ようしゅら!〜妖怪専門修羅場解決所〜

第1話







 牛蜜刻探偵事務所うしみつこくたんていじむしょ――通称、妖怪専門修羅場解決所。略して“ようしゅら”。

 通称の通り、主に妖怪関連の“いざこざ”を解決するための事務所だ。 

 来客のほとんどが妖怪であり、妖怪同士のお悩みごとが日々舞い込んでくる場所である。


「今回は浮気調査か……ま、お前の嗅覚にかかれば尾行なんぞ容易いもんだろう。問題はそのでかい図体だな」


 渡された書類に適当に目を通し、いかにも偉そうなやつが座るデスクチェアに深く腰を下ろした白髪の女――白沢暁瑞しろさわ あけみ。こいつがこの探偵事務所の所長であり、あたしの上司だ。


「狸の能力で小さくしてもらうか?」

「ふざけんな。それなら、あたしより小さいお前が行けばいいだろ」

「そうしたいところだが……私はなかなかに忙しい。小柄な媛子に頼むか」

「いや、あいつは……」

「わたし、行けます!」


 危ないからだめだ、そう言おうとしたのに肝心の本人がやる気満々で手を挙げるもんだから、頭を抱えたい気持ちでため息をついた。

 隣までやってきて気合いの入った顔で小さな拳を作った、触覚のようなハーフツインが特徴的な少女――鬼道媛子きどう ひめこは、この探偵事務所で働く人間であり、あたしの幼馴染でもある。

 少し変わった特性持ちではあるが、それ以外はただの女子高生にしか過ぎない媛子に妖怪の尾行なんて危険だ。


「あのなぁ、媛子。夜にひとりぼっちで歩くはめになるんだぞ?暗いし、怖いからやめとけって」

「んー……でも、浮気なんて許せないもん!わたし行くよ!」


 なんとかして諦めさせようとしたものの、媛子の意思は強く。


「……狸に連絡してくれ、所長」

「珍しい。自ら変身を望むなんて」

「媛子ひとりで行かせるよりはマシだ」


 結局、あたしが媛子に同行することで、その日の活動が決まった。

 今回の主な仕事は、“尾行”。

 しかし、それをするにはあたしの体は大きくて目立ちすぎる。鋭い妖怪なら、すぐに勘付かれるだろう。

 そのために行うのが、木の葉一つで他人の変化も可能な“狸”の力を借りた“変身”。

 媛子が狸に“お願い”してくれているであろう間に準備を進めるがてら、今日の依頼について簡単にまとめる。


 依頼人は、妖怪“あかなめ”。別名、垢ねぶりとも呼ぶ。


 依頼内容は、相談及び浮気調査。なんでも、ここ数日になって急に外泊が増え、結婚以来ずっと良好だった夫婦仲も最近は喧嘩ばかりなんだとか。

 夫である、同じく垢なめの行動を怪しんだ伴侶による……まぁよくある依頼だ。

 妖怪に男女という概念はあまりないが、恋愛絡みの案件は人間同様、尽きないほど多い。


「浮気相手も妖怪なのかな?」

「……さぁな。それは調べてみないと分からない」


 妖怪の多くは人間に化けているから、相手が妖怪とも限らない。人間との恋愛も、もちろんある。

 そもそも今回は浮気かどうかさえ確定していない状態だから、まずはとにかく尾行をして情報収集。その後、どうするかは依頼人次第だ。

 頬に貼り付けた狸の木の葉により黒い毛並みの小型犬へと姿を変え、準備を終えたあたし達はさっそく現場へ向かおうと動き出した。


「ヤマト……首輪は、外さないように」


 事務所を出る前、自分の首元をトントンと指先で叩いた所長に釘を刺された。

 わかってる、簡潔に返して媛子と共に表へ出た。

 赤い首輪に繋がれたリードを掴んだ媛子の後に続いて歩くこと十数分、今回のターゲットである垢なめの職場、地元の古い銭湯に到着。

 今日は夜の9時に仕事を終え帰宅予定だったらしいが、どうやら「飲み会が入った」とのことで、帰宅時間をずらしている。つまり、浮気するための言い訳なら尾行するには狙い目の日というわけだ。

