」
「……みんな寄ってかかって私を恥ずかしめて、変な演技指導して、写真を撮って。そんなに私の猫耳と伊達メガネの男装姿が面白いですか司先輩改め諸悪の根源さん」
「言い方! 言い方に語弊がある! 周りに聞かれたら誤解を招くから」
肩をポンポンと叩かれる。
顔を見るに司先輩も悪ノリしすぎた自覚はあるようだ。
「……まさか白河にあんな趣味があるとは私も思ってなかったけどね。こんなお祭り騒ぎも文化祭のいい記念じゃない。彼氏の女装を防ぐために自らを犠牲にするなんて」
ジャンケン勝負はロボ子さんがグーを出し、司先輩がチョキを出した。
結果としてロボ子さんの勝利。
このままでは司先輩が事後承諾という悪魔の一手で、コーヨー先輩の女装を強要する。
司先輩がコーヨー先輩を岡島先輩達と同じように牛頭馬頭化しようと動きだしてしまう。
その前にロボ子さんが待ったをかけた。
『わ、私が女装します! 今は男装してますし、それで許してください』
審議の時間はちょっとかかった。
なぜか司先輩だけではなく、クラス全体が敵に回っていた。
いつの間にか葵さんも戻ってきていて激論を交わしていた。
審議の結果としてロボ子さんの女性向けのコスプレは却下された。
『せっかく男装してもらっているんだし、男装の麗人を極めさせるか』
そんな風に始まったロボ子さん男装の麗人化計画。
男子は全員女装姿のまま教室から追い出された。
女装姿のまま学校中を歩き回り、ロボ子さんが持ってきた肉球地獄焼きを手売りさせられるらしい。
もちろん逆転カフェは臨時休業だ。
閉じられた教室の中で、ロボ子さんが後ろで束ねていた髪がほどかれる。
男装だからと雑に縛っていたが、あまり男性らしさはなかったらしい。
そして頭と顔と肩幅を測られた。
『前から思っていたけど神岸さん顔と頭ちっさ。それに肩も細い』
『やっぱり華奢だよね』
『姿勢の良さと髪の毛量で本来の小ささを錯覚させられていた?』
『これでこのスタイルの良さは反則じゃないかな』
『何頭身?』
『胸を潰しても誤魔化せないタイプ』
『オフショルダーいらずのプリンセス体型だ』
『変に触らない方良くない?』
などと好き放題言われて触られた。
目指すコンセプトはミステリアスな男装の麗人になったらしい。
前に下ろされた前髪はアシンメトリー。
右側は顔の半分にかかる形に。
左側は青いヘアピンで留めている。
後ろ髪は毛量の多さがわかるように全体の広がりが重視された。
外側に広がるようにウェーブをかけながら、毛先をハネさせることで躍動感を演出したらしい。
また前髪で顔の半分を隠しても、特徴的な大きな青い瞳に注目がいくようにボストン型のレンズご大きな伊達メガネが用意された。
眼鏡っ娘だ。
葵さんはなぜかモノクルに異常な執着を見せた。
……見せたが、モノクルの準備されてなかったのでボツとなった。
本気で悔しそうな葵さんの姿が花恋を彷彿とさせた。
夏に遭遇したらしいので変な影響を受けているのかもしれない。
やめてください汐見花恋の生き方は、他人にオススメできません。
あとついでのように肩の細さを強調するための、短めの紺ネクタイで縦のラインも付け足された。
服装に大幅な変更はなく縦ラインの灰黒シャツと黒ネクタイと黒パンツ。
ただこれだけだと男装姿を少しオシャレにしただけ。
罰ゲーム感を出すために、教室にあったグレージュの猫耳をつける羽目になった。
こうして半メカクレ眼鏡っ子なミステリアス猫耳ロボ子さんが誕生したのだ。
ロボ子さんが想像していたよりもマシだった。
安堵の息を吐きかけたロボ子さんだったが、本当の辱めを受けたのはここからだった。
なんと常識人として信頼していたクラスメートの白河さんが壊れ始めたのだ。
