閑話〜日記のような手紙①〜虹陽side

 今日、俺の前に神岸真白が現れた。

 その子はロボ子と名乗る浮世離れした綺麗な女の子だった。


 こんな文章を書き始めたのは君と出会ったからだ。

 急になにかを遺したくなった。

 俺には日記をつける習慣はなかったし、余命が告げられたときも日記を書こうとは思わなかった。


 ただ自暴自棄になって、心配してくれる周りを無視して引きこもっていただけ。

 そうして一ヶ月も時間を無駄にした。

 命を無駄にした。

 無駄にしたけど、一つだけ無駄じゃなかったことがあった。

 アカイイトに登録したことだ。

 未来のない自分の前に、全てを変えてくれる誰かが現れてくれることを願って縋った。

 そんな誰か本当になんて現れてくれるはずがないのに。


 なかったのに。


 登録したことさえ忘れていた一ヶ月後に君は現れてくれた。

 正直に告白しよう。

 たぶん一目惚れだった。


 顔立ちも、姿勢のいい綺麗な立ち姿も、浮き世離れした雰囲気も、一目で好きになった。

 何をしてくるのかわからない性格には頭を悩ませたけれど、嫌いだと思わなかった時点でたぶん好みだった。

 全てを変えてくれる誰かなんて、俺さえよくわからない抽象的な願望が本当に現れて混乱した。

 拒絶しようとしたけれど無理だった。

 学校でも会えるから返事は今でなくていい。

 そう告げられた瞬間に抵抗する気力さえも折れていた。


 俺が君を幸せにすることは絶対にできないのに。


 君のことを思えば突き放すことが正解だった。

 でもできなかった。

 差し出された手を振り払えない。

 一度掴んだらもう離せなくなった。


 契約書の第五条と第七条はせめてもの抵抗だ。

 君が逃げたくなったときに逃げられるように、逃げ道を用意したかった。

 俺が君を諦められるようにしておきたかった。


 俺は君と出会えた時点でもう『幸せな人生だった』と満足して死ねる気がした。

 本当に久しぶりだったんだ。

 心の底から笑ったことが。

 楽しいと思えたことが。


 だから俺は君の幸せを願う。

 自分のため、後悔したくないから。

 口ではそういうのに、君はあまりにも自分の幸福を計算に入れていないように思うから。


 君に出会えてよかった。

 どうして俺は死ぬんだろう。

 灰花病にかかっていない状態で君と出会いたかった。

 そのときもやっぱり一目惚れすると思う。

 道ですれ違っただけなのに、俺がいきなり声をかけて、怖がられて拒絶されたりしたのかな。

 そう思うと灰花病にかかったことを少しだけ許せた。

 いや……やっぱり灰花病は憎いかな。


 病院で余命を告げられたときよりも。

 部屋で引きこもって腐っていた昨日よりも。

 今の方が死ぬことがずっと怖い。


 君と出会って、一時も無駄にできないことを理解してしまったから。

 この手紙を君が読むとしたら、俺が死んだあとだと思う。

 だからここに明記しておく。


 俺の前に現れてくれてありがとう。

 君と出会った今日この日から、俺はずっと幸せなまま死んだはずだから。

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