ゆるふわちゃんと地雷ちゃん

第1話










 かわいいものが、だいすき。


 目に優しいパステルカラーや、感触の柔らかなスクイーズやちょっとマヌケなキャラデザのぬいぐるみ、それからキラキラしてるガラスや宝石。


 世界を美しく彩ってくれるのはいつだって、淡く優しくかわいいものたち。


 痛いのや、苦しいのは要らない。なるべく心穏やかに過ごせるような、刺激の少ない環境で生きていきたい。


 人と関わると喧嘩や争い、いざこざがどうしても起きちゃうから、できるだけひとりがいい。自分だけの空間を大事にしたいの。


 だから、お友達は少ない。


「ぼ、僕と付き合ってほしいんだ」

「え〜……わたし、ごめん。そういうのよく分からなくて…」


 もちろん、恋人も作らない。


 面倒事は避けて通るべし。短い人生で得た貴重な学びを活かして、のらりからりと人間関係をかわし、逃げ続けていたある日。


「今日から君の教育係を務めてくれる、有路あるじちゃん」

「……よろしく」


 大学進学と同時に、ようやく許してもらえたバイト先で、彼女と出会った。


 黒を貴重とした、かわいいとダークな雰囲気が入り混じったファッションで、不貞腐れたような表情や刺々しい態度。まさに、わたしの“好き”とは遠く離れた人物。


 有路来夢あるじ らいむちゃん。ふたつ年上の女の子。


「分かんないことあったら聞いて」

「は、はい」


 突き放すみたいな冷たい口調が怖くて、初対面で抱いた第一印象は“すごく苦手”だった。


 黒いマスクの下に、どんな顔が隠されているのか。見える目元は気だるげで、暗い雰囲気が全身から漏れ出ている。


 はぁ〜……どうしよう。嫌な人に当たっちゃった。 


 唯一、かわいいと思えるのは触覚みたいに左右で短くまとめられたハーフツインの髪型くらい。あれはうさぎさんみたいで好き。


 できるだけ関わらないようにしたいけど、ずっと憧れてた雑貨屋さんでのバイト。念願叶って働けるようになった場所。そうやすやすと辞めたくはない。


 ここはなるべく穏便に、当たり障りない感じで接しよう。


「有路さん〜、これが分からないんです」

「は?さっき教えたばっかじゃん」


 彼女は見かけによらず優しい――なんてこともなく、見た目通り怖い人だった。


 棘のある言い方がしんどくて、泣きそうになることもあった。でも、よく人からマイペースと揶揄されるわたしもTPOとやらを弁えて我慢した。


「まったく。これはね?」


 不思議なことに、教える時だけは優しい声色で話してくれる。


 子供に対して、丁寧にひとつずつ噛み砕いて伝えるように。彼女のちょっとハスキーな、ツンとした声は聞き心地が良くて頭に入りやすいのも相まって、ギャップだった。


 だから実は、そこまで悪い人じゃないのかも。


 人となりは……知らない。ギリギリの時間に来て、定時ピッタリに帰る人だから、プライベートは完全謎に包まれてる。


 気にもならない。そこまで深く関わる気は毛頭なかったから。


「せっかくだし、緩利ちゃんの歓迎会しない?」

「えっ…」


 そこから数日、店長の栖川さんが思いつきの提案をしてきた。


 職場の人と深く仲良くなるつもりがなかったわたしが、どう断ろうかと頭を悩ませていたら、


「……いいですね」


 意外にも、その提案に乗っかったのは有路さんだった。


「じゃあさっそく、計画立てるよ」

「あ……ありがとうございます…」


 入ったばかりの新人が断るなんてとてもじゃないけどできず、泣く泣く行くことになった歓迎会。もう、憂鬱。やだなぁ。


 ま、こういうのは行ったら行ったで楽しいことも、これまでの経験から知っている。お祝いしてくれるのは素直に嬉しいし、喜ぶことにした。


「緩利ちゃんは、ほんとおっとりしててかわいいねぇ」

「良い子だよねぇ」


 居酒屋の個室で細々と開催された飲み会では店長含め他の社員さんにも可愛がられたし、結果オーライ。有路さんとは席も離れてたおかげで、話す機会もなく済んだのも大きい。


 なんだか世界がふわふわする。良い気分。


 ふわふわというか、もはやくらくら…?


「は…?ちょっと待って。それなに飲んでんの」  

「え〜?わからないです。へへ」

「まさか、お酒じゃないよね?」


 周りの声や視界もぼやけて世界がゆらゆらする中、席を外そうと動いた有路さんがわたしのそばで足を止めた。


 両手で包み持っていたグラスの中身を、奪い取る形でにおいを嗅いで確認した彼女の顔はじわじわと青ざめて、すぐ水の入ったコップに差し替えられる。


「店長。緩利さん、間違えて口つけちゃったみたい」


 とか、なんとか。言ってたと思う。


 初めて見る焦った顔は、世界がふやけていたせいかいつもよりは優しく映って、身も心もポカポカした記憶は、かろうじて残ってる。


 でもその後は――


「こっち来て」


 場面は切り替わって、見ず知らずの部屋。ベッドの上。


「大丈夫だから。…あたしに任せて」

「ん、ぅ…?」


 されるがまま、服を脱がされそうになったところで、わたしの意識は途絶えてる。





 



 


 

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