 あたし達はしばらく散歩をするフリをして周辺をうろつき、午後9時13分。


「あ。写真の妖怪、出てきたよ」


 ターゲットが銭湯から出てきた。


「尾行開始だ」


 あたしには疲れ果てたサラリーマンの姿に見えているが、あいつはれっきとした垢なめ。媛子の目にはちゃんと、本来の姿に見えているだろう。

 まず、ターゲットは職場の銭湯から歩いて数分の駅へと向かった。怪しまれないように、適度に距離を離したりしつつ後を追っていく。

 次に、電車に乗って向かったのは家……ではなく、真逆の方向であり、より栄えた市街地に続く方面だ。

 降りた駅は飲み屋街とラブホ街が入り乱れた街で、この時点で浮気の線は濃厚。しっかりとメモに記載していく。……今は子犬の姿でペンを取れないから、媛子に任せた。

 

 そして、駅前で立ち止まること数分。


「待ち合わせかな?」

「……どうやら、そうみたいだな」


 ターゲットに近づく人物がひとり。

 大柄の……おそらく女で、髪は腰にかかるほど長く、100kgは軽くありそうなふくよかな体型だ。依頼人はかなりの痩せ型だったから、随分と正反対なタイプの浮気相手だなと面食らった。


「媛子……お前の目に、彼女はどう見えてる?」

「う、うぅん……すごくぽっちゃりした、女の人…?人、なのかな…?」 


 あまりに大柄すぎて疑問を抱いてるようだが、媛子の目にもおおむね同じに見えているらしい。……浮気相手が人間だと、少し厄介だな。

 合流後、ふたりは迷うことなく飲み屋街を抜けてラブホ街へと入っていった。浮気は確定と言ってもいいだろう。

 ビルの看板をいくつか物色し、どこに入ろうか悩んでいる姿を写真に収め、本来ならこれで今日の任務は完了。意外とすんなり終わった。


 ……はずだった。


「ももちゃん……なんか、浮気相手の人、こっち見てる」

「なに?」


 やはりペット(あたし)を連れた尾行は不自然すぎたのか、ラブホに入る前にターゲットの浮気相手がこちらに顔を向けた。

 次の瞬間にはズン、ズンと地響きがなりそうなほどの迫力で迫ってくる相手に対し、あたしは真っ先に額の上の木の葉へと手を伸ばした。

 だけど前足が短すぎて、もたついてしまった。


「と、届かない……っ媛子、これ外して」

「う、うん!」


 媛子の手が木の葉を剥がすと同時に本来の姿――170超えの女の姿に戻ったあたしだが、変化が終わる頃にはもう、浮気相手は目の前まで迫ってきていた。

 比較的高身長とされる人間の姿に戻ってもなお、そいつは見上げるほどの巨体だった。

 一歩先にいるだけで威圧感が凄まじく、小柄な媛子は特に恐怖心を抱いてしまったんだろう、言葉を失った状態で相手を見上げていた。

 

 逞しく、肉でたるんだ手が媛子の首に伸びる。


「ぐ、ぅ」

「媛子…!」


 細い首を片手で掴んだそいつは軽々と小柄な体を持ち上げ、あたしは咄嗟に引き剥がそうと試みた。


「うぐぁ……!」


 が、まるで赤子を振り払うかのように簡単に地面へ投げ飛ばされてしまった。

 人間の姿とはいえ、あたしもなかなかに大柄で、体も鍛えてる方だというのに……なんだこの馬鹿力。

 

「……こいつ、ほんとに人間か…?」


 妖怪界の規約で、人間には手出しができない。


 だが、目の前にいるのはどう考えても人間には見えない巨大な体で、立ってるだけで迫力があった。

 人間でなければ今すぐにでもやり返せるというのに、人間とそれ以外を見分けられる肝心の媛子は今、奴の手の中で動けずにいる。対処しようにも、何もできない。

 

 媛子と違って、あたしは妖怪と人間を見分けられない。


「……あー、くそ。説教確定だな」


 人間である、“今の状態”だったら。


 首元を緩く絞める赤い首輪に手をかける。


「第一形態、解除」


 三つあるうちの留めをひとつ外せば、全身に熱い血が巡り、ゴキゴキと骨や関節が音を立てて元の形状を変えていく。

 ものの数秒で、あたしの体は身長が伸び、頭には犬の耳、腰からはふさふさ毛並みの尻尾が生え、爪も長く鋭く伸びた。


 瞳は黒から、金色へ色を変え、“気”を纏う。


「お前、やっぱり妖怪か…」


 半妖となったおかげで見えた光景には、“肉塊”と表現するのが相応しい妖怪“ぬっぺふほふ”の姿が映った。

 媛子が人間と見間違えるのも、よく分かる。

 なぜならぬっぺふほふは、その巨体に顔がついているだけの、醜悪な太った人間に見てなくもないからだ。媛子はこの妖怪を知らないから、人間にも妖怪にも見えて戸惑ったんだろう。

