第五章 高校生活

第25話 文化祭①

「なぜ人はただ肉を焼く行為に、これほど惹きつけられるのでしょうか」


 ロボ子さんは割り当てられた一枚のホットプレート前に陣取り、精密極まる動きで肉球地獄焼きを作っていた。

 ホットプレートのプレートはたこ焼き器プレート。

 焼いているのはたこ焼きではない。

 肉球地獄焼きだ。


 プレート全体にまんべんなく油を投入すると、手早く全ての穴に油引きを突っ込んで油を全体に馴染ませる。

 そこに投入するのはひき肉だ。

 たこ焼き器プレートのラインに沿って細長く切られた半冷凍のひき肉を雑に置いていく。

 そして焼き具合に関係なく、アルミホイルを巻いたすりこぎ棒でひき肉をガンガンガンガン穴に落とす。


 全てのひき肉が穴に収まったら、今度はすりこぎ棒で穴の形に広げながら、熱いプレートに押しつけて焼いていく。

 その際に出る肉の焼ける音が悲鳴に聞こえることから肉球地獄焼きという名前だ。

 ひき肉を潰し焼いたら雑に塩コショウを振り、ようやくたこ焼きの卵液を投入する。


 粉は少なめ卵は多めで出汁と水分も多め。

 全体的に柔らかくて固まり難い生地だが問題ない。

 卵液の役割ら量のかさ増しとひき肉の間に入り込みひき肉が焦げないようにすること。

 焼き上がりの形が多少崩れも気にしないのが大事。

 焼き時間を短縮するために卵液を少なめに投入し、その上に業務スーパーなどで買えるとろけるチーズをまぶしていく。


 生地が固まればキリとか千枚通しとかたこ焼きピックなどと呼ばれる名前が統一されていない謎の道具で、ひっくり返す。

 さらに一分焼いて完成だ。

 完成時間は五分とかかっていないだろう。

 小さいのに四個三百円と暴利を貪っている料理とも言えない代物だが、肉球地獄焼きのネーミングと表面の焼けた肉の存在感のおかげで飛ぶように売れていた。

 なぜかロボ子さんが焼いている制作現場に見物客が現れるほどの大人気だ。


「おぉ〜」

「すげぇ」

「あの子どうやってんだ」

「速くてなにもわからなかった」

「焼いている男装の子可愛い」

「男装ってことは一年二組か」

「神岸さんだろ有名な彼氏持ち」

「やっぱり彼氏いるよな」


 今日はせっかくの文化祭だ。

 どうしてたかが肉を焼いているところに人が集まるのでしょうか。

 匂いでしょうか。

 ギャラリーを追い払っている時間がなくて困っていると、謎の長身イケメンが薔薇の造花をくわえながら現れた。

 残念なことに知り合いだ。

 本日うちのクラスの店でナンバーワンホストをやっている源氏名アオイさんだった。


「やあ皆。こんなところに集まってどうしたんだ。往来の迷惑になってはいけないな。悪い子は皆うちのクラスで衣装チェンジさせちゃうぞ」


「げっ……篠宮」

「きゃぁ〜〜〜」

「衣装チェンジって?」

「一年二組は逆転カフェなんだよ」

「……あの魔境の」

「女子がホストとのチェキ券かけてゲームするのに、なんで参加費用として男子の生贄が必要なんだよ。勝ったら女子は写真撮影、負けたら生贄の男子が女装させられるとか。なんなんだよあの企画。男子にデメリットしかない」

「でもお前女装してるじゃん」

「クラスの女子に頼まれたら乗るだろ!」


 さすがは我がクラス最強のイケメンホストアオイさん。

 どうして薔薇をくわえているのか意味がわからないがさすがだった。


「どうかしましたか?」


「助けてロボ子さん。うちのクラスにお姉ちゃんが来て、私よりモテてるの」


「そんな理由で来たのですか?」


「違った。クラス内でお姉ちゃんとのチェキ権をかけてゲームが始まり、数多の男子が犠牲になってる」


 なにをやっているのでしょうか篠宮姉妹は。

 確かに司先輩の方が女性ウケはいいだろう。

 最近は開き直ったのは妖しい魅力が出てきたと評判の麗人だし。

 葵さんも単品ならばイケメンホストだが、司先輩ほどミステリアス感がない。

 それに葵さんは司先輩の側にいると生意気な弟感が出て、少し残念臭も漂ってしまうのも難点だ。

 しかしそこがいいという根強いファンの声もあるのだが。


「つまり司さんから逃げてきたと。私にどうしろと?」


「お姉ちゃんと対抗できるのはうちのクラスだとロボ子さんだけでしょ。お姉ちゃんの撃退をお願い」


「そんなことを頼まれても困るのですが」


「そこをなんとか! もう交代の時間近いし、撃退したら休憩はいっていいから。調理は私が引き継いでおくし」


 時計を見ると、確かにそろそろ交代の時間が近い。

 パック詰めした肉球地獄焼きの輸送を考えたらちょうどいい時間帯かもしれない。


「それでは任せました」


 ◆   ◆   ◆


 両手に肉球地獄焼きのパックが入ったビニール袋を持ちながら、一年二組の教室に戻る。

 そこには地獄絵図が広がっていた。


「「いらっしゃいませぇ〜!」」


 筋骨隆々の長身男性二人がピチピチの女性アイドル衣装とドロワーズをまとい、野太い声で呼び込みをしていたのだ。

 残念ながらその二人とは面識がある。

 男子バスケットボール部元部長の岡島先輩と現部長の前田先輩だ。

 我が校内で最も背の高い二人が女装しながら、ヤケクソ気味に客の呼び込みをして周囲に圧をかけていく姿は、地獄の獄卒の牛頭馬頭を彷彿とさせて、ある意味学術的な趣きがあるかもしれないという現実逃避に近い評価を強要してくるビジュアルの暴力だった。

