第2話 そいつら

 放課後になって、俺はまんまと朔夜の誘いに乗って文化地理研究会の部室に来てしまった。部室は校舎の五階にあって、普通教室の半分ほどの大きさだ。この並びにはあまり人気のない文化系の部室が並んでいる。両隣はかるた研究会と手芸部だ。部室の中には見たことのない鳥の標本や、よくわからないお面や像が置いてあった。書棚にも本屋では見た事が無いような背表紙がずらりと並んでいる。朔夜が諸先輩方といった割には彼女以外の部員は二人しか見当たらない。


「で、その望月君が我々の活動に興味があるって事なんだね」

 二人のうち、男なのに髪を長く伸ばした銀縁メガネの方が俺の事を見てそう言った。健康状態があまり良さそうに思えないくらいに痩せて見える。顔色も良くない。

「望月はこうみえて、その頭脳は天才的なんです。本気を出せば学年どころか全国でもトップクラスの学力を有しているでしょう。しかし目立ちたくないという事で、この学校では常に中の上クラスの成績を維持しています」

 何か朔夜が俺の事をとても恥ずかしく説明している。確かに事実と言えば事実の部分もあるが、理系科目以外は勉強しなければ試験でいい成績はとりにくい。成績が平均レベルなのは単に勉強をしていないだけだ。


「それは大変珍しい行為だな」

 そう言ったのはもう一人の小太りの男の方だった。その腹の出具合から、体育会系には見えないが髪は坊主刈りで背は高い。うちの高校の制服は今時詰襟なので、一体何時代の人間なんだと思ってしまう。彼は話を続ける。

「望月君、人は本来自己承認欲求の塊だ。必要以上に自分の事を大きく見せたがるものなのだが、君は逆なんだね。しかし俺は普通じゃないものは嫌いじゃないぞ」

 そう言って、その風体には似合わずかっこよくにやりと笑った。


「ここではどう言った活動をされているんですか?」

 この怪しげな二人に俺は質問する。答えたのはやせて長髪の方の男だった。

「ああ、自己紹介がまだだった。僕が現会長である三年生の柳田俊夫だ。ここでは様々な人間の文化に関する事を、地域性も併せて総括的に研究・観察している。 それでそこにいるのが副会長の……」

「二年生の高田愛之助だ。よろしく」

 そういって彼は俺に握手を求めてきた。小太りの風体に似合わずかっこよく見えてしまうのは、声が低くて良いからだとその時気が付いた。初対面の男に握手を求められてドギマギしていると、その様子を察してか髙田先輩はこう言った。

「ああ、すまんすまん。海外生活が長かったのでつい……日本ではあまりこういう習慣はなかったな」

「髙田先輩はご家族で色々な国を旅されてきたんだよ」

 朔夜がそう説明してくれた。家族で世界中を旅するというのは意味がよく分からないが、そうしてたどり着いたのがこの体型と坊主刈りなのかと思えば、それはそれで興味深かった。


「柳田会長は地元地域の歴史や地理に精通しているんだ。泉田市の事なら何でも知っているぞ」

 朔夜がそう説明すると、柳田先輩は照れているのか下を向いた。垂れ下がった長い黒髪はまるでその名の通り柳の葉のようである。しかしここまで聞いてもこの集団の行動目的は一切見えてこない。一体ここで半年以上朔夜は何をしてきたのだろうか?


「ああ、そういえば今朝道路で血だらけで歩いている昔の人間の霊を見かけたので、成仏させておいたんですよ」

 朔夜がまた朝の続きの訳の分からない話を始めた。

「それは神行事君ご苦労だったね。昔というと原始時代とかかな?」

 柳田先輩は顔を上げてそう聞いてきた。

「頭にちょんまげらしきものがったあったので、そこまで昔ではないと思います」

「なるほど……最近どうもこの近辺に霊が集まってくるようだな。やはり何かが起こりつつあるようだ」


 驚いた。この柳田先輩は、朔夜の話をまともに聞いている。そうか、自分の話を聞いてくれる人がいるから、朔夜はこんなところに出入りしているのかと合点がいった。三年生と言えば来年からは大学生だ。どこまで本気で朔夜の話に乗ってくれているのかは知らないが、どうやらとんでもなくやばそうなところに来てしまったようだ。これは早く理由をつけて退散した方がよさそうだ。


「会長、以前おっしゃっていた伝承の件ですか?」

 髙田先輩がそう言った。

「ああ、古文書に書いてあった通り、この地域のどこかに施された封印が解かれつつあるのだろう」

 柳田先輩がそう返した。やばい。この人たちは朔夜と同類の人間の様だ。妄想と現実の区別がつかなくなっているのかもしれない。早いところ逃げ出そうと思ったが、朔夜とは長い付き合いで憎からず思っている部分もある。なんとか早く目を覚まさせて、この怪しげな集団から引き離した方がいいのかもしれない。


「古文書があるんですか?」

 俺はそう聞いてみた。妄想の産物だろうからもちろんそんなものはないだろう。自分たちの話の矛盾に気づかせてあげた方が、彼らの為にもいいと思った。

「ああ、ちょっと待っていたまえ」

 予想に反して柳田会長は怪しげなものが陳列してある棚から、一冊の古ぼけた書物のようなものを取りだした。

「これは神行事君が、この研究会に所属したての頃に持って来てくれたものだ」

 確かに朔夜の家は代々続いた農家なので、庭にはかなり古い蔵も建っている。小学生の頃彼女の家に遊びに行ったときに、一度だけその蔵の中を見せてもらったことがあった。よくわからない古そうなものが並んでいたので、確かにそんな書物が置いてあっても不思議ではなかった。


「柳田先輩はその古文書が読めるんですか?」

 俺は聞いてみた。

「平安時代以降のものであれば大体読むことには問題ない。しかしこれは通常の文ではなくて漢文暗号で書かれているんだ。一見するとただの漢文に見える。当時の漢文は今で言う所の英語みたいなものなので、それで表された書物があること自体は不思議ではない。しかし本文の意味が全く支離滅裂なのだ。そこで全く別の意味が隠されていると考えてみたわけだ。しかしベースが中国語であり、これがなかなか難解なんだ」


 ああ、こりゃますますヤバいなと思ったが、目の前に置かれた古文書はちょっと作り物にしてはよくでき過ぎている。古文は特に得意ではないが、俺も中学生の頃はそれなりに色々と興味を持って学んでいたので、万葉かな以降の文字なら一通り読むことができる。但し意味についてはよく分からない部分も多い。しかしその古文書に書かれている文字は表紙からして知らない漢字ばかりで読めなかった。パラパラとめくってみたが仮名文字は無くて全て漢文で、読めるところが見当たらなかった。


「まぁそんなわけで俺がスキャンしてイスラエルの友人に送って、AIを使って解析してもらったんだ」

 髙田先輩が何かサラッと、凄いことを低い声で言った。

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