五月病の俺と中二病のあいつ

十三岡繁

第1話 こいつ

「今朝登校途中に、血だらけの男の人が道を歩いてたんだよ。頭にちょんまげが結ってあったからありゃ侍かな? でも刀は腰に刺してなかったから町民なのかもしれない。事故かなんかで死んだんだろうか? 今までずっとどこかを彷徨い続けていたのかな?」

 こいつがまたよく分からないことを言い出した。大体このところ三日に一回は霊を見たとか妖怪を見たとか訳の分からない事を言ってくる。この間は日本兵の霊がいたと言っていたが今度はちょんまげだ。きっと世間一般で言うところの中二病というやつなんだろう。もう高校生なんだからいい加減に卒業して欲しい。


 別にいじめられているというわけではないが、そんな話ばっかりするのでクラスの女子の間では浮いた存在になってしまっている。一学期まではまだましだった。似たような話でも、自分の体験談にまでは至っていなかった。しかしそんな現状を本人は一向に気にしている様子はない。まぁ同じく俺も男子では浮いた感じなので、知らない仲でもないし、仲間だと思って話しかけてきているんだろう。しかし残念ながら俺はオカルトの類には一切興味がない。いや、オカルトだけじゃなくて世の中の事全般に興味がない。いつも同じような流行の話をして笑っている周りの連中には、なんとなく馴染めない。目の前のこいつの方が、飽きが来ないだけいくらかましだ。


「霊はどうやって地表に張り付いているんだよ。しかもちょんまげ姿ならそいつは随分と長い事うろうろしてるんだよな。その間地球の重力の影響を受け続けているって事なのか? なら質量があるんだよな」

 まともな事を言っても、どうせよく分からない事を言い返して来るのは見えている。

「うん、不慮の死を遂げるときっと魂が地球に縛られてしまうんだろうな。」

 まぁそんなところだろう。しかし少しは話を聞いてやらないと、ふてくされて後が面倒くさいので、俺はもう少しだけ相手をしてやるとにした。

「で、朔夜はその霊をどうしたんだ?」

「そりゃ、可哀そうだから成仏させてあげたよ」

 彼女は大真面目な顔をしてそう言った。


「なんでお前にそんな事ができるんだよ。坊さんじゃあるまいし」

「私の生まれた神行事家の血筋には不思議な力があるって前から言ってるだろう」

「名前はちょっとかっこいい響きだけどさ、お前の家は代々続く農家だろ? ……そういや米の値段はいつ下がるんだよ」

 相変わらずしょうもない妄想話が続くので、俺は話題を振ってみた。

「そんなもの生産者に分かるわけがないだろう? 米が高いのはきっとアメリカの陰謀だからな」

 霊の次は陰謀論だった。


「なんでアメリカが日本の米の値段をあげなきゃいけないんだよ」

「日本人から主食を奪うつもりなんじゃないかな。食料自給率が下がればそれだけコントロールしやすくなるだろうし……知らんけど」

 きっとネットで拾ってきた情報なのだろう。アメリカの狙いはいいとして、どんな方法を使えばそんな事ができるというのだろうか? どんどん深みにはまっていきそうだったので俺はそれについては何も言い返さなかった。


「望月は理系か文系かの選択はもう決めたのか?」

 今度は彼女の方から話題を切り替えてきた。きっと米についてはそれ以上の深い部分がよくわかっていないのだろう。彼女とはなんだかんだで小学校からの付き合いなので、俺は彼女の事を下の名前の『朔夜』で呼んでいる。なのにこいつは俺の事を苗字の『望月』で呼んでくる。下の名前の玄夢(クロム)こそ。中二病の琴線に触れそうだと思うのだが、そこは違っているようだ。


「まぁ別にどっちでも関係ないんだけどな。どっちかに決めろっていうなら理系にするかな」

「望月は賢いから学校の授業などには興味がないのだろうな。しかしうちはそうは行かない。……数学が苦手だから順当にいけば文系だろうな。そうか、長らく続いてきた望月との腐れ縁もここまでなのか……」

 腐れ縁というのも分からなくもない。小学校、中学校と一緒なのはこのクラスでは彼女だけだ。いや、そもそも更に高校で同じクラスになっているというのは、かなりの縁と言えるだろう。


 しかし彼女の言った通り、うちの高校では二年生から文系と理系にクラスが分かれるので、どちらに進むのかを選ばなければならない。その締め切りは、準備もある事から一年生の三学期が始まってすぐである。今は10月の終わりなのであと数か月のうちにその答えを出さないといけないのだ。


「一生に関わる人生の大きな選択なのに、年端もいかない若者にそれを丸投げするというのはどうなんだろうな。高校の一年生すら終わってない人間に選べっていうなら、何を判断材料にすればいいのか教えてほしいもんだな」

「何を他人事みたいに言っているんだ。うちも望月もその年端の行かない若者の一人だろう」

「つまりはこの閉塞した社会では、理系を選ぼうが文系を選ぼうが大して変わらないって事なんだろうな。単なる受験の科目分けの為だと見え透いてると、本当にどうでもよく思えてくる」

「望月は相変わらず悲観的で生気のない事を言うな。もうすぐ11月だぞ。いつまで5月病を続けているつもりなんだ」


 中二病のこいつにそんな風に言われたくないなと思いつつも、確かにまだ高一なのに、無気力で何事も積極的にやろうと思えない自分は、立派な五月病なのかもしれない。受験勉強どころか、部活も委員会活動も何もやる気にならずに参加もしていない。


「折角の高校生活なんだから、望月も部活ぐらいやってみたらどうなんだ」

「……朔夜の入っている、文化地理研究会ってのはそんなに面白いのか?」

 彼女は入学草々、訳の分からない怪しげな部活動に参加していた。彼女らしいといえば彼女らしいともいえる。

「うむ。この教室にいるような一般の人々には、伺い知れない様な世界に明るい諸先輩方もいて、非常に為になるぞ」


 彼女の中ではこのクラスにいるのは一般人で、その先輩方は一般人ではないらしい。世の中を憂いて止まない俺は、少しこの世界を退屈だと感じている部分があるのかなと思う。その部活動の怪しさに少しだけ興味を持ってしまったのが運の尽きだった。いや幸運だった。

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