第2話
『友達感覚が抜けないや』
と、自分で言ったくせに。
「はぁー……私の意気地なし…」
本当は全然、波音のことを恋人として好きだったりする。
なので当然、そういう目でも見てる。じゃなかったら、わざわざ付き合ってないわけで。
触ってみたいけどまだまだ照れちゃうから、おふざけなしで相手の体に触れることすらできない私は、今日も今日とて真面目な雰囲気をぶち壊しにいってしまった。
向こうからキスをねだるような仕草を見せてくれたのに、私ってやつは……もったいないことを…。
「あ、明日こそ。絶対」
毎日、毎晩。そう固く夜に決意するものの。
「おはよう、海莉」
「お…はよう!おはよう。うん。おはよう」
「ははっ。そんな何回も言わなくたって聞こえてるってば」
朝、投稿中の道で波音と顔を合わせるたび緊張して、ごまかすための空元気がふたりの関係から色気を失わせる。
笑いながら肩を叩いてきたさり気ない体温にさえ気が動転して目が回りそうになってしまうほどなのに、キスなんてとてもじゃないけどできそうもなかった。
でも、今日こそは。
別にえろいことをするために付き合ったわけじゃないけど、友達同士じゃできなかったことをしたい。
特別感を出すためにも、波音に寂しい思いをさせないためにも。
「あのさ、今日……部活ないんだよね。私」
「そうなんだ。で?」
「で?って…」
冷たい感じで来られると、言いづらいな。
ムッとして横を見たら、視線に気がついた波音もこちらを向く。……くっ。かわいい。
目が合っただけではちきれんばかりに膨らむ胸の苦しさに、思わず服を掴みそうになって、耐える。変なやつって思われたくない。
「帰り早いし……お母さんもパートで。その。いないんだよね」
「うん。だから?」
「だから?って…」
お願いだから、察してよ。
ぐぬぬと睨みたくなったのも、耐える。他人任せにして逃げるなんて、情けないやつだと思われたくない。
「来る?うち」
「行くけど……なに?いつもより丁寧に誘ってくるじゃん」
「や、別に…」
「もしかして、やましいお誘いだったりする?」
まんまと見抜かれていた恥ずかしさと、足を止めてわざわざ顔を覗き込んできたあざとさに心臓を潰される。
息もできないくらい緊張して、言い訳の言葉一つ出てこなかった。……それ以前に、図星だから否定できなかったのもある。
どう答えようか迷っていると、波音はどこか自嘲気味に鼻を鳴らして、呆れた流し目の動きで視線をそらす。
「んなわけないか。海莉、わたしのことそんな目で見てないもんね」
言葉の端々に宿る自虐と焦燥に、焦る。
恋人だというのにそう言わせてしまうほど、恋人としての自信を失くさせるくらい、臆病と照れ屋が行きすぎて傷付けていたんだ、と。
目の前で寂しい顔をされてやっと自覚した。
「っ……そ、そんなことない!」
咄嗟に大きな声で否定すると、波音の目が驚いて見開く。
「ち、ちゃんと見てるよ」
精一杯、伸ばした手が相手の手を掴んだ。
「めちゃくちゃ、エロい目で見てる」
「っ、ふ……は。きも」
確かに今のは自分でもきもいと思った。セクハラで訴えられても両手を挙げてひれ伏すくらいには。
捕まえられた手はそのままに、背を向けてしまった波音はこちらを見ようともせず歩き出す。置いていかれないよう、半ば引っ張られる形で足が勝手に動いた。
キモいまで言われたから引かれたかな、嫌われたかなと心配になったけど、触れた手の温度や髪の隙間から覗く皮膚の赤さから、ただの照れ隠しだと分かる。…こういうところ、彼女は案外ツンデレである。
――少しは伝わったかな。
安堵しかけたけど、言葉だけじゃなく行動でも示さないとだめだよね、と油断しそうな自分を諌める。