 

「妖怪なら、話が早いな」


 大切な媛子が首を絞められている今、相手が人間だとしてもぶっ殺すつもりではいたが。


「媛子から手を離せ…!」


 とは言ったものの、腕を掴んでも指が肉に埋もれていくだけで、骨や筋肉などの硬さは感じない。まるでベタつかないスライムに手を突っ込んでるみたいだ。

 媛子も、首に巻き付いた肉が膨れ上がり、今ではもう顔半分を覆い尽くされている。

 

 ――まずい、早くしないと、窒息する。


 媛子が死ぬ、それだけはなんとしてでも避けなければいけない。

 所長との“契約”もあるが、何よりも彼女は、


『ももちゃんは、化け物なんかじゃない!』


 幼き日の光景を、声を、今でも鮮明に思い出す。


 媛子を失う、そう考えただけで視界は黒く染まり、脳内は赤い怒りと青い喪失感で滲んだ。

 妖怪相手だろうが、皮膚を爪で切り刻む姿を見ても、媛子はあたしを「化け物じゃない」――そう言ってくれるだろうか。













「まったくお前は……媛子のことになると、本当にすぐ我を忘れるな。バカ犬」


 あれから色々あって事務所へと戻ってきたあたしは、椅子に深く腰掛ける所長の前で正座していた。


「……ごめん」


 言い返す言葉も無くて項垂れたあたしを見下ろして、所長は呆れた吐息をひとつ溢す。


「ま、殺さなかっただけいいか。依頼人も、浮気相手がズタボロにされたおかげで溜飲を下げたようだ。結果オーライってやつかな」


 今回の件で浮気相手のぬっぺふほふは全治一週間の重症。それにより少しは鬱憤を晴らせたらしい依頼人は約束の依頼料に加え追加で謝礼を支払った。

 ちなみに夫である垢なめが浮気をした原因は、清潔に保たれすぎた家の中、舐める垢もなく、職場で堪能できる垢の味にも飽きたところ息抜きがてら立ち寄ったバーで出会った“とある妖怪”にぬっぺふほふを紹介されたらしい。

 ぬっぺふほふは肉塊とも呼ばれる妖怪。重なった皮膚と皮膚の間には垢が溜まりやすく、垢なめとしての欲求不満が溜まっていた奴にとってご褒美とも言える相手だったんだろう。

 まんまとドハマりした結果、浮気に走り、今回のことで垢なめ夫婦は離婚することが決まった。

 ぬっぺふほふは……先述した通り、あたしの暴走による怪我で今は病院のベッドの上。慰謝料等の請求はしない方向だそう。


「浮気の末に離婚……人間も妖怪も、あんまり変わらないんだね…」

「……そうだな」


 媛子は無事、怪我もなく一緒に事務所へ帰宅した。


「ごめん、媛子……怖い思いさせて」

「ううん。わたしこそごめんね?……怪我、してない?」


 所長に怒られた後、ソファの上でしょんぼり肩を落としていたら、隣に座った媛子があたしの頬に手を当てた。

 女の子らしい華奢な手の感覚に、守らなければという正義感と安堵を覚えながら、あたしも相手の頬に手を伸ばした。

 今はもう首輪の効力により人間に戻り、爪も尖ってないが……それでも女にしては大きな手が頬を包むと、媛子がよりか弱く映る。


「ももちゃんに怪我がなくてよかった」

「あたしもだよ、媛子」

「……イチャついているところ悪いが、来客のようだ」

「っい、イチャついてなんかない!」


 抱き締めたいくらいの思いを胸の内に隠して、慌てて媛子から手を離す。

 所長の言うように扉が開いたのを見て、さっさと立ち上がった。


「ようこそ、牛蜜刻探偵事務所へ」


 そうして入ってきた客を決まった言葉で招き入れ、あたし達の日常は変わらず続いていく。



 次の依頼人は……?



 




 

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