 たぶんロボ子さんは混乱している。


「こんにちは。岡島先輩前田先輩」


「こんにちは。似合ってるなロボ子さん」


「ありがとうございます岡島先輩。先輩もお似合いです」


「そうか、はははは! まあ、あれだ。受験勉強の気晴らしにはなる。こっちは度胸付けと声出しの練習だ。おい挨拶」


 岡島先輩が肘で前田先輩をつつくと、ヤケクソ感が岡島先輩の比じゃなかった前田先輩が直立した。


「し、失礼しました! 神岸さんもお久しぶりです」


「はい。前田先輩」


「…………」


「………………」


「…………声をかけてくれてありがとうなロボ子さん。もう中に入っていいぞ」


「わかりました」


 地獄の獄卒の許可を得て、ロボ子さんは自分のクラスに入る。

 途端にすぐ後ろでバコンという打撃音と「失恋ぐらいちゃんとしろ」という岡島先輩の声が聞こえてきた。

 もしかすると前田先輩は誰か好きな人がいるのかもしれない。

 だがロボ子さんが触れるべきことではないのだろう。

 今は司先輩をなんとかしなければ。


 店内に入ると草も生えなさそうな女装姿のクラスの男子が端に集まり、店の中心では司先輩が女帝として百合の花を咲かせていた。

 チェキ用に用意された豪華な玉座に座る長い脚を組んだ男装の麗人。

 その両サイドに侍るのは、全てを諦めて死んだ眼差しをしている白河さんと堀越さんだ。

 二人とも背が高くてスタイルが良く男装が似合っていた。

 葵さん合わせて女子バスケットボール部のホープ三人が、我が一年二組の逆転カフェの主力トップスリーだった。

 ただ所属が女子バスケットボール部である以上、元部長の司先輩には敵わない。


 出来立ての肉球地獄焼きを配膳スペースに収めて、ロボ子さんは司先輩と対峙するために、教室の中心に足を進めた。

 すると司先輩が玉座から立ち上がって、芝居がかった仕草で手を広げた。


「来たわねロボ子……いえ神岸真白さん。あなたを待っていた」


『きゃぁ〜〜〜』


 店内の客が歓声をあげた。

 司先輩の顔を見るとノリノリに見えて、ほんのり苦笑い。

 たぶんこの状況に少し飽きている。

 せっかくの文化祭だし色々なところを観て回る予定だったのに、この教室でファンサービスしていた思ったよりも反響があって、出るに出れなくなった。

 こんなところだろうか。

 仕方がないのでちょっとだけ付き合おう。


「司先輩。なにが望みですか? 私が勝負してあげます」


「そうね。じゃあこの店のルールに従って、チェキかけたジャンケン勝負で。私が勝ったらツーショットで二人ハートでも作りましょうか」


「う……負けたらどうするんですか? この付近にいる男性は全員女装済みですよ」


「だから私は佐久間虹陽の女装をかける!」


「なんでですか!? 了承は? まさかこの近くコーヨー先輩もいるんですか? まだコーヨー先輩も文化祭のお仕事の時間のはずなのに」


 思わずキョロキョロと教室を見回すけれどその姿はない。

 教室前にコーヨー先輩の親友である岡島先輩がいたので、いないとも言い切れないが。


「ぷっ! 虹陽の名前を出しただけでずいぶんと動揺したわね」


「からかったんてすか!?」


「いえ微笑ましいと思っただけよ。夏休み前は澄ました感じだったのにずいぶんと可愛くなったなと」


「やっぱりからかってますよね!」


 なぜだか教室の空気が急にアウェイになった。

 司先輩が女帝として君臨していた時点で、アウェイには違いなかったのだが質が変わった。

 教室内の観察対象の中心が司先輩からロボ子さんに移ってしまった。


「虹陽ならまだ体育館にいるはずよ。三年生共同の巨大お化け屋敷の吸血鬼役だから」


「そうですよね。ならコーヨー先輩の女装なんて」


「事後承諾という手が私にはあるわ」


「鬼ですか司先輩!」


 本気だ。

 司先輩は無断で他の男性の女装をかけようとしている。

 教室前の牛頭馬頭化した岡島先輩と前田先輩も司先輩の仕業に違いない。

 そして本気で負けるつもりなのだ。


「虹陽を守りたくば私とジャンケンして負ければいい。簡単でしょ?」


「負けたら私は司先輩と一緒恥ずかしい写真を撮らないといけないんですけど」


「失礼ね。一緒にハートやってあげるわよ。もちろんその写真のデータは虹陽にもあげるけど」


「くっ……勝てばコーヨー先輩が、負ければ私が恥ずかしい目にあう勝負なんて」


「それじゃあ始めるわよ。ジャンケン――」


「――ほい!」


 果たして勝負の行方は……!


「あっ……勝っちゃった」

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