「な、波音」
「なに」
「さっきの、話なんだけど」
「うん」
「ほんとに今日……来てくれるの?」
不安になってもう一度聞いたら、
「……何回も言わせないで」
ものすごくそっけない声が返ってきてビビったものの、
「行くに決まってんじゃん。ばかいり」
すぐ、かわいらしい照れた笑顔で振り向いてもらえてホッとした。
「バカと海莉をまぜないでよ…」
「じゃあ今度からバカって呼ぶ」
「あー!ねぇ。普通そっち取るかね」
「ふふ。取るもん」
「ひどいやつだ。まったく…」
学校に着く頃にはいつもの友達寄りな雰囲気や距離感も取り戻しつつ、その過程で繋いでいた手は離れた。
周りにはまだ付き合ったことを隠しているから、仕方ない。だから気を落としたりなんかはしない。
通常運転で授業を受けて、お弁当を食べて、眠気と戦いながら午後の授業を乗り越えた後は、待ちに待った放課後が訪れる。
校門前で待ち合わせて、同じ歩幅で歩く。会話がなくても、ふたりしてスムーズに歩き出した。
意識してるのは私だけじゃないのか、帰り道はずっとお互い無言で、相手の顔さえまともに見れなかった。
「ぁ……あがって」
玄関の扉を開ける時、いつもよりギクシャクとかしこまってしまった。
「おじゃまします…」
波音も、元気な声じゃなくてぼそりと呟くように頭を下げて、靴を脱いで。階段を上がる間もまた沈黙が流れて。
部屋に着いて、扉を閉めても、まだ。
私達は動けないほどの緊張の中、明らかに違う“恋人の雰囲気”に圧倒された。
呼吸音さえ大きく聞こえる静寂に耳を痛くして、落ち着かない心が体を動かし、とりあえずベッド脇に腰を下ろした。
「な、波音も、おいでよ」
「……うん」
隣同士。
気まずさだけが流れる時間を、無為に過ごす。
「っあ……あー。なんか、お茶…」
耐えかねて立ち上がる前に、裾をきゅっと握られて固まった。
「ちがう、でしょ」
前髪で隠されちゃうほど俯いてて顔は見れないけど、耳の赤さだけは嫌でも伝わる声の震えを持って、止められる。
「ちがうじゃん……ここまで、きて」
「そっ……そう、だよね」
改めて、座り直して。
「波音…」
相手の肩に手を置いたら、首と瞼が持ち上がって視線が絡んだ。
期待と不安に満ち足りた瞳は潤みきってきて、それが可哀想だと感じるはずなのに、どうしてか同時に情欲もそそってくる。
恋人の前で、私は思いのほかチキンなうさぎより大胆なライオンに変貌してしまうタイプだったのかもしれない。
自分よりもか弱く見える相手に、自分がしっかりしないとという謎の自信が付与されて、手に力がこもった。
「ほ、ほんとに、いい?」
「う……るさい。早くして」
最終確認も、済んで。
遮るものはもう何もないと、意を決して顔を近付けた。
「海莉〜?入るよ」
だけどそれも、予期せぬ乱入者によって阻止される。波音もまた、驚いて背中を仰け反らせていた。
見られる前にベッドを降りて、扉が開くとパートでいないはずの母が、なんでなのかこういうときに限って現れる。聞けば、祖母の体調が良くないとかで早上がりしてきたらしい。
「あんたも来る?」
「行かないよ。波音来てんだもん、遊ぶ」
「そっかー……じゃあお母さんひとりで行ってくるから。何かあったら連絡して。…波音ちゃん、ゆっくりしていってね」
パタン、と扉が閉まってからは、なんだかまたさっきの雰囲気に戻る感じでもなくて。
「……映画でも、見る?」
「ばかいり」
「だからそれやめてって」
大好きな彼女とキスできるのは、いったいいつになるんだろう?と。
気の遠くなる思いで、ヘタレな自分を責めた。
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