『あ、あの! その格好で私のことを罵倒してくれない? 表情はその優雅な笑顔のまま私を罵って欲しいの!』
まさかな性癖暴露に教室内が色めき立った。
だが誰かが『神岸さんの毒舌キャラはアリかも』と呟くと、瞬く間に賛同が拡散されてしまった。
白河さんを中心として一部の愛好家の演技指導のもと、相手の耳元で『お嬢様』と『豚』が並走する謎の罵倒を優雅に囁くという未知の世界。
ロボ子さんの性癖は開かれなかった。
けれど……なぜか……どうして……理解をできない……理解を拒むが、多くのクラスメートは未知なる門の向こう側に旅立ってしまった。
解したくない。
「明日からが怖い。罵倒ASMRが女子の間で流行っていたらどうしよう」
「白河の奴が布教していたりして」
「白河さんのスマートフォンにダウンロードされていましたね。聞かされました。未知の世界です」
「……まさかあんな世界があるとはね。これからは電車内でイヤホンしている人を見る目が変わるかも」
とんだ風評被害ではなかろうか。
「それにしても司先輩はずいぶんと楽しそうですね。うちのクラスでもずいぶんとやりたい放題でしたし」
「三年生よ。あと半年で卒業。楽しまなきゃ損でしょ。みんな勉強やら就活やらで鬱屈してんのよ。文化祭は最後の気晴らしだしね。うちの学校では特に」
白砂州高等学校での文化祭の位置づけは、お世話になった三年生を送り出すお祭りに近い。
クラスの話し合いでも『自分達がなにをしたいか』ではなく『いかに先輩方を楽しませる』がテーマになる。
そのためこの時期の白砂州高等学校は学年の垣根を越えた交流が盛んに行われている。
廊下には今のロボ子さん達みたいに先輩後輩で歩いている姿もよく見られた。
「そういえば昨日は虹陽と一緒に会いに来てくれてありがとうね。どうだった吸血鬼コスプレの私は」
「素晴らしくハマり役でした。恐怖の悲鳴どころか嬌声。脱出ゲームなのに誰も脱出したがらない吸血鬼の屋敷」
しかも集まるのは女性ばかり。
「虹陽もそうなっているかもよ? あれであの馬鹿はモテるから。今年度はずっとロボ子と一緒にいたから一年生はともかく、二年生や三年生から人気はある」
「そうですね」
「つれない感じ。心配じゃないの?」
「中学時代から司先輩みたいな素敵な女性とずっと一緒にいて、惹かれあってもいて、付き合っていなかったコーヨー先輩の朴念仁具合を信頼してますので」
「言ったなぁ。その朴念仁をたった一日で落としたくせに」
司先輩に抱きつかれて頭をグリグリされる。
痛くない。
痛くないけど突き刺さる。
周りからの視線が!
葵さんが姉の司先輩と一緒に歩きたくない気持ちが少しわかったかもしれない。
相変わらず背も高いし、立ち居振る舞いに華があって非常に目立つ人だ。
「それにしても今から行ってコーヨー先輩の吸血鬼姿は見れるのでしょうか? もう最終入場締め切ってますよね」
「それは大丈夫。裏口から控室に案内してあげるから」
「いいんですか?」
「他の連中も喜ぶからいいのよ。三年の間ではロボ子さんと虹陽は公認ベストカップルよ。もう存在が見世物扱い」
「……やっぱりそうなってますよね」
二学期からは虹陽先輩の教室でお弁当を食べている。
司先輩や岡島先輩に強制的に呼ばれているのだ。
見世物扱いされている自覚はあった。
ちょっぴり屋上前に埃っぽい階段裏が恋しいロボ子さんである。
ただコーヨー先輩が過ごしていた高校生活の空気が感じられて、その中に入り込めた気がして、居心地が悪いのに居心地がいい。
そんな不思議な二学期を過ごしている。
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